流行り言葉で読む日本の世相(9)「カワイイ」


「カワイイ」は「恥の文化」?!




 1 「カワイイ」文化の誕生

日本の若い女性が、何か見ると、”○×のひとつ覚え”のように甘えきった声で「カワイイー」と、独特のイントネー ションで言うのを、首を傾げつつ「何でもカワイイという感性が分からない。これは日本人の精神の稚拙化か?それとも甘えの表現か?」などと苦々しく思って 随分になる。

彼女たちのこの言葉に込めたニュアンスを大雑把に列挙すれば、「小さい」、「好き」、「欲しい」、「買って」、「飼いたい」、「成りたい」などの意味を含 み、実利的な思惑が少し透けて見えて来そうな極めて都合のよい言葉だ。

ところが、昨今、ふと、気がついてみれば、「カワイイ」は時代のトレンドとなり、日本のマンガやアニメ文化などと合体し、さらに若者のファッション文化な どとも習合し、国際語「KAWAII」として、英語圏やフランス語圏でも使われるようになっているという。また経済成長著しい中国の上海などででも若い女 性たちが、盛んに「カワイイ」という言葉を、日本のマンガやアニメ、ファッション文化などと共に積極的に受け入れて、使うようになっているというから驚 く。日本の若い女性たちの流行語が広く世界に受け入れられたのだから、何かこの言葉には、呪文のような不思議なパワーがあるのかもしれない。

昔から、流行り言葉というものは、言語の権威のような組織や学者が取り決めて、その通りになるようなものではない。むしろ特定の人間集団や若者がごく内輪 で話していた言葉や隠語のようなものが、いつの間にか、ひとつの国の言葉として定着してしまうことがある。「カワイイ」も、独特のニュアンスを持つ「ギャ ル言葉」が、一般にも使用されるようになったものである。

周知のように「カワイイ」を、漢字表記すれば「可愛い」となる。意味は、「愛すべき価値のあるもの」ということだ。しかしかし実は、この「可愛い」という 表記は当て字で、形容詞「カワユイ」から転化したもので、意味としては、「愛すべきもの」という今日の「カワイイ」の一般的な意味よりは、「カワイソウ (可哀想)」の意味が強かった。

第一に「いたわしい。ふびんだ。 かわいそうだ。」
第二に「愛すべきである。深い愛情 を感じる」
第三に「小さくて美しい」(いずれ も広辞苑)

つまり、 「カワイイ」という言葉は、本来、対象物を見て、どこか「かわいそうだなあ」と、同情心を抱いた時に使用するような言葉だったのである。

新明解国語辞典(三省堂)では、「かわいい」は、「ほうっておけば悪い事態になるのをそのまま見過ごせいない、の意」の他に、「自分より弱い立場にある者 に対して保 護の手を伸べ、望ましい状態に持って行ってやりたい感じ」との解釈もある。これはある意味で「判官贔屓」の心情である。「カワイイ」には、判官贔屓に通じ る心情もどこかにあるということなる。

また、「カワイイ」は「可哀想」(かわいそう)という表記から「可哀」という表記の仕方もある。やはりこれは、「弱い立場や逆境に在る者に対して出来るな ら何とか救ってやりたいと思う様子」(新明解国語辞典)で判官贔屓の心情とイコールである。

「カワイイ」の古語は「かはゆし」である。これを漢字表記すれば、「顔を映す」と表記して「顔映(かはは)ゆし」となる。

第一の意味は「恥ずかしい。おも はゆい。」
第二の意味は「かわいそうだ。いたましい。」
第三の意味は「愛らしい。かわいらしい。」(全訳古語辞典 旺文社)である。

ここまで来ると、「かわいい」という意味に日本人が込めて来た微妙なニュアンスや気持が何となく伝わってくる。


 2 「カワイイ」と日本人の「恥の文化」

ところで、日本の文化を「恥の文化」とする考え方がある。これは戦後間もない昭和21年にアメリカの文化人類学者ルース・ベネディクト(1887− 1948)が発表した「菊と刀」(1946)という画期的な日本人論で取り上げられた日本人の思考様式である。この著は、日本人から見れば、日常何気なく 行っている行動が、アメリカの文化人類学者の視点から見ると、西洋の思考とはまるで違う道徳規範に支えられていることを見事に解き明かした名著であった。

ベネディクトは、西洋の「罪の文化」に対し、日本を「恥の文化」と見る。西洋における「罪」の意識は、キリスト教の「原罪」のことであり、罪を犯した時に は、神が見ていて隠しようがない絶対的な規範となる。一方、日本人には、周囲の人々から受ける嘲笑や非難に対する「恥」の心情というものが行動の規範とし て存在するのではと考えた。要するに日本人にとって「恥」の対象は、西洋の「罪」の意識のように絶対的なものではなく、常に他者を意識した相対的なものな のである。

ベネディクトの説によれば、日本人が、第二次大戦において、行動のミスを犯し、敗戦を迎えたことの原因を、この日本人の思考パターンにあるとの見方も可能 となる。しかし全体主義時代の意識の分析は、西洋型知性の典型とも言えるドイツの大哲学者ハイデガーのナチズムへの傾倒ということもあり、自分自身を相対 化できない日本人の「恥の文化」のみに罪をなすりつけることはできない。

