Comic Box

94年度総括 コミックシティin幕張中止事件etc
スーパーコミックシティ逮捕事件 「魔法使いサリン」etc
95年度総括 ガンダムW、最後の晴海
96年度総括 この年、決算号発売されず
97年度総括 2年分の総括

同人誌界'94

 同人誌の世界において去年一番の話題と言えば、やはり、秋の「コミックシティIN幕張メッセ」の開催中止とその後の自主規制問題であろう。この事件、いろいろな局面での主催者の赤ブーブー通信社の対応のまずさが事態を悪化させた。
 開催中止問題では、過去にわいせつ問題で「コミックマーケット」が撤退を余儀なくされた場所でありながら、事前の周到な対外折衝がなされていなかったのに加え、千葉県警のただ一度の「青少年保護条例に反したものがあれば、現行犯逮捕もあり得る」という警告に対して、ねばり強く交渉もせずに、自ら中止を決定してしまった。そして、開催を主張する事務スタッフと中止やむなしとする経営陣との間に対立が生じ、事務局の大半が同社を辞める結果となった。しかも、参加費を預けているサークルへの説明が不正確かつ不十分であり、そうした不備への指摘は「会社への内政干渉」と突っぱねた姿勢も安易であった。
 で、話がこの即売会中止問題に留まっていればよかったのに、続いて起こったのは、同社による自主倫理規定の提唱であった。当初、同社は、千葉県の青少年保護条例の過剰な規制に対しては、断固反対すると主張していたのだが、実際にサークルに対して、なんのコンセンサスもなく、拙速に出された「自主倫理規定」の内容は、千葉県条例のほぼ引き写しという驚くべき内容であった。基準も、運用次第ではどうにでもなる極めて曖昧なもので、実際それまで普通に売られていた同人誌が、事件後販売が認められなくなったりしている。当然このような自主規制に対しては、各方面から厳しい批判の声があがった。温厚で知られるコミケットの米沢嘉博代表ですら、コミケット準備会発行の各種の文書で、間接的ながらも不快感を示していた。これらの批判に対して赤ブーブー通信社としても昨年末で事実上の「自主規制の撤回」を表明した。スタッフが抜けて運営が危ぶまれていた即売会そのものも一応格好はついており、今後は、これらの問題を教訓にして自由な環境のもと、継続的な開催を続けていってほしい。
 ただ、釘を差しておきたいのは、表現の場を主催する者は、自由を保障しなければならず、そのためには体を張ってその自由を守ることもある。最悪の場合においては、「捕まる覚悟」がなければならない。自己保身を優先する人間には、表現の場を開く資格はない。そして、一方で第一義的に表現に対して責任を持つのは、即売会主催者ではなく、送り手である。くだらない自主規制を押しつけられるのではなく、自分の作品は自分が判断する、という当たり前のことを忘れてはならない。事件以後、冬のコミケを含め、何とはなしに、同人誌界全体が腰が退けてしまっている雰囲気が感じられる。これが同人誌の成長神話が終わりを告げるきっかけとなるのか、注目していきたい。

