この拙き台本を源義経公の御霊と菅原次男氏に捧げます
仮面劇 義経伝説
七月二四日 前夜祭初演 最終稿。
序幕 | 第一幕 奥州の星 | 第二幕 運命の変転 | 第三幕 死の舞踏 | 第四幕 滅び | 終幕 復活 |
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登場人物
源義経
武蔵坊弁慶
佐藤継信
藤原秀衡
義経の霊(腰越状朗読の際の死の舞踏を舞う)
鎧兜姿の義経(復活した義経)
金売吉次(口上)
天使(二名)
雑兵(二〇名)
椿の方(義経公奥方)
鎌倉方の兵(5人)
黒装束の男たち(平氏10人)
太夫黒(義経愛馬)
序幕
場所 特に指定特になし。
太鼓の音。
しばらくしてテンポが速くなり。
笛が入る。
だんだん佳境に入り。
絶頂になり、突然すべての音が消える。
花火があがる。
(口上を語る道化の男現れる。実はこの男は、金売吉次である。どこか、人なつっこく、動きが軽い。仮面を付けている)
第一幕 奥州の星
場所 奥州平泉 柳の御所
吉次: さて栗駒の里の皆々様。本日はうれしくも、めでたくもある日にて候。さる6月13日、源義経公の御霊は、相州藤沢の宿、白旗神社にて、祓い清め、合体され、里人菅原次男の背に担がれ、はるばると500キロの旅を終え、本日無事奥州栗駒沼倉の地までたどり着かれたのでございます。思えば義経公没して、早810年の歳月が流れ、その間様々なる伝説伝承が生まれました。ある者は、義経公、蝦夷地を越えて、大陸に渡ったと語り、またある者は、蝦夷の地でひっそりと生きたと言う。これはみな義経公を愛すればこその言動…。
(涙しながら)いやいや今日は涙はいりませぬ。笑顔で語りましょう。おうそうそう私めの挨拶が忘れておりました。私はなにを隠そう金成東館(とうだて)の出、藤原吉次高次と申す者。人呼んで金売の吉次と申します。父の名は、藤原藤太泰次(ふじわらのとうたやすつぐ)、皆様には炭焼き藤太の呼び名の方がご存じかもしれません。私は元々、奥州平泉の御館(みたち)藤原秀衡公仕えし者でして、その秀衡様より、京にも屋敷を給わり、時には商人のように金を商いながら、平泉と京を往復する毎日送っておりました。
そんなおり、御館より大変なお役目を仰せつかったいたのでございます。それはなんと「源義朝公の忘れがたみの牛若さまを奥州にご案内しろ」とのご命令でございました。(思い出しながら)あれは…たしか夏の暑い盛りでした。
(ここで白い装束に身を包んだ少年義経が現れて踊る。吉次も合わせて舞う=これは奥州に義経公を連れていくイメージの舞である)
初めてお会いした時の義経公いや牛若様は、ひときわ明るい太陽のようなお方だった。天真爛漫で、物にこだわらぬ陽気さあり、一目でこのお方は、天から何かをなす為に使わされたお方とお見受けした。またご様子に品が伺え、第一、美しかった。さすがは天下一の美女常盤御前さまのお産みになったお方。
(急に怖い顔になって)
しかし義経公の心の中には、、魔物が住んでいるように見受けられた。もちろんそれは平氏に対する復讐心でした。義経公の前で、一度、平家のことを口にしようものなら、たちまち仁王のような風貌になられ、瞳の奥が、怒りの炎で赤く光るのが、分かるほどでした。特に清盛公に対する憎しみは普通ではなかったのです。たたそれは無理からぬこと。父君を殺された上に、最愛の母君まで、奪われたのですから…。秀衡公は、そんな義経公を涙をお流しになって、迎えられた。
