混沌の廃墟にて -109-

フリーソフトウェアという言葉を広めるゲリラ活動参加のすすめ

1990-03-16 (最終更新: 1996-04-05)

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最近、出だしが DynaBook(*1)の話題になることが多いので、今回も惰性で書く。 テーマは、「DynaBook の4不思議」

まずは、1つ目の不思議から。

パソコン本体に過度の衝撃が加わったり、バッテリーがなくなって一定時間 経過したりすると、レジューム機能で記憶していた環境は消えてしまう。
(日経パソコン、90/3/12、p.322、用語辞典、レジューム機能、右段下)
私の DynaBook は初期不良交換を何度か繰り返したため、今は4代目である。 私はデスクトップはデスクトップとして使える環境があるから、DynaBook は完全 にアウトドア指向であり、ゆえに頻繁に持ち運ぶ。「過度の衝撃」がどのような 意味か、憶測するしかないが、例えばショルダーバッグに入れて、階段を2段お きに駆け降りて電車に駆け込み乗車をしたり、降りかけている踏切めがけて全力 疾走する程度のことは平気だし(かなり無謀だ)、山手線の直立不能状態の混雑 電車に押されることも日常茶飯事だが、いまだに衝撃のせいでレジューム機能が 動作しなかったことは一度もない。

FIBM でも、以前この質問をした人がいたが、振動でレジューム機能が駄目にな ったというコメントは一つもなかった。(*2)

    *
次なる不思議は、「DynaBook はドライブの指定がわかりづらい」というものだ。 これは全く理解できない。FD に A:、B:、ハードラム(*3)に C:、atok の辞書に D: が割り当てられている。それ以外の何もない。どこがわかりづらいのか、よくわ からない。私の場合、デスクトップで使っている PC-286U は、98 シリーズと同 様だから、次のようになる。
    HDD から起動    HD = A:     FD = B: C:
    FD から起動     HD = C:     FD = A: B:
この方がよほどわかりにくい。実際、よく C: の指定は間違える。

98 に慣れているから、IBM-PC のドライブ指定はわかりにくい、という意味な ら理解できなくもない。ならば、IBM-PC のドライブ指定に慣れているから、98 はわかりにくい、という論理も成り立つような気がする。

    *
3つ目の不思議は、DynaBook の電源スイッチである。
SSの電源スイッチはON/OFFともに約2〜3秒押し続けることによって 有効となる。
(ASCII、1990-02, NOTE × SS、p.262 右段)

誤動作を避けるため、3秒間押し続けないと機能しないようになっている。
(日経トレンディ、1990/4, p.10)

私は4台の DynaBook を使った経験があるが、全て、電源スイッチが有効にな るタイミングは同じ感触だった。3代目、4代目は実測もしたが、電源スイッチ が有効になるのは、0.8〜0.9 秒押し続けるだけでよい。いくら何でも、3秒とい うと相当な時間である。ブックパソコンの購入を検討している人がいたので、 「DynaBook の電源スイッチは、3秒押していると有効になると雑誌に書いてある よ」と言ってみたら、「そんなに押していないと電源が入らないマシンは買いた くない」という返事で、これは私も同感である。上の記事が何を意図しているか はともかく、DynaBook に不利な情報を広める結果になっていることは事実である。 (*4)

これらの記事のために使った DynaBook が、たまたま2〜3秒を必要とする不 良品だったのかもしれない。ちなみに、ある BBS の DynaBooker 達へ、手持ちの DynaBook の電源スイッチが何秒で有効になるか質問したことがあるが、回答はす べて1秒以下であり、2〜3秒という人は一人もいなかった。

もう一つの可能性は、これらの雑誌の記事を書いた人の時計が、普通の時計の 4倍以上遅く進むということだ。編集者などはプログラマーに負けずに忙しい そうだから、有り得ない話でもない。:-)