 さて、前回同様各ジャンル別に去年の動きを追ってみよう。基本的な枠組み自体は一昨年とはそれほど変わっていない。
 女性系で特筆されるのは、「スラムダンク」の独り勝ちであろう。昨夏あたりから他ジャンルの大手サークルがさらに参入し、活況を呈している。様々なカップリングが覇を争ってきたこのジャンルだが、一応流川×花道が主流のポジションを得たと言えよう。
 「スラムダンク」で目立ったのは、いくつかのサークルが集まっての合同誌の発行やイベントの主催といった活動。高野宮子(Pーkoodoo)、田中鈴木(田中社)、灰島可威(OZONE;SD)らによるシマウターズ、日向朝衣(私が法律っ!)、平忠子(恋はいつでもマン・ツー・マン)、村越ひろみ(KOOL)、峰崎蒼(BREAX)、坂本ミキ(STEAL)の五人による同人戦隊RUHANA5がそれである。
 その他としては、よしながふみ(大沢家政婦協会)、新田祐克(MOVEMENT)のふたりを挙げておく。両者とも若いながらも高い画力を誇っており、今後が期待される。
 さて、まだまだ一大勢力ではあるものの、ジャンルとしての拡大はわずか2年弱で停まってしまったのが「幽遊白書」。低年齢層への受けの良さは相変わらずだが、一時ほどの熱狂は無い。原作の七転八倒の末の連載終了も、多少陰を落としたようにも見える。
 原作者である富樫義博が夏コミケに参加し、フリートーク本を無料配布したのは話題であった。終了についてのいきさつ、執筆の苦悩など、「少年ジャンプ」というシステムに押し潰されていく描き手としての自己を、彼一流のポーズを取りながらも率直に語っている。
 パロディの対象とされる「少年ジャンプ」の作品そのものが、「天下一武道会」パターンという麻薬中毒に陥っている以上、同人誌がその影響を受けないはずがない。これは、新しいパロディ対象が生まれるということで解消される問題ではない。確かに新しいジャンルはカンフル剤にはなるかもしれないが、それだけでしかない。システムに変化がない以上、新しいおもちゃは奇跡の特効薬たりえない。
 さて、「幽遊白書」での注目作家は野火ノビタ(月光盗賊)。ファンキーな独特の絵柄と抜群の作品構成力で、作家やマニアなどの玄人の強力な支持を受けている「幽白」では珍しい存在。商業誌活動やオリジナル(美少女!)にも作風を広げているほか、文章力もある人で、前述の富樫義博の同人誌についての極めて鋭い批評もものしており、最近の評論同人誌の中でも出色。その他、急速にギャグのパワーをつけて、好調なのが東雲あるふ(チニタ)、篤見唯子(薄荷屋)。何がたががはずれてしまったような、ハイテンションぶりには驚かされた。
 キャプテン翼・星矢・トルーパー・サイバーなどは、落ちついたもの。漸減傾向が続いている。C翼ではないが、強烈な印象を残したのがうぐいす姉妹による日常まんがシリーズ「身辺雑布」。日常絵日記まんがというのは同人誌ならではの描き手と読み手の親密な関係を構築するが、作家がここまで自分を赤裸々に描き、しかもギャグ化した怪作があっただろうか。ある意味で去年最も破壊力のある作品群であった、とすら言える。
 その他、去年人気を得たのは、アニメでは「シュート」「Gガンダム」、小説では「富士見交響楽団シリーズ」。特に後者は、受けキャラの造形がやおい系小説の中ではユニークなのがウケている。作家としては、大日向基(憂国)、金ひかる(だむだむ団)。そして、昨秋以来急速に人気を伸ばして、今年台風の目になりそうなのが「るろうに剣心」。まだまだ単行本が巻数を重ねておらず、アニメ化もされていないのに、「スラムダンク」に流れなかったサークルを中心に既に描き手側の人気が過熱ぎみ。しかし、本格ブームとなるためには、アニメ化が大前提。もう少し機が熟すのを待った方が、よりおいしい果実を味わえるような気がするのだが、最近の早物食いのスピードは加速度的だ。こんなペースでは、いざアニメ化となったときに、今盛り上がっているサークルは疲れてしまって、アニメとパロディの相乗効果が望めなくなってしまうように思われる。
 音楽系では、SMAPの人気が相変わらず高く、パロディ系の作家の何人かも同人誌を出したりしたが、全体的に低調。TOKIO、KINKI KIDSあたりならともかく、バックで踊ってる××君とかなると、マニアックに過ぎる。売れる前から目を付けていたアイドルが人気を得ていくのを見るのは、結構快感だけど、まんがのネタにするには、ちょっと気が早いのでは?
 オリジナルは、JUNE系が大手・中堅層の厚さで量的には十分に充実しているが、このジャンルも商業誌とのオーバーラッピングの中で方向性を見失いつつある。これほどまでに、やおい系商業誌が氾濫する状況で、わざわざ同人誌で、しかもオリジナルで、JUNEあるいはやおいをする必然性を、描写の過激さ以外の部分で再確認しないと、失速する危険性は多分にある。
 少年系では、村田蓮爾(PASTA'S ESTAB.)を挙げておきたい。画力の高さと微妙なエロティシズム、抜群のデザイン感覚で、以前から注目されていた人だが、去年も好調。静的な画面から訴えかけてくる瞳の鮮やかさが印象的。
 美少女系では、若手の台頭が目立ち、「セーラームーン」ブーム後の世代交代が始まった一方で、ベテランもがんばった年となった。若手では、ROS(旅館はなむら)、やまと正臣(ジ○トピア)、歌麿三世(日本漁業組合)、ベテランではどじ(どじんち)、を挙げておきたい。また、お久しぶりのみやすのんきの他、江川達也、清水としみつ、ダーティ松本など大物プロまんが家がコミケに参加したのも話題であった。特に、エロ劇画界の巨匠ダーティ松本の「セーラームーン」パロディは、数十ページにも渡る長編力作であり、決して手抜きをしないその姿勢はさすがプロと言える。下書きや落書きの寄せ集めでごまかしたような本をネームバリューだけで大量に売りさばいているような一部の若手プロ作家には猛省を促したい。
最後にひとこと。夏コミケに、かがみ♪あきら没後十年ということで、うたたねひろゆき(UROBOROS)責任編集の回顧本が出された。二十代後半のまんがファンが、十年前の多感なあの時期にあのまんが家と出会えたあの瞬間の幸せを再び呼び起こさせてくれたことを深く感謝したい。なぜなら、評者も、あの心優しいまんが家と巡り会わなければ、こうして今この文章を書いていることはなかったであろうから…。ほんとうにありがとう。


