雪印に巣くっていた
菌の正体

 

雪印に一体何があったというのだ。このまま最悪の道を辿ってしまうのか。雪印よ。

思えば、私自身、子供の頃から、雪印製品には、大いに世話になった。青いパックの牛乳はよく、がぶ飲みをしたものだし、アイスクリームやバター、チーズと、随分食べてきた。だから「雪印」と聞けば、「日本人の食生活の一部に深く食い込んだ優良企業」と言うイメージしか、思い当たらない。

それがこの7月初めに突如として、発生した黄色ブドウ球菌による食中毒事件によって、長い年月をかけて培われた雪印に対する信頼は、一瞬のうちに地に落ちてしまった。

それまでは、この長い不況にも関わらず業績も悪かった訳ではない。カルシウムを入れた「骨太」牛乳などのヒットもあり、消費者の信頼と支持は実に厚いものがあった。しかしこの名門企業のどこかに、目には見えないながら、社内のあちこちで、なれ合いや油断のような感覚が芽生えていたのだろうか・・・。

報道によれば、牛乳の製造ラインに黄色ブドウ球菌が発生したということだ。社内規定では、週一回のラインの取り外し洗浄が義務づけられていたようだが、実際のところ、この社内規定は、有名無実のものになっていたようだ。要するに守られていなかったのである。

また問題が発生した後の雪印側の対応も非常にまずかった。正確な実体を把握出来ずに曖昧なマスコミ応対に終始したため、虚偽の発表をすることとなり、社会的信頼をいっぺんに失ってしまった。挙げ句の果ては、問題発生した後に、回収した牛乳を別の加工製品の原材料にしようとしたことまでバレてしまった。

マスコミに「責任はどうするんですか」と問いつめられた社長は、しどろもどろとなり、「私も寝ていないんだ」と訳の分からない弁明をし、結局、まともな対応も出来ずに辞任した。

この時こそトップの仕事ではないか。もしもこの社長が、すぐに食中毒になった消費者の入院先に花を持って見舞いに現れ、とって返す刀で、マスコミに雪印の製造ラインの全面停止を発表し、全ラインの安全点検が済むまで、販売の自粛を宣言したら、このように最悪の結果を招くことはなかったはずだ。如何せん、この現社長は、一番デリケートな時期に、先頭に立って、企業を引っ張るどころか、社会的批判を浴びて、辞任し、現在は入院中とのことだ。これでは、雪印一筋に働いてきた社員や系列関係企業、酪農家はたまったものではない。いざという時に対応出来ない人間は、企業のトップに立つべきではなかった。

結論である。企業としての雪印のどこかに慢心があったことは明らかだ。見た目には、食中毒による社会的信頼の失墜が、大企業雪印を崩壊させようとしているように見えるが、実はそうではない。雪印という企業には、もっとひどい組織の硬直化という最悪の菌が巣くっていた。再度言おう。雪印は、黄色ブドウ球菌によって、急に駄目になった訳ではない。硬直した組織の慢心が、癌細胞のように組織の中枢深くに既に大きな病巣を形成していたはずだ。厳しいことを言うようだが、雪印首脳は、その病巣の何たるかを見落としていたことになる。

あの大好きだった青パックの雪印は、どこへ行ってしまうのか・・・。佐藤
 


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2000.7.11