(秀衡、悠然と現れ、頭を下げて述べる)
秀衡:これはこれは、初めて、お顔を拝見し、恐悦至極に存じ上げまする。わが奥州があるのも、これひとえに曾祖父源義家公があってのこと。その恩義、奥州の御舘として、百年の今日もけっして忘れるものではございません。大恩人義家公の血を頂く御若君が、こうして奥州の地に参られたのも、これまさに神仏のお引き合わせ。秀衡今もって、わが目を疑うばかりでございます。
奥州を束ねる者としてこれ以上の幸せはございません。どうか若君、この奥州に来たからには、ここをわが家と思い、ごゆるりとなさってくださいませ。また何なりと御命じいただければ、すぐに叶えて差し上げましょうほどに。(深々と義経に頭を下げる秀衡)
義経:ありがたきかな。秀衡殿、この義経若輩にはあれど、武士として男(おのこ)として、胸の内に密かに誓いしことこれあり、この思い果たさんまでは、この命、天に預けて、一歩も引かぬ覚悟、そのこと、秀衡殿には、まず申し上げておきまする。
秀衡:分かっております。あなた様の目を一目見て、すぐに分かりましたぞ。存分になさりませ。この秀衡、わが命に代えましても、その願いが成就することを支援いたしまする。
義経:いやありがたきかな。秀衡殿に御味方頂けば、天にお味方いただくようなもの。必ずや、この手で、平氏を倒し、父の存念を晴らしたく思いまする…。そのことのみで、義経、これまで生きて参りました…。そこでじゃが、秀衡殿に、お願いしたきこと、ひとつあり。
秀衡:何なりと、仰せつけれませ。
義経:馬を所望したい。
秀衡:馬?(あきれたように)この秀衡、若君に金百貫目と言われるかと、ひやひやしておりましたのに、それが馬一頭とは…、お安いご用。馬百頭に、家臣千人でもお付け致しましょう程に。
義経:いや馬一頭でよい。
秀衡:何と欲のないお方かな。それでは、奥州一の駿馬をお付けいたしましょう。
義経:(急に子供のように)ほう、それは楽しみじゃ、どんな馬かな、秀衡殿。
秀衡:名は太夫黒と申して、漆黒の闇のように黒く光る馬でございます。以前この馬を所望せんと、はるばる京の都の商人が、一国を買えるほどの大金を持って参りましたが、秀衡断ってくれました。
義経:一国を持っても買えぬ毛並みとは黒真珠(くろしんじゅ)のようなものかな。
秀衡:どんな宝石でも、あの馬の毛並のよさに敵(かな)うものはありません。
義経:足は早いのか?
秀衡:おそらく、ここから白河の関まで、丸一日で駆け抜けましょうほどに。
義経:それはすごい。みたい。はやくみたい。
秀衡:誰か、太夫黒をここへ。
(黒い馬が現れる。人間が後ろ前に入っていて、どこか滑稽である)
義経:ほうこれが、天下一の黒駒か!?
秀衡:太夫黒でございます。
義経:もう一つ頼まれてくれぬか。
秀衡:何なりと。
義経:騎馬戦にたけた軍師をつけてはくれぬか
秀衡:ほう、なるほど、若君のお心が読めましたぞ。では沼倉五郎をお付けいたしましょう。
義経:沼倉五郎?聞かぬ名だが、沼倉五郎とは、いかなる人物か。