スーパーコミックシティ逮捕事件

 95年5月4日。その前日から晴海の見本市会場にて開催されていた同人誌即売会スーパーコミックシティ(主催:赤ブーブー通信社・東京文芸出版)において、出展サークル代表者が警察に現行犯逮捕された。このような事態は、二十年におよぶまんが同人誌の歴史の中で初めてのことである。
経緯を簡単に説明すると、このサークルが会場にて、オウム真理教関連のチラシ及び出版物などを持ち込み、配布しようとして主催者とトラブルとなり、驚いた主催者側が警察に通報した。地下鉄サリン事件等で過敏な時でもあり、公安、鑑識を含む多数の警察官が来場、該当サークル代表者を任意同行し事情を聴取、所持していた小型ナイフを理由に「銃刀法違反」の容疑で現行犯逮捕したもの。その後、代表者の友人2名も事情聴取を受け、内1名が無修正のポルノ写真を持っていたため「猥褻物販売目的所持」の容疑で逮捕された。
 このサークル、以前から、ナチスや左翼関係の資料のゲリラ的な復刻でマニアの間では、名前の知れた存在であり、昨年冬には「魔法使いサリン」という題で、サリンに関する本も作っていた。この本の存在もあって、一部マスコミで、オウムとの関連を強く示唆する報道がなされたことは、読者もご存じのことと思う。(ちなみにこの本自体は、道徳的にはともかく、法律上は問題のない本であり、実際、警察もこの本での立件はまったく行っていない。)
 オウムとサリンが日本中に引き起こした集団ヒステリー状態の中で、この事件に関わる人々のとった行動は、多分に問題点を含んでいる。
まず、問題のサークル。同人誌は自己表現の手段であり、商業誌ではできない表現が可能であることが、その魅力のひとつでもあり、それは、社会の規範や道徳に反するものであっても認められるべきである。しかし、毒を持った作品を表現するにあたっては、毒に対する自覚を持ち、それ故の細心の注意が必要である。しかし、現実はそうした配慮はなく、世間の騒ぎに乗じて「ひと山当てよう」的感覚があったのは否めまい。
 そして、警察。今回の一件はオウム関連の人間による仕業、という予断があったことは間違いあるまい。逮捕容疑もいわゆる「別件逮捕」というべきものであり、捜査方法として適切さに欠けていたと言える。
 さらに、マスコミ。既に数誌で取り上げられていた「魔法使いサリン」をスクープとして取り上げ、オウムと勝手に関連づけ、挙げ句には自衛隊にまで絡めた「サンデー毎日」をはじめとして、オウム絡みなら何でもOKの姿勢は、強く批判されなければなるまい。
 最後に、主催者。警察へ自らが通報したことに対して批判が集まっているが、これに対しては「一般人として当然のことをしたまで」と開き直っている。しかし、出展サークルは、参加申し込みをし、参加費を払い、代表者の住所氏名を申告している以上、主催者とサークルの間には特別の関係が成立していると考えるのが常識だと思うのだが、どうやらそうではないらしい。主催者とサークルの間でトラブルが発生した場合、話し合いで解決するのが基本である。事態の収拾が困難で、重大な危険が存在してはじめて警察への通報を考えるべきである。今回のようなタイミングで警察に通報する必要は全くないと考えられる。しかも、この事件で自分たちだけ突出するのを恐れて、他の即売会に対して、オウム関連の問題についての共通のガイドラインの作成を主張する始末。昨年末の性表現についての千葉県条例並みの自主規制の提唱もそうだが、こういうくだらないことが本当に好きなところである。そして、こういう危機管理能力の欠如がより大きなトラブルを引き起こさないか、大いに心配されるところである。


