川村渇真の「知性の泉」

物事を総合的に評価する姿勢が欠落している


視聴者を誘導する報道姿勢は問題あり

 日産自動車(以下「日産」と略)の再生計画が発表され、数多くのマスメディアに取り上げられた。工場の閉鎖、下請けを含む取引先の選別など、厳しい項目が並ぶ。再生計画の内容はともかく、テレビを中心とした報道内容は、マスメディアの低レベルぶりを再確認させてくれた。何も考えていない“バカ丸出し”の報道姿勢を、少し分析してみよう。
 あるニュース番組では、閉鎖される工場に勤める社員にインタービューして、動揺している様子を伝えていた。また、日産の仕事を受注している企業にもインタビューし、同じように不安を伝えていた。
 日産の再生計画は、工場の閉鎖、人員の削減、取引先の厳選だけではない。よりグローバルでコスト重視の取引により、全社的なコストを低減させることである。また、顧客にもっとも影響力のあるデザイン重視で設計すること、部門間の壁を取り払って各種資源を有効活用することなども含まれている。
 しかし、報道の中心となったのは、工場の閉鎖、人員の削減、取引先の厳選である。しかも、今回の再生計画を良く思わない人にインタビューして、何人もに感想を述べさせていた。また、正式名称が「日産リバイバルプラン(再生計画)」なのに、日本では悪い印象のある「リストラ」という表現を繰り返している。こんな報道姿勢では、視聴者が再生計画に悪い印象を持って当然だ。テレビ番組の報道姿勢によって、視聴者を誘導しているのに等しい。ジャーナリズムとは、まったく反対の行為である。
 このような姿勢で報道するなら、ジャーナリズムではなく、単なるワイドショーでしかない。日本のテレビのニュース番組は、形態こそジャーナリズムを装っているが、中身はワイドショーに近いようだ。

もっと総合的に評価して報道すべき

 では、もっと適切に報道するなら、どのような形にすればよいのであろうか。全体の状況を見ながら、検討してみよう。
 まず、認識すべきなのは、日産の置かれている立場である。巨額の赤字を抱え、それが今でも増え続けている。もっとも大きな原因は、生産設備の過剰などによる高コスト体質で、それを何とかしなければならない。企業を継続したいのなら、工場の閉鎖は必須であろう。
 こうした状況で、工場の閉鎖や人員の削減に悪い印象を与える報道は、赤字を続けて倒産しろとでも言いいたいだろうか。また、工場を閉鎖せずに倒産したとき、報道機関が責任を取れるのだろうか。もし工場閉鎖や人員削減なしに再生できるのであれば、閉鎖や削減を問題視した報道でも構わない。当然、実行可能な再生案を具体的に提示する必要がある。代替案も示さずに悪い印象を与えるのは、単なるイチャモンでしかない。ジャーナリズムとしては、けっしてやってはならないことだ。
 まともに報道するのであれば、再生計画をきちんと評価するのが第一である。日産にとって、どのような選択枝が考えられるのか。各選択枝には、どのような特徴があるのか。選ばれた選択肢は、総合的に評価して適切であったのか、などだ。このように総合的に判断して再生計画が妥当なのか見ないと、視聴者に誤解を与えやすい。現在の報道内容では、明らかに誤解を与えている。
 余談だが、別な方向での報道も考えられる。もし赤字の責任を追及するのであれば、旧経営陣の意思決定内容を調査する必要がある。また、一般の社員も、まったく責任がないわけではない。この種の報道は、調査が大変だし、やって意味があるかも検討しなければならない。