秀衡:奥州の騎馬戦法を受け継ぐ、ただ一人の者でございまする。古くは300年程も前のこと、奥州には、アテルイ公と申す王がおりました。この王、かの征夷大将軍坂上田村麻呂公と激しい攻防の末、奥州は惜しくも朝廷の配下となりもうしたが、強大な坂上軍を迎え撃ちながらも、容易に奥州が屈服しなかったのは、かのアテルイ公の騎馬戦法があったればこそ、その戦法を義経公に御伝授いたしましょうほどに。
(場面暗転 突然戦の怒号が聞こえ、それが次第に大きくなる)
第二幕 運命の変転
一ノ谷の合戦
義経:よし、皆の者、これからこの坂を一気に下り、敵の不意を打つ。これは奇計なり、されど吾に勝算あり、恐れるな、必ず勝つ。吾に続け。南無八幡大菩薩。
義経と馬を囲み、4、5人の兵に扮した舞いが始まる(神楽)。そこに黒装束の男たちが乱入し、たちまちのうちに粉砕され、黒装束の男たちの首が飛ぶ。
義経:一の谷は落ちた。次は屋島じゃ。
(その間も、舞は続く)
屋島の合戦
(突然、鬼面をかぶった屈強の男が舞台下手に現れ、弓を引く、踊っている義経一行めがけて矢が飛ぶ。男は勝ち誇ったように、矢先をじっと憎々しげに凝視する。矢は、黒子により運ばれてゆっくりと飛翔する。矢は、真っ直ぐら、義経の心臓めがけて飛んでいく。義経に当たる寸前で、踊り手の一人が、その前に立ちふさがる。当たった瞬間に、けたたましく拍子木がなり、舞いも音も止まる)
義経:継信しっかりしろ。継信、これしきの傷で参るお主ではあるまい。
継信:(苦しそうに)いやこれしきの傷、といいたいところなれど、急所に入ってしまいました。もう少し身をよじって、矢を受ければ、よかったのですが、継信不覚をとりました…。
義経:何を弱気な、継信弱気は、損気ぞ。
継信:継信も武士。死に場は、自分で捜すものと習って参りました。(涙になって)ただ残念なのは、殿が平氏を討ち滅ぼして、天下一の武将と成られるお姿を拝見出来ぬこと。
義経:しっかりせい、わしのためにこうして倒れたおぬしを見殺しに、のほほんと生きていられようか。第一おぬしの父元治殿になんと詫びよう。おお、それから、おぬしの母君、奥方、子供たち、この義経おぬしに死なれては困るのじゃ、
継信:何をおっしゃいまする。殿、殿は天下の大将。戦の前に主従で誓ったあの誓いを、もはやお忘れか?
義経:…忘れてはおらぬ。
継信:「平氏を破り、本懐を遂げるまでは、鬼神になる」と八幡大菩薩にお誓いしたあの言葉を!!
義経:継信、分かっておる。分かっておる。もう言うな。言えば傷にさわろうほどに。(義経、継信を抱きしめる)
継信:いや殿、今日という今日は、申しまするぞ、今日しか言えないのですから…。
義経:分かった聞くから、もう少し静かに申せ。
継信:殿は情に脆うございますぞ。こうして継信ごときが、倒れたからとて、わっぱのように動揺されては、従う者の志気に差し支えまするぞ。先はまだまだ長うございますれば、もっと心強うお振る舞いなされませ。そんなことで、憎き平氏が倒せましょうや。
さてもう一つおなごのことでも意見いたしますぞ。もう少しおなごには防備なさいませ。「義経様」などとひばりのような甘い声でささやかれて、いちいちお相手していては、身が持ちませぬぞ。もう少し自嘲が肝心。たとえおなごだとて簡単に心を明かしてはなりませぬぞ。味方の振りをして、実は敵ということもありまする故…。
義経:継信。しっかり聞いた。聞いたぞ継信。一族の皆様に言い残すことはないか?