同人誌界'95

 75年に産声をあげたコミケットは、去年開催二十周年という節目の年を迎えた。参加サークルは30、参加者はおよそ七百人という小さなイベントは、二十年後、応募サークル約4万、参加サークル約2万、参加者約30万人という巨大なイベントとなった。特に夏のコミケット48は、初めての3日間開催となった。この日程は、当初晴海の一部の館において別のイベントが企画されコミケットが全館を使用できず、2日間と同じだけのサークルを入れるためには3日間開催するしかない、という厳しい事情によるものだった。ところが、この別イベントが中止になってしまい、全館使用3日間、総サークル数2万2千、というこれまでの最大規模で開催されることとなった。率直な話、真夏の3日間で、スタッフもサークルも一般入場者もかなり疲労したイベントになってしまった感は否めない。しかし、その一方で大きなトラブルもなく開催できてしまったという実績は残るわけで、約2倍という現在の抽選率を緩和するための手段のひとつとして、今後も3日間開催という選択肢はありえるのであろう。
 さて、去年のトラブルと言えばまたもや赤ブーブー通信社であった。昨年5月に開催された「Super Comic City4」において、オウム真理教関係のチラシ及び出版物を持ち込み配布しようとした出展サークルの代表者が、警察に小型ナイフの所持を理由に「銃刀法違反」で現行犯逮捕されるという事件が起こった(詳しい経緯については、本誌昨年9月号での筆者の記事を参照していただきたい)。このサークル代表者は、別にオウム信者ではなく、ただ「面白そうだから」とばかりに軽率な行動をとったわけで、自分の同人誌活動に対する責任を甘く考えていたと言わざるを得ない。一方で、自分のイベントに参加申し込みをしている人間(つまり住所も名前も把握している人間)との話し合いもなく、いきなり警察に通報した主催者側の姿勢も大いに疑問である。一昨年の「幕張メッセ中止事件」の時に露呈したこの会社の危機管理能力の低さは現在に至るまで改善されていないように思われる。