    *
最後の不思議だが、DynaBook のユーザー登録をすませると、東芝からカードが 送られてくるらしいのである。FIBM のリアルタイム会議でもこの話題を出したら、 2枚送 ってきたという人がいた程だ。しかし、私は昨年末に登録カードを出しているの に、未だに何も返信してこないのである。一体何なのだろうか? ここに文句ば かり書いているので、嫌われたのだろうか…。
    *
唐突に話題が変わるが、「PDS」という言葉は、もちろん御存じだと思う ので、ここでいま一度考えてみて欲しい。PDSとは、Public Domain Software のことではなかったか。では、public domain とは何か? これは辞書に書いて ある。
public domain [米法]社会の共有財産; 通例 the 〜 (著作権の消滅状態)
(ジーニアス英和辞典)

in the public domain (著作権・特許権消失により)自由に使用できる
(デイリーコンサイス英和辞典、第4版)

このように、著作権が消失した状態を public domain というのである。ちなみ に、PUBLIC DOMAIN というのはアポロの登録商標なのだそうだが…。

さて、(C) Phinloda と書いてあるソフトは PDS と言えるか? Copyright が 主張されているのだから、public domain とは言えないのではないか。これに関 して、The C Users Journal Japan のコラムに興味あることが書いてあった。

PDS は、著作権の期限が切れているもの(そして更新されていない)、もし くは作者が著作権の保護を明確に放棄しているものでなければならない。こ のコラムで紹介されている、たいていのソフトウェアの著作権は、作者また は何らかのグループに帰属している。著作権は所有者に帰属しているのだが、 その所有者がユーザに対してソフトウェアの使用および配布の権利を無料で 与えているのである。これは、そのソフトウェアがPDSに属さないことを意味 している。
On The Networks, by Sydny S. Weinstein
The C Users Journal Japan, p.199 右段中
この見解のように、(C) を主張しているソフトウェアは PDS ではない、という 解釈に私も賛成である。

世の中には、public domain でないソフトも PDS と呼んでよいと主張する人も いるかもしれない。なら、public domain であるソフトは、「著作権が消失した PDS」と呼ぶことになるのだろうか。「馬から落馬する」という言い方と、似たよ うなものだが、もう少し変である。牛から落馬する、と言えばぴったりかもしれ ない。とにかく public domain の本質は、著作権消失、という所にあるのだから、 これを拡大解釈するべきではないと思う。

果汁を搾っただけのジュースは「果汁100%」である。果汁を濃縮し、その後で 元の比率になるように水割りしたジュースも「果汁100%」である。果汁の割合が 100%である事実は変わらないので、きわどい拡大解釈である。が、果汁が含まれ ていないジュースを(*5)「果汁100%」と呼ぶのは間違い以外の何ものでもない。 public domain でないソフトを PDS と呼ぶのは、このようなものである。

では、現在著作権が主張されているにもかかわらず PDS と呼ばれているような ソフトウェアを、何と言えばよいか。もし、無料のソフトウェアという意味でこ れらのソフトウェアを呼びたいのなら、"free software" という言い 方がある。GNU のドキュメントでは、この言葉を特に「自由」という意味に制限 してに解釈しているが、もちろんそれを無料で配布しても問題ないわけだし、 copyright は留保されている点も申し分ない(GNUが主張するフリーソフトウェア という表現は「無料」という意味ではない、ということになっている)。日本語で 「フリーソフトウェア」と書いた場合にも、これを初めて見た人がイメージをつ かめる、という意味では非常によい表現だと思う。PDSという単語を初めて見た人 は、何かをイメージすることが可能だろうか考えてみるとよい。

そこで…

唐突だが、「フリーソフトウェア」という言葉を使おう、という運動を始めた い。この運動に参加するかどうかは、各自の判断にまかせる。強制はしない。た だ、もしあなたに賛同する決心があるなら、一緒に行動して欲しい。これは、ゲ リラ活動である。多くの人が、ちまちまと行動することが効果的だと思う。