記者自身のある程度の評価能力も求められる

 総合的に評価した報道では、きちんとした評価能力が求められる。再生計画のような内容だと評価が難しいので、記者自身では書けないだろう。その分野の専門家の意見を聞くことになる。一人の意見だけだと不安なので、何人かに尋ねるのが一般的だ。その結果を全体的に見て、記者が分かりやすく表現する。
 以上のような方法を採用するには、記者自身にもそれなりの能力が求められる。問題解決手法や物事の評価方法の基礎ぐらいは、身に付けておくべきだ。そうしないと、専門家の意見が適切なのか判断できず、悪い意図を持った専門家にだまされやすい。
 論理的かつ科学的に評価する基礎を記者が持っていると、専門家の意見を評価しながら聞けるようになる。複数の専門家で見解が異なる場合には、さらに別な専門家の意見を集める。また、各専門家がどれほどの能力を持つか(つまり、どれだけ信頼できるか)、世界レベルでの評価を確認してみる。このような過程を経れば、より適切な意見を選べるはずだ。
 善し悪しの判断が難しい題材に関しては、複数の意見を載せるしかない。ただし、単に意見を示すだけだと視聴者が判断に困るので、意見を述べた人の世界レベルでの位置付けも一緒に紹介する。大切な問題に関しては、これぐらいやらないと報道する意味はない。

まともな記事も少しはある

 日本のマスメディアには、日産の再生計画の報道に代表される“バカ丸出し”の内容が非常に多い。今回の記事以外でも、総合的に評価した記事はまれである。特に悪いのが、一般読者向け週刊誌で、噂話でも真実のように書いてしまう。非常に困った存在だ。
 ただし、すべての記事が悪いわけではない。今回の再生計画では、日経ビジネスの11月1日号に良い記事がある。特別リポート「黒字化失敗なら去る。カルロス・ゴーンが語る、日産大リストラのすべて」だ。最高執行責任者(COO)であるカルロス・ゴーン氏をインタビューした内容として、再生計画ができるまでの話を紹介している。この記事を読むと、再生計画の基礎的な要素は、日産社員による9つのアイデア検討組織が出したことがわかる。
 この記事の全体に感じるのは、話している内容がかなりまともな点だ。日産の弱点を的確に把握し、再生のために何が必要なのか、論理的に検討した様子が伝わってくる。社内の人材を生かすとともに、不足する人材は社外から連れてきている。個人的には、ゴーン氏の「日産再建の解は社内にある」との言葉が印象的だ。
 インタビューの要約という形式を採用したのは、本当の狙いを自由に語ってもらうためであろう。扱う問題が非常に難しいだけに、まず最初に責任者の意図を明らかにしなければならない。自由に語らせる方法なら、それを達成できる。再建計画を評価する記事は、計画の意図を知らなければダメであり、次の段階でも良い。

記事を自分で評価しながら読むようにしよう

 日本のマスメディア全体を見て感じるは、こうした良い記事が非常に少ないことである。どんな問題でも、“素人的な好奇心”を満たす記事にまとめてしまい、“本質的な領域”には踏み込まない。結果として、不適切な報道が蔓延し、多くの読者を悪い方向に誘導する。
 このような報道姿勢がはびこっている原因は、記者が努力をしなくて済むためだと推測する。きちんとした調査や分析を実現しようと思えば、その分野の知識だけでなく、問題解決や評価の方法を身に付けなければならない。そんな努力をしたくないので、素人的な好奇心という視点で何でも判断してしまう。困ったものだ。
 こんな風に情けないほど低レベルな記事が多いので、読んでいて腹が立つ。この状況が改善される見込みは、残念ながらゼロに等しい。したがって、視聴者や読者の側が、“悪い報道に誘導されないように”自己防衛するしかない。
 ニュースの内容を見たとき、次のように自問自答してみよう。他にどんな選択枝や解決方法があるか、本当の原因は何なのか、本質的な問題は何なのか、どうすれば根本的な解決が可能なのか、どんな組織や体制なら改善できるのかなどだ。すべての問題に自問するのは大変なので、重要な問題だけに絞るのが現実的だろう。
 自問自答の中心となるのは、問題を総合的に判断する視点である。多くの問題では、全体を見ないと適切な判断ができない。そんな視点が身に付くように意識しながら、自問自答を繰り返すことが大切だ。
 ニュースを自分で評価しながら見る癖が付くと、マスメディアの報道の欠点が見えてくる。本質的な評価からほど遠くて、何も考えていない“バカ丸出し”報道に、いくつも出会うはずだ。そうなるまで自問自答を続け、マスメディアのダメ誘導に負けない能力を身に付けよう。

(1999年10月30日)


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