運命の声を聞く法


嘘のようなホントの話である。

その時には、不幸に思える事が後になって考えると、何て運が良かったんだろうと胸を撫で下ろす時がある。それにしても人生には不思議なことが起こる。

今月バリ旅行を企画していた。それもあのテロ事件があった当日の朝(2002.10.13)にである。当初は12日(土)の出発も考えたが、土曜に準備をして日曜の朝の出発ということになった。ところが私の周囲に大事な用件が次々と舞い込んで、結局、この旅行を企画者の私自身が断念せざるを得なくなった。バリの神秘的なヒンドゥー文化に触れてみたい。そんなことで企画したバリの旅だったので、残念で仕方なかった。

しかし他の仲間たちは、楽しみにしていた。そんな旅立ちの朝(10月13日)、とんでもないことが起きた。早朝五時のNHKニュースを見ていた私は、信じられないような光景を目の当たりにした。バリで爆弾が炸裂して多数の死傷者が出ているではないか。目を擦って夢でも見ているのか、と思ったが現実だった。5時には30数人という報道だったものが、6時には死者が50人位とたちまち膨れあがっていった・・・。

旅立ち朝に、あろうことか、目的地のバリで爆弾テロが勃発するなんて、とても信じられないことだ。何しろバリといえば、安全には、これまで二重丸が付いているようなアジア屈指の平和の楽園だった。ついに戦争の影は、このような平和の島にも容赦なく差し掛けているということか、とただただ唖然とした。

バリに旅立つ仲間から電話が来た。時刻は、9時過ぎだった。
「みんな揃いました。バリに行って来ます」
即座に私はこう言った。
「ちょっと待って、バリの爆弾テロについて君は知っているのか?」
「何か、あったみたいですね」
「あった所じゃない。もう既に50人が亡くなっていると報道しているぞ」
「えっ・・・」電話の向こうで絶句した声がした。
「行けなくなったので、君たちの楽しみに水を注ぐつもりはない。でも行かない方が懸命だよ」
「もう既に、荷物は預けてしまいました」
「そんなのは、簡単だ。直ちに面倒でも旅行会社に事情を話してキャンセルすべきだ」
 

結局、寸での機転によって、他の者のバリ旅行も中止となった。その時はみんな複雑な心境だったはずだ。その決断は正しかった。人は運命を背負って生きている。常に運命は我々に働きかけている。それを素直な心で聞いていれば、運命の働きによって、我々はその運命の知らせる所を聞くことができるのだ。まず私の周囲が忙しくなってどうしても旅ができない状況になったことが、第一の「運命の声」というか、「気づかせ」だったのだ。

運命というものは実に不思議だ。楽しいはずの旅もお金も一瞬で消えたが、とても有り難い気がして、俄に神仏に感謝したい気持が沸いた。と同時につくづくと世界中もうどこにも安全な場所はないという気がして背筋が寒くなった。それにしてもなんというむごい仕打ちをするのだろう。亡くなられた180数柱の御霊に哀悼の祈りを捧げたい。佐藤
 

 


2002.10.18
 

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