継信:殿、ありがたきことなれど、奥州を出るときから、殿お一人にお預けしたこの命。どこでどのように死のうとも、何の思い残すことなどありましょうや。殿ために死してこそ、男の本懐というもの。
義経:でも母君や奥方や息子殿もおろうに。
継信:すでに十分別れは尽くしてまいりました。殿、わが家族を侮っては困りまするぞ…。(と言いながら目をつむる)
義経:継信、。生きてくれ、継信、兄とも慕うお前に死なれては、奥州に帰れぬ。生きて奥州にまた帰ろうぞ。(絶唱)
継信:殿、さらばです。御身をどうか大切に励みなされ、そして本懐を遂げてくださりませ。この継信、殿という主に仕えることができて幸せでございました。(事切れる)
義経:だれか、僧侶を僧侶を連れて参れ。継信を弔ってくれ。教を読み、立派な塚を作ってくれ。その褒美は、この天下一の馬、太夫黒じゃ。わしの友を勇者にふさわしく弔ってくれ(絶唱)
場所 義経の心の内
(道化の吉次現れる)
さて、義経公は最愛の家臣を失い。一時、心重き日々を過ごされていたが、そこは戦については鬼神でも乗り移ったかのような才を備えたお方、たちまちのうちに、平氏を四国の壇ノ浦に滅ぼされてしまわれた。源平合戦の源氏方の勝利の第一の功は、誰が見ても、義経公の戦上手にあるは明らか…。
…それがあのようにまさか忌まわしきことになろうとは…。
煙幕が焚かれる
黒子が舞台中央に義経公の首を象徴する兜を据える。
静寂の闇の中からほら貝の音が聞こえてくる。
腰越状の朗読が始まる。
音楽が流れる(マイルス・デイヴィスの「In a silent way」から「In a silent way」)(4分13秒)。
白装束の人物(死に装束の義経あるいは義経の霊)が卵のように丸くなっていて、やがて舞い始める。
(静かな低い声で)源義経おそれながらもうしあげます。
このたび名誉にも兄君の代官に撰ばれ、怨敵平家を討ち滅ぼし、父の汚名を晴らしました。そこでこの義経、褒美をいただけるとばかり思っておりましたのに、あらぬ男の讒言(ざんげん))により、未だ慰労の言葉すら頂いてはおりません。 義経は、手柄こそたてましたが、お叱りをうけるいわれはございません。悔しさで、涙に血がにじむ思いでございます。 兄君、どうか私の言い分に耳をおかしください。梶原の讒言のどこに正義がございましょうや。このように鎌倉の目と鼻の先にいながら、お目通りも叶わず、この腰越で、数日を悔し涙で、暮らしております。 兄君、慈悲深きお顔をお見せください。兄弟として生まれ、これでは何の意味もございません。 それとも義経は、胸の内を語ることも許されず、また憐れんでもいただけぬのでしょうか。この義経、生み落とされると間もなく、父君は討たれ、母君の手に抱かれて、大和の山野をさまよい、安らかに過ごした日は一日もございませんでした。 当時、京の都は戦乱が続き、身の危険もありましたので、さまざまな里を流れ歩き、里の人の世話になり、何とか生きながらえて参ったのです。 その時、思いもかけず、兄君が旗揚げをなさったという、心ときめくおうわさを聞き、矢も盾もたまらず、はせ参じた義経でございました。 またありがたくも宿敵平家を征伐せよとのご命令をいただき、その手始めに、木曾義仲を倒し、あらゆる困難に堪え、次には平家を討ち果たし、亡き父の御霊をお鎮めました。それもこれも兄君に歓んでいただきたき一心で励んで参ったのです。義経には、それ以外のいかなる望もございませんでした。 さむらいとして最上の官位である五位の尉(ごいのじょう)に任命を受け入れたのも、ひとえに兄君と源家の名誉を考えてのこと…。にもかかわらず、このようにきついお仕置きを受けるとは…。 この義経の気持ちを、これ以上どのようにお伝えしたなら、分かっていただけるのでしょう。何度も神仏に誓って偽りを申しませんと、起請文を差し上げましたが、お許しのご返事を、いまだいただいてはおりません。 兄君、義経は、ただただ静かな気持ちを得ることだけが望みです。もはやこれ以上愚痴めいたことを言うのはよしましょう。どうか賢明なる御判断を。 源九郎義経 |
腰越状を読み進に従い、
踊りも音楽も激しくなる。
朗読が終わった瞬間。
義経は死んだように床に伏して動かなくなる。
吉次:なぜあれほどまでに、兄頼朝公は、弟君を遠ざけられるのか。いかに梶原景時の腹黒い讒言(ざんげん)があろうとも、血を分けた兄弟ではないか。このようにして義経公の運命は変わった。追われる者となり、奥州に逃亡したものの、父とも思っていた秀衡公が突然他界され、そしてあの日が来た…。
第四幕 滅び
衣川の舘(高舘)
(寝所で寝入っている義経と奥方と幼子)
急に弁慶の大声が聞こえてくる。
弁慶:殿、ついに泰衡が来ました。攻め手は、ざっと五百騎ばかりの様子。
(義経ら三人すぐに起きあがり、支度を整える)
義経:おお武蔵坊、来るときが来たということだな。存分に戦い。共に桜のごとき最後を遂げようではないか。
弁慶:分かり申した。奥方様と姫様はどうなさいますか。裏門よりお出になれば、今なら逃げられますぞ。
義経:(奥方に向かって)椿、これまで何度も言ってきたが、生きてはくれぬかこの義経の変わりに生きてはくれぬか。この幼い姫のためにも。さあはやく、基成殿の館へ急げ!
