テュンデの息子、ワネバカ

昔バリ島に、テュンデという名の男がいました。結婚して10年経っても子どもがいなかったので、妻が妊娠したと聞いたときは、本当に喜びました。しかし数カ月すると、妻のお腹は以前と同じ大きさに戻ってしまったのです。そんなことが何回も続いたので、テュンデはシャーマンに相談したのですが、シャーマンにもどうすることもできませんでした。

ある日、妊娠しているテュンデの妻が川で洗濯をしていたとき、自分の体から川の中に何かが落ちたような気がしました。しかし彼女はそれでも気にせずに洗濯を続けたところ、お腹はまた元の大きさに戻っていました。

家に帰ってから夫にそのことを告げると、テュンデはこう言いました「たぶん神は私たちが子どもを持つことを望まないんだろう」。そしていつものように何もなかったように振る舞い、その後10年の間、妻が妊娠することはありませんでした。

10年後のこと、女たちが川で洗濯をしていると、誰かが歌を歌っているのが聞こえました。

洗濯している女たちよ、
わが父テュンデに伝えておくれ。
ワネバカは成長し、
割礼してもらいたがっていると。

しかし周りには誰の姿も見当たりません。女たちは怖くなって、テュンデにそのことを話しました。最初テュンデはそれを無視しましたが、再び同じことが起こったため、ついに本当に割礼を受ける子どもがいないまま、割礼の儀式だけ行うことにしました。

さらに15年経って、洗濯をしている女たちは、また誰かの歌声を耳にしました。今回は、彼女たちも恐れることはありませんでした。

洗濯している女たちよ、
わが父テュンデに伝えておくれ。
ワネバカは成長し、
お嫁さんをほしがっていると。

テュンデは姿の見えぬ息子のために金を払って花嫁を見つけだし、川にやってきて言いました。「おまえが誰だろうと、本当におれの息子なら、お前の結婚式の日にやってこい」。

そして結婚式の日。1匹のヘビがテュンデの家に向かってはってくるのを招待客の一人が見つけ、みんなはあわてふためいて逃げてしまいました。そのヘビはたいそう失望し、やぶの中に消えていきました。

数年後、また川から同じ歌が聞こえました。テュンデは同じように花嫁を見つけだし、今回は「もし逃げたら殺す」と脅したのです。

結婚式でまたヘビが現れ、テュンデとその妻も含め、みなあわてて逃げてしまいました。花嫁だけがその場に残り、ヘビに殺されることを覚悟したのです。しかし、ヘビはその尻尾で彼女のつまさきにさわっただけで、部屋の中に入っていきました。花嫁が後をついていってみると、ヘビはトゥアクという酒を飲み、酔っぱらって寝てしまいました。すると、ヘビの皮がするするとむけていったのです。花嫁はその皮を持って外で燃やし、灰を埋めました。そして部屋に戻ってみると、そこには人間の男の姿をしたハンサムな花婿が眠っていたのです。花嫁はこう言いました。「あなたはもう2度とヘビに戻ることはないわ。そして私はあなたの妻になるのよ」。

バリ島の妊婦の伝説
この話はたぶん、バリ島のトキゾプラズマという病気を基にしたものでしょう。病原菌のせいで、胎児が成長しなくなってしまうのです。この病は、猫や鳥などを介して感染するとされています。 BACK


割礼
割礼の習慣はイスラム教徒にありますが、バリはイスラムではなくヒンズーの影響が大きい島です。なぜここに割礼のエピソードがはさまれているのか、インドネシア人にはちょっとした謎です。BACK


トゥアク
インドネシアまたは東南アジアでよく飲まれているお酒です。発酵したヤシの実やココヤシから作ります。BACK



マリオ・ルスタン






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