 それでは、恒例のジャンル別傾向と対策に入っていこう。
 女性系アニパロで話題の中心となったのは「ガンダムW」であった。原作アニメが監督池田成、キャラクターデザインに村瀬修功、しかも主人公は美少年キャラクター5人組という、「トルーパー」と同じパターンを踏襲しての少々あざとい展開ではあったが、仕掛けの甲斐もあって人気は急上昇した。特にスラムダンクのような頭身が高くて、肉感的なキャラクターは苦手な女の子のエネルギーがここに集まったように思われる。主な作家としては、中村月人(愛情バンク)、浜田芽里(VESPA)、嵐山ジョン子(嵐のプレリュード社)、みずき健(Ypritto)。特にみずき健は、ここ最近の彼女とは別人のようなハイテンションでの活動を行なった。ただ、ジャンル全体としてはギャグまんがやほのぼの系のショートストーリーが多く、読ませる本が多くないのが少々残念なところ。
スラムダンクは、相変わらず「ガンダムW」以上のボリュームもあり作家も多彩だが、一時ほどの勢いはなくなっている。人気サークルはこの一年ほとんど固定化している中で伸びた作家と言えば、大友たけし(塚八東城)が挙げられる。
 その他アニメ系で人気があったのは、「ロミオの青い空」。女の子のショタコン心をくすぐり、原作がとても名作劇場とは思えないノリで熱心なファンを集めた。
 芸能ではアイドル系がこのところ数を倍近く増やしている。その原動力は当然SMAP。アニパロの作家まで巻き込んで盛り上がっているところに、これまでの音楽系同人誌にない幅広さが感じられる。しかし、その一方で、これまであった暗黙の了解というものが通用しなくなっており、元からのプロパーとアニパロからの転入組との間で軋轢も生じている。
 小説系で人気を得たのは、「十二国記」シリーズ。小野不由美自身が冬コミケにこっそり参加していたことがちょっとした話題になっていたが、実は彼女、もともとアニパロ同人誌の経験もある人だったりする。作家としては白泉らら(少年家宝社十二国記支店)を挙げておきたい。絵のうまさはピカイチである。
 ゲーム系では、格闘ゲームを中心に拡大が続いている。作品的には「KOF」、「ヴァンパイア」といったところが人気。その一方で、最近一大勢力となりつつあるのが、「卒業」、「同級生」、「ときめきメモリアル」といったいわゆる育成ゲームの類(こういう分類には異論があるとは思うが、同傾向ということで了解してほしい)。「アンジェリーク」といった女性向け作品もあり、今後とも成長が見込まれる。
 男性系では、何はともあれ「エヴァンゲリオン」であった。昨年秋の放映開始以来、爆発的な人気となり、冬のコミケットでは、「エヴァ」のパロディ本のあるなしがサークルの売り上げを大きく左右するほど。特にうたたねひろゆき(UROBOROS)責任編集、表紙貞本義行、その他豪華執筆陣を取りそろえたアンソロジーを求める行列は、晴海会場における行列新記録となった。こうした男性の血気の一方で、女性ファンが多いのも目を引いた。そういった意味でもポスト「セーラームーン」最右翼であったのだが、本編ラストの自己啓発セミナー話が、多くのファンに冷や水をぶっかける形となり、今年の動向がまったくもって不透明になってしまった。
 男性系での注目作家は、希有馬(希有馬屋)、あいざわひろし(HIGH RISK REVOLUTION)、位相同爆(OFF LIMIT COMPANY)。特に位相同爆は、コミケ毎にコンスタントにレベルの高い個人誌を発表し、「同級生」パロではもっとも活躍した作家の一人であった。

 と、駆け足で去年の同人誌界を眺めてきた。長い間同人誌即売会の中心的会場であった晴海国際見本市会場も本年3月末で閉鎖され、今年は新天地(になるか)有明・東京ビッグサイトへと各即売会とも場所を移す。不思議なもので会場が変わると中身も変わる。今年の同人誌界はどうなっていくのであろうか。注意深く見守っていきたい。


