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シュートストーリー
桜の乙女


 


 
今年の桜は、何故か、かわいそうだ。

咲くまでは、春の眩しい光が桜たちの気を急かすように降り注いだ。彼女たちは蕾を膨らませ、やがて史上最も早い開花となった。ところが花開くや否や、天候は掌を返したように一変した。若い花びらを弄ぶように、黄砂が吹き荒れ、冷たい雨が彼女達の青春を台無しにした。

そんなことを考えながら、桜が道端に連なる歩道を延々と歩いた。雨に混じって雪のように桜吹雪が舞っていて悲しい。公園のベンチには、媼(おうな)が二人、ものも言わずに傘を差して、ベンチにちょこんと座っている。それを見て、私は雷に打たれたようになって、背中がぞくっとした。母と同じ位の年代だろうか。ふと母のことが思われた。若き日の母のことだ。歩道に雪のように降り積もった花びらを見るにつけ、何か異次元に誘い込まれるような思いがして、こんなな白昼夢を見た・・・。

もんぺを履いたうら若い乙女が、満開の桜の下で、佇んでいる。
昼なのに空は夕暮れのように暗い。じっと誰かを待っているのだろう。
その時、閃光が走ったかと思うと雷が鳴った。
乙女は、びっくりして耳を押さえた。
でも乙女はじっと堪えている。
雨が来た。
桜が雨に打たれて散っている。
乙女の、三つ編みの黒髪には、桜の花びらが次々と張り付き、そして滝のような雨に流されては又張り付いた。
10分、20分。
乙女は震えながら、それでも桜のもとを離れなかった。
嵐は去った。
彼方の方で雷が鳴っている。
乙女の大きな瞳から、涙が伝ってきた。
溢れる涙を拭おうともせず、乙女は何かをじっと待っている。

少年が二人、乙女の前を駆け抜けていく。
そのうちの一人が乙女の前で、小石にけつまずいて、前のめりに転ぶ。
乙女は、少年の元に駈けより優しく抱き起こした。
少年は膝を擦りむいたらしく、泣きべそをかいている。
乙女は抱き起こすと、擦りむいた所に、白いハンカチを当てておまじないをした。
乙女と少年は顔見知りなのであろう。
少年は、魔法にかかったように元気になり、ぺこりと頭を下げて、走り去っていった。

鉛色の空は、相変わらずで、夕暮れのように暗い。
乙女が待っている誰かは、やっぱり来ない。
急にサイレンがけたたましく鳴る。
空襲の知らせなのだろう。
サイレンが止むと遠くから微かに轟音が近づいてくるのが聞かれた。
どんどんと近づいてくる。
アメリカ軍の空襲だろうか。
乙女の顔色がふいに変わる。
空の一点を不安そうに見つめたかと思うと、急に駆けだした。
そして乙女はあっという間に、桜吹雪の中に消えた。

 誰待つや乙女の髪にちらほらと桜吹雪の儚く散るも

 


2002.3.27
 

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