川村渇真の「知性の泉」

物事を分かりやすく表現する総合的な技術が必要


作文技術よりも説明技術が重要

 分かりやすい文章を書くには作文技術が重要だと言われているが、これは誤った認識だ。内容を正確に伝えるためには、分かりやすく説明する技術(つまり説明技術)が重要であって、作文技術は一部の要素でしかない。
 極端な例を考えてみるとハッキリするだろう。説明が下手な人は、いくら文章が上手でも、分かりやすく説明することはできない。逆に、説明が上手だと、少しぐらい文章が悪くても、大まかな内容が伝えられる。実際には、説明が上手な人は、文章もそこそこ上手なので、こんな状況は起こらない。逆に、文章だけが上手で、説明が下手な人はよく見付けられる。その理由は、説明技術についての正確な認識がないことと、説明技術がまだ体系化されていないためだろう。

文章などの作成工程を体系化すると、3レベルになる

 文章でも図でも、良いものを作ろうとしたら、内容自体を充実することが必須となる。その次に、説明技術や作文技術が求められる。これを整理すると、良い文章や良い図を作るために必要な技術は、次の3レベルに分けられる。

1、内容自体を充実する技術
2、上手に説明する技術(全体の構成も含む)
3、個別の表現技術(作文技術、作図技術、など)

これは、説明技術や作文技術まで含めて体系化するときの、最上位に位置するものだ。これをもとに、各レベルの詳細を見ていこう。

分析&思考技術が一番重要

 一番上のレベルに位置するのが、内容を良くするための分析&思考技術だ。問題点を掘り下げる方法とか、本当の原因を探る方法とか、解決案を導き出す方法などが含まれ、内容そのものを充実するのに大きく関係する。明確に区分けできにくい分野だが、あえていくつかの要素を選ぶと、次のようになる。

1-1、問題点や原因を分析する技術
1-2、解決案や作品を創造する技術
1-3、論理的な筋道を確立する思考技術
1-4、数多くの要素から全体の構成や関係を導き出す体系化技術

これらの中には、技術と呼ぶのに適さないものも含まれている。また、人によって向き不向きの方法があるため、自分にあったものを見付けることも重要となる。

説明技術では、全体の構成から最適な表現までを決める

 2番目のレベルに位置するのは、伝えたい内容を上手に説明する技術だ。どのような材料が必要で、どういう順番で並べたら、もっとも理解しやすいかを考える。その内容は、次の4つの要素で構成される。

2-1、必要な材料を選ぶ技術
2-2、選んだ材料を的確に並べる技術(全体の構成を決める)
2-3、材料ごとに最適な表現方法を決める技術(下の3-1〜6を選ぶ)
2-4、上手に表現するための共通技術(分かりやすさ、正確さ、など)

 ここでいう材料には、いろいろなものが含まれる。代表的なものとして、実例、比喩、基礎的な理論、実際のデータ、誰かの発言、などだ。伝えたい内容の要旨を考えながら、必要となる材料や最適な材料を選び出す。そのうえで、理解しやすさが最高となるように説明順序を決める。この順序が構成になるわけだ。バカの1つ覚えで、なんでも起承転結に結びつけていては、上手に説明できるわけがない。目的を明確にして、それに適した要素や構成を決めてこそ、上手な説明が実現できる。
 ここで注目すべきなのは2-3だ。選び出した材料のすべてで、文章による表現が適しているわけではない。表にして整理したり、図で描いたほうが、うまく伝わる材料もある。どの材料にどの表現方法が適しているかも、重要な決定事項といえる。

表現方法ごとに違う技術がある

 材料ごとに最適な表現方法を決めたら、それを上手に作成するための技術も必要となる。文章で表現するなら作文技術が、図で表現するなら作図技術がだ。現在の時点で考えられるものを並べたみると、次のようになる。

3-1、分かりやすい文章を書く技術(箇条書きなども含む)
3-2、分かりやすい表を作る技術
3-3、分かりやすい図を作る技術
3-4、分かりやすいグラフを作る技術
3-5、分かりやすい写真を撮る技術。または、選ぶ技術
3-6、分かりやすいムービーを作る技術

これらはすべて、分かりやすく表現することを目的とした内容が中心だ。写真であれば、芸術的な美しい写真表現と、分かりやすさを重視した表現方法とは、大きく異なる。そして、これらは説明技術の基本原理を応用した結果であり、説明技術の一部でもある。最上位のレベル分けの2と3を合わせたものが、説明技術の範囲となる。
 ここまでの説明で、作文技術だけを勉強したのでは、上手な文章が書けないことを理解してもらえただろう。文章の問題ではなく、説明の仕方の問題なのだ。

他に、対話技術も必要

 どんなテーマでも、一人だけで決断して実行するケースは少ない。たいていは何人かの人が関係し、協議をしながら物事を決定する。この段階は、前述の最上位のレベル分けでいうと、第1段階の内容を決定するレベルに相当する。ただ違うのは、一人で決めるのではなく、複数の人の意見を調整しなければならない点だ。参加者ごとに、第1レベルの技術を用いるが、それに加えて、各人の意見を調整したり、良い部分だけを上手に統合する技術も必要となる。一般には、会議手法とか調整術と言われているものだ。これも、良い内容を作成するうえで、必須の技術といえる。
 私の考えでは、プレゼンテーションやインタビューなども範囲に含め、対話技術として体系化できるのではないかと思っている。この内容に関しても、ある程度までまとまりしだい解説する予定だ。

ただいま研究中のテーマ

 マルチメディアの時代が到来しようとしているが、そのとき重要となる表現技術については、ほとんど研究されていない。マルチメディア時代になると情報量が増えるため、説明技術の必要性は、今と比較にならないぐらい増す。それを危惧している人は少なく、よく理解していない人々がマルチメディアを進めている。非常に悲しいが、それが実状だ。
 ここで順次紹介する内容は、私が個人的に研究しているテーマである。本格的に研究し始めたのは1994年後半からであり、他の研究テーマも同時に進行しているため、それほど前に進んでいるわけではない。とはいうものの、これからの社会にとって非常に重要なテーマなので、本腰を入れていきたい。その要約は、ゆっくりとだが、ここで紹介するつもりだ。

(1995年6月29日)


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