小笹のさより

さよりの旬は?

 
晩秋の週末、小笹向かう。寒さが妙に心地よい。
満月に近き月など横目に見ながら、のれんをくぐる。

 ”此の路を行けば小笹や月星夜”

「いらっしゃい」の声。
既にカウンターは満杯、ひとまず手前のテーブルに着く。
えびすビールで唇を湿らすと、
おやじさんが「さとさん、魚は何になさる」と声を掛けてくれる。
「えーコハダを海苔で巻いて貰えますか」
「…あいよ」

暫くして、こはだを巻いて小さな海苔のせんべいのようにした小鰭巻きが届く。
一切れを口へ運ぶ。酢の加減と海苔の香りが、口一杯に拡がる感じがした。
美味い。実に美味い。
そこでビールはそこそこに、「人肌お願いします」と、酒を注文する。
「はいさとさんオサケだよ」とおやじさん。

実は昔、酒を頼むときに「人肌」というのは少々抵抗があった。少し色っぽ過ぎる気がしてどうも照れて口に出来ない。そこで「ぬる燗お願いします」などとやって、おやじさんにこっぴどく云われたことがある。おやじさん曰く、「さとさんね、ぬるっていうのは、どうも粋さがなくていけない。関西の方じゃ、そう言うらしいが、やはり江戸前では、人肌って云った方がいいね」

酒が運ばれて来るまでの間、ポケットよりレジペーパーを見つけて歌を書き付けた。

 ”人肌で小肌を海苔でちょいと巻いて小笹の寿司を粋で一息”

少しして、銚子が届く。お猪口に八分目の酒を注いで、何をさておきぐいっとやる。小鰭を口に、また一杯。いつの間にか、皿の上の小鰭は消えて、

「おやじさん蒸しアワビあります」と言う。すると「今日は売り切れだよ」と応える。
何気に、奧のネタ札に目をやれば、確かに蒸しアワビの札は消えている。
でもあるではないか、最近目にしなかった好物のさよりの札が。

さよりは細魚、針魚、水針魚、竹魚などと表記する体長15cmから20cmの青みがかった細長い魚である。風味は淡泊で、吸い物や干し物にもする。この新鮮なものを江戸前の寿司では、酒の肴として、また握りで食する。

「おやじさん、今日はさよりがあるんですね」
「ありますよ」
「いや嬉しいね。久々ですよね。後でいただきますよ」
「あいよ」
その隙に、食べ終わったお客さんが一人去り、二人去り、カウンターが空いた。
「はい、さとさんこっち」と促されるまま、おやじさんの前に。

「おやじさん、小肌が美味かったんで、歌詠みましたよ」
「へー、そうかい、紙とペンもっといで」と、お嬢さんのナオミさんを呼ぶ。
それに先の歌を書き付けると、おやじさんに渡す。
「ほーこりゃー三味線居るね」と、おやじさんは一言云うと煙草をくゆらせていた。

目の前にさよりが銀色に輝いている。どうにも食欲をそそられて、
「おやじさん、さより貰っていいですか」
「あいよ」

おやじさんの手が伸びて、宝石のように透き通るさよりの切り身が目の前に。
すぐに一切れを口に入れる。思わず唸った。
「おやじさん、やっぱり美味い。流石は吉永サヨリだね」などと冗談を言う。
「そうかい」と、おやじさんは、にやりとする。

「やっぱり旬ってことですかね」と言った。さよりの旬は、俳句の季語では三春(年が明けて、二月三月頃)とあるが、物の本によれば、三春と今時の秋の暮れにかけての年二回あるようだ。

久々に口に入れたさよりは、抜群の旨さだった。残していた一切れをおやじさんに頼んで、しゃりを付けて貰った。これまた言葉にならない程のさっぱりとした味。まさにこれぞ江戸前。

是非今時のさよりを食べることをお奨めしたい。
もちろん鮨処は、鬼の岡田が握る小笹寿司。佐藤
 
 
 


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2000.11.12