椿:殿、薄情なことはおっしゃいますな。椿は貴方様の妻でございます。河越家より、嫁いでこの方、殿だけを頼りに生きて参りました。兄君頼朝様より、思わぬ誤解を受け、このようなことになりましたが、これも前世からの決まり事。何の躊躇がありましょうや。殿と都を落ちのびた時から、命はないものと、覚悟して参りました。ここから又逃げるなどもってのほか、殿の妻として、今日ここで立派な最後を遂げさせてくださいませ。
義経:わが妻、愛しき姫、そなたらには、何もしてやれなかった。こんなわしのために苦労をかけた。許せ。あの世にて、再び会おうぞ。(と言いながら、震える手で、小刀を抜くが、手が思うようにならない)
椿:殿。さあひと思いに、さあ、殿。殿の足手纏いなっては、女の恥。さあ一時もはやく、この椿のことを楽にしてくださいませ。(そう言いながら幼子を抱き、義経に正対し、目をつむる)
義経:…分かっておる。あの世で会おう。(一瞬の逡巡の後さっと椿を刺す)
椿:存分な御最後を…。(事切れる。義経はその妻と幼子の遺体を丁寧に横たえる)
弁慶:(そばにより、数珠を持って経を唱える)
義経:(気を取り直して)さあ、武蔵坊、500騎たらずの敵では物足りないが、戦というものの本意を、見せてやろうぞ。後世に義経が、くだらぬ死に方をしたなどと、思われてはたまらぬからな。
弁慶:もちろんでございますとも。殿。この武蔵坊、どこまでも殿にお供つかまつる。
(泰衡の雑兵ども、ざっと黒ずくめの装束で15人ばかり、二人を取り囲み、二拍子の足を踏みならすリズムで踊り出す。どことなく規則的な動きで、滑稽味があるように)
義経:やい、さては泰衡殿の雑兵ども。この義経を召し取りに来たのか。よう来た。よう来た。しかしお主ら、腰が引けているぞ。そんなことで、義経の首が取れると思うのか。まずはお主らを血祭りに上げて、次の雑兵どもを待つとするか。(と、大げさに刀をぬく)
雑兵:(思わず、雑兵全員腰を抜かしてジリジリと後退する)
弁慶:おい腰抜けども。お前らのような、虫どもに戦の神と言われた義経様が切れると思うか?さあ仲間を集めて出直して来あがれ。(と、長刀(なぎなた)を頭上に大きく振り上げると、)
雑兵:ぎゃーと大声を合わせて、蜘蛛の子を散らすように、四方八方に入り乱れて、逃げまどう)
義経:(大笑いしながら)だから言わんことではない。お前らごときに簡単に首を取らせる義経ではないわ。
雑兵:(一列に並び、ムカデのような格好になり、左右に大きく揺れながら、逃亡する)
弁慶:ムカデのような奴らめ。
義経:いやムカデというより、ミミズだなだな。
弁慶:(軽く息を切らして)殿一休みしましょう。今度は少し骨のある奴らが、来そうな気配ですからね。
(ヒューというかぶら矢の音が、立て続けに聞こえる。黒子に運ばれたその矢が、弁慶の身体中に刺さる。弁慶まるでハリネズミのようになる)
弁慶:殿やられましたな。殿、どうですハリネズミのようにみえまするか。
義経:武蔵坊、武蔵坊、このような時に、戯れを言っている場合ではないぞ。
弁慶:まあ、死ぬ時、というものは、こんなもの、でも武蔵坊、ただでは死にませぬぞ。あのムカデどもを散々蹴散らし、後の世に、弁慶かくのごとく死せり、と言われるように暴れ回りまするぞ。(と、腹の底からこみ上げるように笑う)
