横浜市消防団の歴史


明治27年5月

消防団の前身である消防組が、横浜市に3組(伊勢佐木、石川、山手)217人体制で編成される。

明治45年

消防組に常設消防隊が併設される。

大正8年

常設消防隊が消防署となったが、消防組はそのまま存続する。

大正11年11月

伊勢佐木、戸部、南太田、平沼、神奈川、子安、関内、加賀、寿、山手、特置(現山下町)、水上、中村、磯子、北方の15消防組となる。

昭和14年4月

警防団令が公布され、消防組は警防団に統合される。

昭和20年

警防団は20団(加賀町、伊勢佐木、水上、山手、磯子、寿、大岡、鶴見、神奈川、川和、戸部、保土ヶ谷、戸塚、中和田、豊田、中川、本郷、川上、瀬谷、大正)8,932人となる。警防団は昭和22年5月消防団令が公布され改組されるまで存置する。

昭和22年4月30日

勅令185号により消防団令が公布される。

昭和22年12月

法律第226号により消防組織法が制定され、これに伴って横浜市消防団条例(条例第41号)が公布される。

昭和23年3月7日

消防組織法が施行となり、これにより自治体消防が発足し、消防団は公設消防とともに横浜市に移り、横浜市消防団の第一歩がはじまる。
当時の消防団設置数は、横浜市8行政区に13団(鶴見、神奈川、西、伊勢佐木、加賀町、山手、寿、大岡、保土ヶ谷、磯子、港北、川和、戸塚)7,809人体制で運営される。

昭和27年11月

磯子区が2分割され、磯子区を受持ち区域にしていた磯子消防団が2分割され、金沢消防団が誕生し条例定数も15人増員され、14団7,824人体制となる。

昭和44年10月

横浜市域行政区の再編成が行われ、港南区(南区より分離)、旭区(保土ヶ谷区より分離)、瀬谷区(戸塚区より分離)の3区が新たに誕生し、同日よりそれぞれの区名を冠称した消防団が編成されるとともに、川和消防団が緑消防団と改称され、17消防団7,824人となる。

昭和61年11月

戸塚区が、戸塚、栄、泉の3区に再編成され、同日よりそれぞれの名称を冠称とした消防団が誕生し、19消防団7,824人となる。

平成6年11月

港北区、緑区の再編成が行われ、同日より新たに青葉区、都筑区が誕生し、それぞれの名称を冠称とした消防団が設置され、18行政区、21消防団、7,824人をもって運営される。

平成9年10月

鶴見、神奈川、西、伊勢佐木、加賀町、寿、大岡、港南、保土ヶ谷、旭、磯子、都筑の12消防団で本市で初めて190人の女性消防団員が任命される。

平成10年10月

残る9消防団を中心に平成10年度女性消防団員の任命を行うため200人増員の条例定数を改正し8,024人とし、200人の女性消防団員を採用し、累計390人となった。

平成11年10月

200人増員(女性120人、男性80人)条例定数を改定し、8,224人とし、累計で女性消防団員は510人となった。

平成12年10月

女性消防団員の当初採用予定の最終年度であり、140人増員の条例定数の改定を行い、現在10月1日採用を予定。これにより、女性消防団員は累計650人となる。

以下が原文です。

◇◇消防団の変遷◇◇

消防団の前身である消防組が発足したのは、明治27年2月勅令第15号により消防組設置令の公布に基づき、同年5月横浜市に3組(伊勢佐木、石川、山手)217人の編成がされたことにはじまり、県知事統括のもとに警察部の指揮下にあった。

その後、明治45年に至り消防組に常設消防隊が併設され、大正8年には常設消防隊が消防署となったが、消防組はそのまま存続し、大正11年11月に伊勢佐木、戸部、南太田、平沼、神奈川、子安、関内、加賀、寿、山手、特置(現山下町)、水上、中村、磯子、北方の15消防組となり、大正12年の関東大震災に大活躍した。