と言っても、そう難しいことではない。

  1. 友人が「PDS をコピーさせてくれ」と訪ねてきたら、
    「君、遅れてるなあ、PDS というのは、正確には著作権が消失したソフトの ことを言うのだ。今は、フリーソフトウェアという言い方が流行なんだぜ」 とハッタリをかませる。

  2. どこかの BBS にフリーソフトウェアを転載する機会があれば、
    「** というフリーソフトウェアを転載します」という一言を添える。

  3. public domain でないソフトウェアを PDS と表現した発言があったら、
    「最近聞いた話なのですが、public domain という英語は、本来著作権が消 失した状態という意味があるそうですから、copyright が主張されているソ フトはフリーソフトウェアと呼んだ方がよいということです」とコメントを 付ける。

    ※注意! さりげなく。くどい表現は、かえって逆効果の場合がある。相手 がもっともだと思っているのに、意地になって PDS という言葉を使わざるをえな いような状況に追い込まないこと。「いや、PDS と呼んでもいいではないか」と 反論されたら、無理に議論しなくてもよい。

  4. フリーソフトウェアの作者なら、
    ドキュメントに「これはフリーソフトウェアであり、PDS ではありません」 という一文を追加する。もちろん、本来の意味での PDS なら、堂々と PDS と主張するべきである。次の「>」でマークした表現は、public domain と するので、無断で利用してかまわない。
    >                    --- フリーソフトウェア宣言 ---
    >   本ソフトウェアは、フリーソフトウェアです。PDS ではありません。Pubilc
    >   Domain Software とは、著作権が消失した状態のソフトウェアという意味で
    >   すが、本ソフトウェアの著作権は、作者が留保しています。本ソフトウェア
    >   は無料です。従って、本ソフトウェアの作者は、このソフトウェアを利用し
    >   た結果生ずる一切の結果に対して責任を負わないこととします。
    
今まで、マスコミの威力は絶大であった。今もそうである。いくつかの雑誌で、 マニアックな層を媒体として、じわじわと勢力範囲を広げつつある。しかし、PDS という言葉が最も身近な環境は、何といってもオンライン・コミュニケーション の上である。この砦を崩されたら、もはや手遅れになるかもしれない。賛同する 方の協力を期待したい。もし、雑誌や新聞の編集に携わる人がこれを読んでいた なら、あなたがたは最も大衆を洗脳しやすい場所に座っていることを忘れないで 欲しい。PDS という言葉を安易に用いる前に、よく考えてみて欲しい。


補足

この運動を始めたきっかけとしては、PDSという表現は意味が違うのではないか、と いうように批判したら、「でも、他によい呼び名がないから仕方ないじゃないか」 というような反論をされたので、だったら「フリーソフトウェア」という呼び名を 広めてしまえ、という短絡的な発想があった。当時は、フリーソフトウェアという 呼び名はあまり知られていなかったのである。この運動とは無関係ではないかと思 うが、何故かフリーソフトウェアという呼び名は極めて一般的に使われるようにな った。

このコラムを読めば分かるように、この運動は「PDSという呼び名を使わないように しよう」という目的ではない。著作権を放棄したのならPDS、そうでないならフリー ソフトウェアと呼ぼう、というのが本旨である。PDSのつもりなのに著作権留保ソフ トと同じように呼ばれては面白くない、という感情的な意図もあった。

(*1) J3100-SS001

(*2) たまたま不良品で接触不良の個所が振動で付いたり離れたりしたのではなかろ うか、と今更ながら思うのである。

(*3) DynaBookの用語。RAM上に仮想的にハードディスクと同じような領域を設定する 機能がある。

(*4) 調べれば簡単に分かる事実をこれほど明白に誤った情報を流すということに対 して、作為的なものを感じざるを得ない。

(*5) ここは原文のままにしてあるが、実は「果汁が含まれていなければジュースで はないのでは?」と突っ込まれた。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -109-
    1990-03-16, NIFTY-Serve FPROG mes(5)-207
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1990, 1996