童話 鬼の忘れ物

*この童話を宮城県栗原郡一迫町の語り部、佐藤玲子さんに捧げます。*


むかしむかし、ある所におじいさんとおばあさんが住んでいました。

二人は毎日毎日、田んぼや畑を一生懸命耕しておりましたが、貧しい生活をしておりました。息子は町ばに奉公にいって所帯を持ちましたが、こちらも食べるのが精一杯で、田舎の父母にお金を送ってやれるほどの余裕はありませんでした。

ある年の節分に、おじいさんは大事にしていた豆をしみじみ眺めながら、おばあさんにいいました。
「おばあさんや、これまでずっと、わしらは福の神がくるようにと、”福は内、鬼は外”と豆蒔いてきたが、どうも福が来たためしはなえなあ。この際、鬼っこの方さ、頼んでみだらどうだべ・・・」

おばあさんは、驚いて、言いました。
「おじいさん、そんなことをしたら、本当に鬼っこきてしまうど、やめてけろ」

「おばあさんや、逆も真なり、ということもあるべ。一回ぐらいやってみてもいいんでねが」

「そしたって、おじいさん、むかしから言われていることを犯すと、大変な災難来るって言うんでないの、もしそんなごとになったら、なじょにすんの…」仕舞いには、おばあさんは涙を貯めて訴えました。

「大丈夫だ。この家さ、誰が来たって、取られるものなどねがす。鬼が来たって、わしらをみて、こんなじいさん、ばあさんどこ喰おうとも思わねべ」と笑いながら、とうとう、「福は外、鬼は内」と豆を蒔いてしまったのでした。

おばあさんは、おっかなくなって、ついに泣き出してしまいました。

「福は外、鬼は内、」おじいさんは、狭いあばらやの方々を歩き回って、大声で叫びました。
するとピカ、ゴロ、ゴロと急に雷が鳴り出し、雨が降ってきました。

おばあさんは、鬼がやってくると思い、顔を真っ赤にし、手を合わせて祈りました。
「鬼さん、鬼さん、許してけらいん。おじいさんは本気でないのですから」

どうやらおじいさんの声が鬼たちに聞こえたようです。鬼たちは、自分たちを忌み嫌う言葉にうんざりしておりましたから、おじいさんの優しい呼びかけに、事の真相を確かめようと、山から下ってきたのでした。鬼たちは、術を使って、おじいさんとおばあさんの心の中を見てみました。おじいさんの心は澄み切った満月のように見えました。それは真実を意味しました。おばあさん心も泉の清水のように澄んでおりました。それは従順さを象徴していました。

それでも鬼たちから見ても、二人は余りにも貧しく悲しそうに映りました。そんな二人をみて、鬼たちはしばらく考えておりましたが、自分たちが食べていたごちそうを二人の目の前でさばいてごちそうしてやろうということになりました。

そこで三匹の鬼たちが、戸を叩いて、おじいさんとおばあさんの前に、ずかずかと進んできました。
そのうちの一番怖そうな形相をした鬼が二人に向かって言いました。

「おれらを呼んだのはお前だずだな。よくぞ呼んでけだな。呼ばれたからには、お土産こいると思って、いっぺごちそうをもってきてやったがらな」

鬼たちが包みを開くと、どっとばかりに、ごちそうが現れました。山鳥に、鹿に、鮭に、ヤマメ、鱈の目、キノコ等々、数え上げたら切りがありません。鬼たちは、「台所を借りるぞ」と言うと、手際よく料理し始めました。ごちそうは瞬く間に出来上がりました。

「さあ、じいさん、ばあさん喰うべ。酒もたっぷり持ってきたからな、好きなだけ飲め、俺等節分に本気で呼んでくれたの、はじめてだったからな。うれしかったよ。ごちそうはそのお礼だよ」

おじいさんとおばあさんは、びっくりしました。何しろ鬼が、料理を目の前で作ってくれたのですから、もちろん貧しい二人がこんなごちそうをみるのは始めてでした。近くの長者の家でご祝儀があった時、そのごちそうを通りがけにみて、二人で「あんなごちそう食べてみでもんだな」と話したことはありましたが、まさか目の前にこんなとても食べきれないようなごちそうが出てきたのですから、目の玉が飛び出さんばかりに驚いてしまったのです。

鬼は「さあ、食べろ・・・」と二人に精一杯の優しさで語りました。おじいさんとおばあさんは「うん」と言って、そのごちそうを口にしました。
最初におばあさんが言いました。
「うめ。うめなあ・・・」

