野茂の負けじ魂

−先駆者野茂の復活劇−


このところ、大リーグと言えば、シアトル・マリナーズに入団したイチローばかりに注目が行く中で、「ポンコツ投手に成り下がったか?」、と酷評されていた野茂(ボストン・レッドソックス所属)が、どっこい男の意地を見せて、開幕第二戦目の先発試合(対ボルチモア・オリオールス戦、現地2001年4月4日)で、ノーヒット・ノーランを達成し、見事今期の初登板で勝利投手となった。

野茂がノーヒットノーランの快挙を演じるのは、自身二度目の事である。96年にロサンゼルスドジャーズにいた彼は、その時も速球とフォークボールを駆使して、強力打線のロッキーズを相手に快挙を演じた。しかも達成したクアーズ・スタジアムは高地に位置しているため、ボールが良く飛ぶことで有名な球場だった。またおまけにその日は、雨のため野茂は終始セットポジションから投げての快挙達成劇であった。野茂にとっては二度目のノーヒット・ノーランだが、ボストンレッドソックスというチームにとっては、1965年以来というから実に36年ぶりの快挙ということになる。またアメリカンリーグとナショナルリーグの両リーグで、ノーヒットノーランを演じたのは、長い大リーグの歴史でもたった四人しかいないというから驚きだ。

しかしこの数年間の野茂の成績は芳しくなかった。投手の持病とも云えるヒジの手術をしたことも原因だったかもしれない。チームを次々と渡り歩き、昨年は打撃が弱いチームデトロイトタイガーズに入団したこともあってか、8勝12敗、防御率は4.74とけっして褒められた成績は残せなかった。

今年の春のオープン戦も3試合連続して打ち込まれるなど、調子は上がっているようには見えなかった。それでも野茂はけっして、弱気のコメントを発したことはない。いつものぶっきらぼうな口調で、「予定通り来ているので、心配していない」と同じような調子で周囲を煙に巻いていた。

ボストンレッドソックスは、現在大リーグ最高の投手と言われるペドロ・マルチネスがいて、首位打者のガルシアパーラがいるアメリカンリーグの強豪チームである。しかし同じ地区には、アメリカの巨人軍とも云えるヤンキーズがいて、この地区で優勝することは生やさしいことではない。野茂の口癖は、「ローテンションを崩さず、1シーズン投げること。ワールドシリーズで優勝すること。野茂が投げているのをまた見に行きたいと思って貰えるような投球をすること」などだが、いみじくも、野茂は、周囲の酷評に、ただノーヒットノーランという結果で応えた形になった。

人間というものは、ずっと順風満帆であり続けることは難しい。むしろ逆風のなかでこそ、黙々と努力を続けることによって、更に高いレベルへの進化が遂げられるのである。今野茂は32歳だが、この年齢は、大リーグの一流投手の中では、若い方である。今大リーグは、「力と力」などと言われ、速球投手ばかりが注目されがちだが、むしろ長続きしている一流投手は、ブレーブスのマダックスやグラビンにしろ相手のタイミングを外す術と、コントロールを信条とする連中が多い。しかも彼らは、野茂よりもずっと年上である。

速球とフォークボールを頑なに守り、周囲の意見を余り聞かない頑固さが野茂の売り物である。今後とも自分の頑固さを通して、更に高いレベルの投球ができる投手を目指して貰いたいものだ。
 


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2001.4.5