義経:武蔵坊、鬼神が乗り移ったな。今までのお前とは、まるで違うお前がそこにいる。今のお前を見ていると、なんだか、わしもそばにいるのが怖くなる。。
弁慶:何を仰せられるか殿。鬼神は、殿ではございませぬか。あの平氏を滅ぼした夜の薄ら笑いを見た時、この武蔵坊も背筋が寒くなりましたぞ。(と、大笑いする)
義経:お互い様ということか。
(そこへ先の雑兵どもが、数を倍に増やして、相変わらず、ムカデのように踊りながら、入ってくる。)
弁慶:来たなムカデども、このハリネズミが、お前らを一人残らず平らげてくれるわ。(と言いながら、雑兵の前に立ちはだかる)
雑兵:(声を合わせて)やい、弁慶、もう逃げられぬぞ、そなたに恨みはないけれど、主君泰衡様の言いつけは絶対じゃ。ああ絶対じゃ。絶対じゃ。
弁慶:情けないムカデらめ。声を合わせて来るのが、いかにも気色が悪い。一人では出来ぬのか。一人では。
雑兵:一人でするより、みんながよい。みんなでするから、怖くない。
弁慶:何を訳の分からぬことを抜かしてあがる。(と、長刀を差し上げるが、さすがの弁慶に、余力は残っていない様子で、長刀を降ろしてしまう)
雑兵:あがくな弁慶。いよいよお前も最後じゃ。(恐る恐る弁慶に近づくが、又逃げる。又近づき、又逃げる。弁慶は仁王立ちしたまま。しかし容易に近づけない)
(遠くから、泰衡軍の声が聞こえる)
遠くからの声:鈴木三郎討ち取ったり
亀井六郎討ち取ったり
増尾十郎討ち取ったり
備前平四郎討ち取ったり
鷲尾三郎討ち取ったり
片岡八郎討ち取ったり
伊勢三郎討ち取ったり
弁慶:(その声を聞きながら、かっと目を見開いて)殿。みんな冥途に参りましたな。我らも殿我らもそろそろ参りましょうか。まずは殿、さあ、奥に。奥で御腹を召されよ。ここは武蔵坊が死守しまう故…。
(雑兵、義経のそばに近づこうとするが、弁慶に威嚇されて、すごすごと戻る)
義経:あい分かった。武蔵坊。(と雑兵を見据えながら)良いか雑魚ども。武士の死に様というものをよく見ておけ。(その場に、どっと座り身を整えて、一気に突き立てて横に引きながら、)武蔵坊、聞こえるか、武蔵坊、
(唖然として、見ている雑兵)
弁慶:聞こえ増すとも、殿。楽しゅうございましたぞ。すべてこれは殿のお陰でござります…。
義経:おう、武蔵坊…わしも実に面白い。生涯だったと感じておる。よいか、雑兵ども、よくこの義経の最後を見ておけ。よく死ぬことは、よく生きること!(どっと倒れる義経)
(側に近づこうと雑兵が、右に左に舞いながらハエのように漂う)
弁慶:このハエ目が…(と、言いつつ、義経に礼をして、その場にどっとばかりに倒れる)(ふたつの遺体にハエのように群がる雑兵ども)
終幕 復活
場所 特に指定なし
煙幕が焚かれ、その場が見えなくなる。
黒子が再び、舞台中央に義経公の首を象徴する兜を据える。
しばらくモーツアルトピアノ協奏曲第21番第二楽章(8分弱)が流れる。
ピアノに合わせ、白いもやの中から、羽を生やした天使風二人登場。ゆったりと舞う。
やがて音が消え、
ふいに馬の嘶(いなな)きが聞こえてくる。
強烈な太鼓が聞こえてくる。
更に煙幕が焚かれ、その中から、
馬に乗った武者(復活した義経)が現れる
義経の声:源義経見参。源義経見参。
花火が上がる。終/ 佐藤
last update 1999/7/8