おじいさんも言いました。
「ホントにうめ。こんなうめもの世の中さ、あるんだなや」

そう言いながら、二人は顔を見合わせて笑いました。それにつられて鬼たちも笑い出しました。その声が雷となって、村中に響き渡りました。

そして隣の家の欲張りじいさんがとうとう、貧しい二人の家で、何かがあって宴会でも開いているのだとかぎつけてしまいました。むかしからこの欲張りじいさんは、なんでも自分に得があることには口を出し、役得に預かることには長けた性分でしたから、おじいさんたちが宴会でごちそうを食べていることを知ってからは、そこに黙っているだけでも、損をしている気分になっているのでした。欲張りじいさんは、大きな風呂敷を懐に入れると、食べるだけ食べて、後はその残りを頂いてくる腹づもりで、貧しいおじいさんとおばあさんの家の戸を叩きました。

「ゴンベイドン、ゴンベイドン、何かいいごどあったのすか。話でも聞きたいと思ってきたがら、開けてけろ」もう欲張りじいさんは、必死の形相で戸を何度も叩きました。

さあ驚いたのは、鬼たちでした。散々酒を酌み交わし、料理を食べて、しこたま酔ってしまっていましたので、その欲張りじいさんの声が、福の神の声に聞こえてしまったのでした。福の神は、鬼たちを忌み嫌い、山奥の奥まで押しやった張本人の神様です。

そこで鬼たちは、おじいさんとおばあさんに、「どうもどうも、きょうは楽しかった。どうも嫌な神が来てしまったようだからな」と挨拶を一言くれると、地響きをたてて、裏口から山へ一目さんに逃げて行ってしまいました。
丁度、欲張りじいさんが入って来ましたが、その料理の数にまず驚いて腰を抜かしました。

「ゴンベイドンこれはどうしたことだ」

「いや、鬼たちがきて、ごちそうを作ってくれたのさ」

「鬼が来たって、そんな馬鹿なことがあるわけ無い。鬼は人の家から人や物をさらっていきこそすれ、こんなりっぱなごちそうをつくってくれるなどあるわけないでないか」
そう言って聞きません。

おばあさんは、
「いやほんとうに来たんだ。鬼さんという人たちがあんなにやさしい心を持っている人たちだとはわかんなかった。ありがたい人たちだった」

それでも欲張りじいさんは信じません。すると今まで鬼たちが座っていた席の辺りに三本の太い光るものがありました。それはなんだ。おじいさんもびっくりして見ましたが、確かにすりこぎを大きく太くしたような棒でした。

おばあさんが言いました。
「鬼さんたちの金棒ではないの」

確かにそれは鬼たちが突いていた金棒のようでした。しかもそれが黄金で出来た金棒だったのです。台所には、キラキラ光る石の小刀がありましたが、それは鬼たちが、ものを切る時に使った金剛石でした。

そのようにして、たちまち貧しかったおじいさんとおばあさんは、村中で時の人となりました。すぐに金商人たちが噂を聞きつけて、やってきました。たいそうな金棒と金剛石にたいそうな値段を言って驚かせました。しかし貧しいおじいさんとおばあさんは、鬼さんたちのだし、いつ戻って来るかも知れないから、売ることは出来ないと。金商人たちの申し出を拒み続けました。隣の欲張りじいさんが、俺に任せれば、今の三倍の値段で売ってやる、などとも言いましたが、まったく二人は聞き入れませんでした。

やがて鬼たちは、そんな二人が、自分たちが忘れた金棒のことで悩んでいることを聞きつけて、夢枕に立って、こう告げました。

「おじいさん、おばあさん、金棒はあんた方に上げたものだから、それをなじょにしたっていいんだよ。二人でこれからもなかよく暮らしてけらいん。でも年に一回は俺たちのことも忘れないようにな」

おじいさんとおばあさんは、うれし涙で、枕を濡らしながら目覚めました。鬼の気持ちを大切にしよう。二人は心の底から鬼の優しさに感謝をして、町ばで働いている息子夫婦を呼び寄せ、ことの次第を話しました。

そこで一家は、金棒と金剛石を売り払って、長者になりました。二人は、母屋よりも先に、まず裏の山の天辺に「鬼っ子神社」を建てて、鬼が落としていった髪の毛を本尊として祀りました。それ以後、この家の家門は、鬼の金棒三本と決まり、屋根のてっぺんには、特製の鬼瓦を載せるようになったということです。そしてもちろん毎年の節分には、「福は外、鬼は内」というように代々親から子へ、伝えているということです。佐藤
 


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2000.2.4