川村渇真の「知性の泉」

現実的に破綻した認定制度は早急に改善すべき


モデムの認定制度は非現実的なもの

 CD-ROMドライブの普及によって、CD-ROMを付ける雑誌が増えた。マック関連の雑誌には、アップル社の最新ソフトが入っている。その中の1つに、テレコムソフトウェアというのがある。マック本体のCPUまたはDSPを利用し、テレコムアダプタという外付け製品と組み合わせることで、モデムの処理を実現するソフトだ。このメリットは、ソフトの変更だけで新しいモデム規格に対応できる点。結果として、データ転送速度の向上もソフトの改良で実現できる。
 非常に先進的な機能であり、ユーザーにも喜ばれる。ところが、日本では大変に困った問題が発生する。日本のモデムは、電話回線に接続するため、接続して大丈夫かどうか試験して認定を得る必要がある。市販のモデムは、この認定番号を付けて販売されている。
 ソフトの変更で機能が向上できる機器の場合は、どうなるだろうか。ソフトのバージョンが上がるたびに、新しく認定を得なければならない。認定番号も変わり、機器に新しい番号のシールを貼る必要がある。バグの解消も含め、ソフトをバージョンアップしたら、余分なコストが生じてしまう。また、ソフトの配布時には、新しい認定番号が付いたシールも一緒に付けなければならない。結果として、このソフトを入れたCD-ROMには、新しいシールが必ず付いている。とんでもない制度が、日本では、まかり通っているのだ。

かなり前から認定制度は破綻していた

 ボーダーレス社会と言われ始めてから、かなり経った。国境のない社会とまでは行かないが、人の行き来はかなり増えている。日本でも、外国から多くの人がやってくる。その中には、モデム内蔵の携帯型パソコンを持っている人も増えている。ビジネスマンなら、とくにそうだ。
 ここでちょっと考えてほしい。電話回線に接続するモデムに対し、認定を求めるという制度は、妥当なのだろうか。外国人が日本に持ってきた携帯パソコンのモデムを用いる場合も、該当するのだろうか。もし外国人が持ち込んだモデムは例外とするなら、日本人だけ不当に差別されていることになる。余分な認定の手間を要求され、最終的には日本の消費者にツケが回る。日本人によって、日本人が損をするという、奇妙で納得できない状態である。
 逆に、外国人が持ち込んだモデムでも、認定が必要だとしよう。それは現実的だろうか。このことを世界に表明したら、アホじゃないかと世界中から笑われてしまう。それが分かっているから、積極的には表明しない。
 これらのことを考えると、認定が必要な制度には無理がある。国境を越えて人々が行き来する現状では、もはや現実的ではない。携帯できるパソコンが登場した時点で、破綻してしまったのだ。恐ろしいことに、破綻してからもう何年も経過している。本当なら、携帯型のパソコンが登場した時点で、制度の変更を検討し始めなければならない。また、そうするために、能力の高いメンバーを割り当てるべきだった。

欠点を改善しないことが、より大きな問題

 認定を求めるという制度は、作成した当初は妥当なものだっただろう。しかし、世の中が大きく変化し、現実に即していない矛盾したものになった。そのとき求められるのは、適した仕組みへと改良することである。電話回線に接続する機器の規格なら、世界共通の内容へと変えることが大切だ。また、認定の必要性をなくし、別な方法で守らせる必要がある。たとえば、制度を満たさない機器で故障した場合は、多額の賠償金を払わせるとかだ。世の中の人や物の流れに合った形に変える必要があり、日本だけの制度というのは通用しない。
 見通しを間違うこともあるだろう。しかし、その場合には、素早く改善することが大切だ。ところが現実を見ると、破綻した制度を改善する様子は一向にない。ソフトのバージョンアップでは、いまだに認定番号のシールは必要だし、なくなるという表明も聞こえてこない。破綻したら修正するのが、マトモな人間の行動だ。それが実行されないことこそ、より大きな問題といえる。改善されない現象は、閉鎖的で硬直したシステムが持つ特徴なので、そんな組織なのかもしれない。
 非現実的な破綻制度を運用し続けるのは、世の中にとってゼロではなくマイナスである。また、非常に恥ずかしいことでもある。改善しないことは、「我々は改善する能力がないアホの集まりです」と表明し続けていることに等しい。こんなことを続けていて、恥ずかしくないのだろうか。装置の機能を向上させるソフトのアップデートでは、これからもシールを添付し続けなければならない。先進的な技術や活動ほど損をするという日本の欠点は、まだまだ健在のようだ。

(1997年2月28日)


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