川村渇真の「知性の泉」

能力が見極められない人材紹介シートばかり


時代遅れ形式の人材紹介シートばかり

 仕事の関係で、社員の採用に関する相談を受けることがよくある。相談相手は人材紹介企業からの紹介で人を見付けるため、紹介企業から出された人材紹介シート(正式な名称があると思うが、知らないのでこう呼ぶ)を見る機会が多い。
 複数の紹介企業の人材紹介シートを見たが、どれも共通した形式を持っている。最初に人物の基本的な情報が書いてあり、今までの仕事の内容が何ページか続く。どんな企業のどんな部門に勤め、どんな種類の仕事に従事したかが、かなりの量で記述してある。ほぼ共通しているところを見ると、人材紹介企業で一般的な記述形式なのだろう。
 しかし、人材を見極める上で重要な点が書いておらず、単なる年表としてしか役立たない。結果として、紹介シートを見ただけでは、人材の実力がほとんど推測できない。「この人、いろいろと経験しているようだが、どの程度の実力があるのだろうか」と、シートを見ながら悩んでしまう。仕方がないので、実際に会って話を聞くことになる。
 面接には複数の人が参加し、準備などを含めると全員が半日ほど費やす。もし期待した相手でないとどちらかが判断すれば、採用担当者にとっても、求職者にとっても面接は無駄な時間になる。こういった状況が、日本中のいろいろなところで発生しているのではないだろうか。

能力を詳しく書ける新しい形式が必要

 状況を改善するには、人材紹介シートの形式を改良するのが一番だ。過去の仕事歴も必要だが、それ以外に能力の一覧を加える。どんな能力を持ち、それぞれがどの程度のレベルなのかを、全体として明らかにできるような一覧である。具体的には、縦軸に能力の項目を並べ、横軸にレベルを入れる。縦に並べた個々の能力が、それぞれどんなレベルなのか、2次元の表として見せるわけだ。
 横軸の値は標準化して、次のような6段階に分ける。特定の能力が凄く高い人もまれにいるので、それが記述できるようなレベルも加えてある。

横軸の欄:技術ごとの能力レベル(該当レベルを選ぶ)
・素人 :何をすればよいのかほとんど知らない
・初心者:詳しい人に補助してもらえればできる
・中級者:一般的なことなら自分一人でできる
・上級者:難しい内容でも何とかこなせる
・改良者:対象に最適な方法へと、自分でアレンジできる
・先進者:その技術の最先端の方法を、自分で切り開いている

 これだと分け方が荒すぎるので、それぞれの中間も選べるようにする。その結果、全部で11段階になる。しかし、上側の4段階は相当に高いレベルなので、実際には7段階のレベル分けといえる。

縦軸には標準項目と自由項目の2種類を入れる

 縦軸に入れる項目は、職種ごとに標準的な内容を決めたほうがよい。それに含まれるのは、その職種にとって明らかにすべき項目であり、能力レベルを絶対に記述させる。
 この標準的な内容だが、職種がシステムエンジニアなら、プロジェクト管理やニーズ分析に始まり、各種設計技術が続き、テスト技術やシステム監査など含まれる。これだけ多いと、全項目で高いレベルを達成する人はほとんどいない。しかし、それで良いのだ。人材ごとの得意な部分が見えてきて、採用の大きな参考になる。その意味で、かなり幅広く考えて項目を選ぶことが大切だ。
 標準以外の項目は、求職者本人が好きに加えてよく、自分の能力を自由に表明してもらう。自由に追加する項目だが、専門分野で一般的な能力だけでなく、「新技術の習得能力」といった汎用的な能力でも構わない。また、特定分野の深い知識を持っているなら、それを含めてもよい。能力でない項目の場合は、レベル分けを別に解釈する必要があるが、そういった項目にも適用できるレベル分けの解釈も用意すれば大丈夫だ。こうして、自由な発想で自分の能力を表明してもらう。どんな項目を選んだかも、評価の対象となるので、かなり面白い記述方法といえる。
 標準項目にも、本人による補足が必要だ。たとえば、標準項目が「プログラミング」の場合、どんな言語が使えて、言語ごとのレベル分けを示さなければ、本当の能力を伝えられない。その意味で、標準項目の下に自由記述行を数行追加して、より具体的な項目を本人に書いてもらう。追加した全項目でレベル分けを示せば、能力をより詳しく表明できる。
 能力を数段階のレベルに分けるだけだと、個人ごとの細かな特徴を伝えられない。この欠点を解消するために、レベル分けの横に自由な記述欄を加える。レベル分けとは異なる視点で、自分の能力をアピールしてもらおう。
 以上の話を総合したものが、最終的な能力記述の形式となる。大まかには、以下のような形にまとまるはずだ。

能力項目 該当レベル 補足(自由に記述)
標準項目1    
 標準項目1の自由項目1    
 標準項目1の自由項目2    
標準項目2    
 標準項目2の自由項目1    
    ・・・    
専門分野の自由項目1    
専門分野の自由項目2    
    ・・・    
その他の自由項目1    
その他の自由項目2    
    ・・・    