それでも、確かに、ベネディクトの主張である「日本人が恥の文化を持っている」という考え方は一理ある。日本人は、何か失敗をしでかして、その「行為自 体」を恥じるというよりは、どこでも、いつでも「恥」を感じてしまう国民性がある。そして、すぐに日本人の口をついて出るのが「スミマセン」という言葉で ある。

ある時、外国人から、日本人は、いつも「スミマセン」というけど、何で謝る必要もない時でも、「スミマセン」と言うの?と聞かれたことがある。

これは、間違いなく恥の文化から来ていて、取りあえず「スミマセン」を言っていれば日本人は安心しているところがあるのだ。このような日本人の恥の文化 は、単に武士道の死生観から来る男性原理的な「恥」ばかりではない。「恥」の文化の中には、「恥じらい」という言葉があるように、女性原理にその由来を見 いだせるものもある。

例えば紫式部が書いた世界最古の長編小説「源氏物語」にも、数多く「恥」の字が散見され、「いたう恥じらひて口おほひ給へるさへ」(末摘花)と、女 性が頬を赤く染めて自分の口を押さえて恥じらいの表情を見せている箇所がある。

古来より、日本女性は、このような恥じらいの表情を浮かべていたのである。現代の西洋化して、大きく白い歯を見せて笑うような傾向は、戦後の数十年で、定 着化した西洋型の新しい文化に他ならない。


 3 進化する「カワイイ」文化

最近の若い女性が、何も考えずに何となく「カワイイー」と言っているようであるが、実は結構、細かなルールがあるようだ。例えば「カワイイ」は、食べるも のには絶対に言わない。これは徹底している。つまり「カワイイ」には暗黙の使用ルールがあるのである。

具体的に考えてみると、「カワイイ」とは、若い女性が、観察の対象を見た時に、「(アクセサリーや洋服などの)自分を飾るもの」、「(家具や小物などの) 自分の周囲に置きたいもの」、「(犬や猫などのペットなどの)飼いたい生き物」などを、発見した時に、主に使用することが一般的なようだ。

また自分の好きなタレントにも、「カワイイ」を使う時がある。また彼女たちは、「カワイイ」をさらにニュアンスを付加して、「ブスカワイイ(ブサイクだけ とカワイイ人)」、「キモカワイイ(キモイけれどカワイイ)」、「キレカワイイ(綺麗な人だけどカワイイ)」などと使用することもあるようだ。

さて、この言葉を若い女性たちが使用する時の彼女たちの無意識がどのようになっているのだろう。少なくても、表面の意識では、「カワイイ」は、即時的に 「これが欲しい」ということになる。少女の頃に両親におねだりする時、少し成長して彼氏に甘える時、「カワイイ」のイントネーションは、「カァイーイ」と なったり、「カアイイ」となったり、さまざまに変化する。

時には、若い彼女たちは、「カワイイ」という対象物に同世代のアイドルやアニメの主人公を選ぶ場合がある。この時、そのアイドルに自分を同化させるような 自己愛的な意識も潜在していることも考えられる。

 4 結論 「カワイイ」は超魔術?!

以上、若い女性自身が、声まで変えて「カワイイ」を言う時、遠回しに、自分をその対象物に同化させ、婉曲に自分を「カワイイ」と自己アピールしていること が考えられる。つまり「カワイイ」は、言葉による若い女性たちの自己修辞(セルフ・レトリック)という側面がある。また「カワイイ」には、これまでの手品 (マジック)のワクを越えた「超魔術(イリュージョン・マジック」のような斬新なイメージがある。

最近、若い白人女性がテレビに出て、はじめて覚えた日本語が、この「カワイイ」だったと答えていたが、彼女は、「カワイイ」という言葉を覚えることで、ど んなにメリットがあるか、女性の第六感で知っているとも言えるのではなかろうか。

かつて日本人の女性は、西洋人の女性のように、自分から「あなたが好き」とはなかなか言えない恥ずかしがり屋のところがあった。そこからの推測であるが、 もしかすると、「カワイイ」は、当初「あなたが好き」と言えない日本の若い女性が、手短にあるモノを対象に「カワイイ」として表現して、婉曲に恋を表現し たり、少女たちが欲しいもの両親におねだりする時に、「カワイイ」と手に取ったことから、始まった幼児回帰の言葉だった可能性もある。

古語としての「カワイイ」は、「恥じらい」や「面はゆい」という本来の意味があった。しかしそれがいつの間にか、変化して、昨今の若い日本女性は、ペット でも洋服でも、アクセサリでも、気に入ったものを、臆面もなく「カワイイ」と表現し、その「カワイイ」ものを自分のものしてしまう術(イリュージョン・マ ジック)を手に入れたのである。

考えてみると、世界のトレンドとなりつつある少女マンガやアニメの主人公の円らな瞳や慎みと恥じらいを湛えた「かわいらしさ」は、英語の「キュート」や 「プリティ」では表現しきれない日本独特の美の感性が宿っているのである

日本の若い女性たちが、何気なく流行語にしてしまった「カワイイ」という言葉は、今や世界の若い女性たちの間で、新しいトレンドを形成しつつある。一見、 曖昧な響きを持つ「カワイイ」という軽薄に聞こえがちな言葉が、実は日本人の精神文化の「恥の文化」と深いところで結び付いているのではないかという認識 に至ったことは、私にとって本当に新鮮な驚きだったのである。



2007.6.27 佐藤弘弥

義経伝説
思いつきエッセイ