昭和14年に至って日支事変もたけなわとなり、同年4月警防団令が公布され、消防組は警防団に統合された。

警防団は、地方長官の職権または市町村の申請により設置されたもので、その機構等が強化され、組織も団長、副団長、分団長、部長、班長及び警防員の6階級にて編成し、昭和20年には20団(加賀町、伊勢佐木、水上、山手、磯子、寿、大岡、鶴見、神奈川、川和、戸部、保土ヶ谷、戸塚、中和田、豊田、中川、本郷、川上、瀬谷、大正)8,932人となり、第2次世界大戦の警防活動を始め、防空消防の一翼を担い終戦を迎えた。

戦後、駐留軍司令部からの命令により既存の各種団体の解体が行われたが、警防団は特に除外され、昭和22年5月消防団令が公布され改組されるまで存置した。

昭和22年4月30日勅令185号により公布された消防団令は、民主化の線に沿った地方自治の精神に基づき、市町村の責任において消防団を設置するように定められ、昭和22年12月法律第226号により消防組織法が制定され、これに伴って横浜市消防団条例(条例第41号)が公布された。

条例は、7章24カ条よりなり、新生消防団の誕生を迎え、明けて昭和23年3月7日消防組織法が施行となり、これにより自治体消防が発足し、消防団は公設消防とともに横浜市に移り、横浜市消防団の第一歩がはじまった。

当時の消防団設置数は、横浜市8行政区に13団(鶴見、神奈川、西、伊勢佐木、加賀町、山手、寿、大岡、保土ヶ谷、磯子、港北、川和、戸塚)7,809人で運営された。

その後、昭和27年11月磯子区が2分割され、磯子区を受持ち区域にしていた磯子消防団が2分割され、金沢消防団が誕生し条例定数も15人増員され、14団7,824人となった。

さらに昭和44年10月に横浜市域行政区の再編成が行われ、港南区(南区より分離)、旭区(保土ヶ谷区より分離)、瀬谷区(戸塚区より分離)の3区が新たに誕生し、同日よりそれぞれの区名を冠称した消防団が編成されるとともに、川和消防団が緑消防団と改称され、17消防団7,824人となった。

昭和61年11月に戸塚区が、戸塚、栄、泉の3区に再編成され、同日よりそれぞれの名称を冠称とした消防団が誕生し、19消防団7,824人となり、さらに平成6年11月に港北区、緑区の再編成が行われ、同日より新たに青葉区、都筑区が誕生し、それぞれの名称を冠称とした消防団が設置され、18行政区、21消防団、7,824人をもって運営された。

阪神・淡路大震災を契機に、消防局内に「地震時における消防団の活動に関する検討委員会」を設置し様々な面から検討した結果、また、消防団長会からも女性消防団員の採用についての提言がなされたことなどから、平成9年度からの女性消防団員の採用に向け「横浜市消防団員の定員、任免、給与、服務等に関する条例」第3条の男子条項の一部改定を行い、平成9年10月1日に(鶴見、神奈川、西、伊勢佐木、加賀町、寿、大岡、港南、保土ヶ谷、旭、磯子、都筑)12消防団で本市で初めて190人の女性消防団員が任命された。

また、残る9消防団を中心に平成10年度女性消防団員の任命を行うため200人増員の条例定数を改正し、8,024人とし平成10年10月1日200人の女性消防団員を採用し、累計390人とした。

平成11年度は200人増員(女性120人、男性80人)条例定数を改定し、8,224人とし、累計で女性消防団員は510人となった。

平成12年度は、女性消防団員の当初採用予定の最終年度であり、140人増員の条例定数の改定を行い、現在10月1日採用を目途に各予定の消防団で行っております。これにより、650人となります。



横浜市消防局総務課:消防団員新任班長教育(平成12年5月21日) 「消防団の組織と運営」より引用

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