 このような記述方法だと、どんな分野であっても、本人の能力が明確に見えてしまう。だからこそ良い記述方法といえる。能力を高め続けている人にとっては嬉しいだろう。逆に、のほほんと仕事をしてきた人にとっては、かなり辛い記述方法となる。しかし、その責任は自分にあるので仕方がない。
 記述方法をどんなに改良しても、ウソを書く人は必ずいる。現実には、各項目で少しずつレベルを上げるようなウソが多いだろう。最終的には、面接での質問など確認するしかない。
 ただし、大きなウソを記述するのだけは、防止策を考えておきたい。面接してみて、あまりにも間違った記述が見付かったら、求人企業側から報告してもらうルールにする。このルールを求職者に前もって説明すれば、大きなウソはかなり減るはずだ。ウソの報告に関しては、求人企業も求職者も対等なので、求人企業のウソも求職者に報告してもらう。

既存シートには本人の希望がまったく書いていない

 人材の採用では、本人の希望が大きな要素となる。とくに優秀な人材ほど、希望を満たさない企業へは入らないので、本人の希望と合った仕事かどうか、求人企業側で早目に確認できたほうがよい。
 ところが、現在の人材紹介シートには、本人が望んでいる仕事の内容が書かれていない。それを記述する箇所すらない形式なのだ。シートの書式を見る限り、本人の希望を伝えようとする気がまったくないのだろう。
 こんな状況なので、採用担当者は悩んでしまう。「この人の経歴だと、うちの仕事をやりたがるだろうか。でも、もしかしてベンチャー企業を希望しているかも知れないな」などと。最終的には本人に聞くしかないが、それまでの間に採用担当者はいろいろ考える。この時間は、ハッキリ言って無駄である。
 同様に、求職者にとっても、無駄な時間を費やされる。自分が希望する仕事ではなかったことが、実際に会ったときに判明するからだ。在職中の求職者にとっては、自由な時間が少ないので、こういった無駄は少しでも避けたい。
 最良の改善方法は、本人の希望に関する説明を人材紹介シートに加えることである。人材コンサルタントに書いてもらうのではなく、本人が文章で書いたほうが絶対によい。本人が書くことで、希望する内容が間違いなく伝わる可能性が高いからだ。当然、手書きではなく、ワープロを用いて書いてもらう。余談だが、手書きだとワープロが使えないと思われるので、今後はやめたほうがよい。
 本人が文章を書く方法には、別なメリットもある。A4で数枚程度の文章にまとめる形で書いてもらうと、書いた内容からいろいろな能力が見えてくる点だ。物事の捉え方、論理的な思考能力、考えを説明する能力などが、ある程度は推測できる。採用した後で担当する仕事の内容と照らし合わせ、推測された能力が適さないと判断すれば、直接会う無駄を減らせる。
 ここまで求職者の能力や希望を取り上げたが、それ以外にも求人企業に伝えたい点があるはずだ。真面目で努力型の性格とか、人並み外れて正義感が強いとか、非常に重要な特徴を持つ人もいる。こういった点も伝えられるように、人材紹介シートを改良すべきだ。
 具体的な記述方法は難しいが、やろうと思えば何とか手はある。たとえば、人材コンサルタントの主観評価という形で、本人の良い点を説明するといった記述方法だ。最終判断は直接会って確かめてくれという注釈付きで記述し、その点を求人企業にハッキリと伝えるなら、こうした書式を採用してもよいと思う。もっと別な方法があれば、それでも構わない。

ずっと改善されない点も大きな問題

 最後に、人材紹介シートの欠点に関して、もう少し違った視点で見てみよう。現状のような人材紹介シートのまま、改善されずに続いている原因に注目してみたい。
 人材紹介シートは、人材紹介企業にとって、商品である人材の中身を的確に伝えるための重要な道具だ。商品と同等の位置付けになるといっても過言ではない。そうであれば、その記述方法が良いのか悪いのか、求人側と求職者の両方に尋ねて改良しなかったのは、なぜだろうか。また、現在の記述方法に対する不満の声は、まったく出なかったのだろうか。この点が非常に気になる。
 不満の声を集めたり、利用者に本音を聞く行為は、現在の仕事のやり方を改善する基礎である。どんな仕事でも改良の余地が絶対にあるので、改善点のヒントを探そうとする行為は、自分のレベルを高める大切な要素の1つといえる。良くない人材紹介シートが使われ続けているということは、人材紹介および人事の業界で、改良しようとした人が非常に少なかったと推測できる。その意味で、旧態依然とした業界の可能性が高い。
 もしかしたら、より多くの人に仕事先を与えようと、人材の能力差が出にくいように人材紹介シートを作ってあるのかも知れない。だとしたら、あまりにも仕事に対する意識レベルが低すぎる。どちらにしろ、業界の良い面は見えてこない。
 現状の人材紹介シートのレベルが低い以上、関係する人は自分で対処するしかない。求職者としては、ここで説明したような方法で、自分の能力や希望を記述してみよう。それを添付してもらえれば、相手企業に真意を伝えられる。無理矢理にでも添付させよう。
 もう片方の求人企業の側では、人材紹介シートの記述形式を、ここで説明した形に書き直させることができる。お金を払う側なので、強く言えば応じるはずだ。もし応じなかったら、別な人材紹介企業に切り替えればよい。
 ここで紹介した内容は、本来なら人材紹介企業の側が自分で改良すべき点である。それが無理そうなので、求職者と求人担当者の両方からプレッシャーを与えるしかない。こうした努力を続ければ、そのうち気付くだろう...と信じたい。

(2000年3月14日)


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