同人誌界'96-97

 今号は97年決算号ということではあるが、2年ぶりの決算号ということもあるので、必要に応じて96年の事柄についても言及していきたい。
 まずは、本家コミケットであるが、晴海から有明の東京ビッグサイトに移り、昨年で2年目を迎えた。駐車場がらみの大渋滞、東西ホール間をはじめとする動線の混乱、エスカレータの故障等、当初は新会場ゆえのトラブルも多発した。もっとも、回を重ねるごとにスタッフだけでなく、一般参加者、サークルもこの会場というものに慣れてきており、スムーズに運営が行われつつある。特に夏は、3日間開催トータル3万4千スペース弱という空前の規模で行われ、このところ50%ほどだった抽選率も、約8割にまで向上した。
 さて、96年より始まったのが、西4ホールの企業ブース。当初は準備不足もあり低調であったが、去年はゲーム系を中心とした出展各企業が、コミケット限定のグッズを販売したため、マニア心をくすぐられた客が殺到。特にリーフのブース目当ての行列は、並の大手サークルをはるかにしのぐ人気ぶりとなった。この他にも同人誌の委託コーナー、声優のトークショー、自主制作ビデオの上映会、アニメタルのミニライブなど、各種の企画も好評であった。しかし、そのあまりの盛り上がりのため、企業ブースの現状の混雑は、既に西4ホールのキャパシティを越えつつある。場所を変えるといっても、そもそも地理的に隔絶されているために、サークルを配置しにくいこのホールの有効利用が、当初の目的でもあり、また、サークルより企業優先というのでは、コミケットの趣旨から考えると本末転倒でもある。その反面、現在の同人誌の停滞感も考えると、「同人誌即売会」としての枠組みに固執するのが必ずしも正しいとは言えないのも事実であり、今後の方向性が難しいところと言えよう。
 前段でも記した同人誌の停滞感であるが、それを如実に表しているのが、コミックシティに代表されるコミケット以外の大規模即売会の不振である。96年でも、それまでの月1回ペースでは即売会にサークルも一般も行かなくなっていったのだが、97年に入ると、夏・冬のコミケットの落穂拾いや春・秋のコミケットオフシーズンの、1万スペース規模の即売会ですら、集客力が落ちている。コミックシティは、94年に開催中止になった幕張メッセでの開催を97年に実現するなど、意気込みは感じられるのだが、現状に対する有効な手段を見い出せていないように思われる。その一方で活況を呈しているのが、コミック・レヴォリューションやコミック・キャッスルといった美少女系を中心とした男性客に特化している即売会と、各種のオンリーイベント。サークルと一般参加者の目的意識がはっきりしているところに強みがある。
 そして、一昨年秋から問題になったのが同人誌と税金の問題。もちろんほとんどのサークルは、収支トントンあるいは赤字であり関係のない話だが、厳しい結果となった一部の大手サークルもいる。以前のわいせつ図画問題も含めて、同人誌界の規模がここまで大きくなると、「子供の遊び」では世間は許してくれない。社会的に当然のことを当然に要求されてくる。けれども、同人誌の魅力というのは、一種のアジール的な居心地の良さにもあったわけで、そういう部分が失われていくことで、活力を削がれていくことにつながることが懸念される。

 それでは、去年のジャンルの流れを見ていこう。
 まずは女性系。このところのアニパロ系の低落傾向に歯止めがかからない中、それに代わってトレンドのリーダーシップを取ったのがゲーム系。夏のコミケットの3日間体制においても、初日の大半は、ゲーム系で占められた。特に春・夏は「FFZ」に人気が集中。それを受けて「FFZ」での申し込みが急増した冬コミケだったが、当日には既にブームも落ち着いてしまっていた。大手サークルこそ混んでいたものの、普通のブロックでの熱気が感じられず、勝負に出た中堅サークルも大量の在庫を抱える状態。元々ゲーム系というのは、TVアニメや週刊まんがのように毎週毎週のストーリーがあって、ネタを原作が提供してくれるわけではないので、どうしても一つの作品でのブームの持続力が弱いのが弱点。加えて、前々からゲーム系プロパーサークルに対して指摘されている「絵は綺麗だけど、仕上げが雑。ほのぼのショートギャグばかりで読み応えがない」という点も相変わらず。「FFZ」で一番面白いサークルがアニパロ系大ベテランの突貫工事おぢろう組というのは、ジャンルの構図としてはまずいように思う。
 停滞著しいアニパロ系は、新しい作品に恵まれない上に、「FFZ」ブームの煽りを受けて全体としては大幅にその数を減らした。96年は「ダグオン」、97年は「レッツ&ゴー」がそれなりの盛り上がりを見せてはいるが、大状況を変えるほどの求心力はない。また、まんがのパロディ系は「め組の大吾」、「封神演義」といった作品がまずまずの人気を得て数を増やしてはいる。
 その他、商業誌と同様に不振が続いているのがJUNE系。レディースコミックブーム末期を見るような性描写のエスカレートと、学園モノ・サラリーマンモノのワンパターンが、このジャンルを袋小路に追い込んだ。
 それ以上に、停滞が続いているのが創作少女系。かなりの読者が実は古くからの少女まんがファンの男性、という屈折した事態の中で、多くのサークルがそれを奇とも思わず、内部に閉じこもっているような印象を受ける。
 そんな中で元気なのが小説FC系。島田荘司、京極夏彦、有栖川有栖といったミステリー系が高い支持を得ている。大手サークルこそ多くはないが、個性ある中堅サークルの活動が活発であった。中でもユニークだったのは、きょんと南智子による京極夏彦本。森園みるく、村崎百郎といった執筆陣に、演劇評論の大御所である滝沢解が加わっているのはちょっと驚かされた。
 男性系も「To Heart」などのいわゆる「ギャルゲー」ブームが加熱。その中で最長行列を記録したのは水谷とおる(クランク・イン)。七瀬葵(パワーグラデーション)と共に、ゲーム系のファンからは熱狂的な支持を得ている。数的にも、この1年で、サークル数は約2倍と急増。当然ながらそれだけのサークルを支えるきれるほどには買い手はいないわけで、ギャルゲーに限らず男性向けのサークルの売れる売れないの差がはっきりしてきたのがこの1年であったように思う。その中で、気になったのは、原画集とグッズの多さ。前者は、フルカラー表紙に原画を適当に乗せた本文という安直さがいささか鼻につく。後者は、かつて男性系のサークルは本以外は見向きもされなかったことを考えると、買い手の気質の変化を感じずにはおれない。
 アニメ系は「エヴァ」、「ナデシコ」がひと段落し、「ウテナ」がそこそこの人気。注目作家は、CHOCO(CHOCOLATE SHOP)。CGを駆使した抜群のセンスに、人気沸騰。他の作家たちへの与えたインパクトも大きい。特に「包帯少女」という「エヴァ」のパロディでは、本編より面白いラスト、との声すらあった。
 美少女系では、以前からの「ショタコン」、「ない乳」ムーブメントに続いて、一部の女性サークルが中心となって同時多発的に発生したのが、男性キャラの女性化、通称「ギャル化」と呼ばれる現象。何の脈絡もなく、そのパロディではシンジや五飛が女の子で登場するあり方がいかにも女性作家的感性か。
 最後に、プロ作家のコミケットへの参加について。以前はプロがコミケットに来ることはニュースになったが、最早誰が遊び来ても何の不思議もないほど当たり前の光景となった。そんな中で目についた本を列挙してみると、越智一裕・佐野浩敏責任編集の豪華ゲスト金田伊功壮行本、そのボリュームと編集が見事な結城信輝「X」修正原画集、本文オール2色が美しい山本貴嗣のエロ本、安永航一郎の「県立地球防衛軍」の新作、岡昌平の鬼気迫る「機神兵団」等々。プロ作家の同人誌というと、ラフや下書きを集めたお手軽な本になりがちなのだが、こういう質・量ともに充実した本が同人誌で読めてしまうというのは何ともうれしいことである。


ホームへ戻る



e-mail:nmisaki@st,rim.or.jp
(C)1998 MISAKI Naoto & DOUJINSHI RESEARCH INSTITUTE