童 話
神様の兄弟げんか


激しい雷鳴を聞きながらこんな話が湧いてきた。 

昔、ずっと昔、まだ人がこの地上に現れる前、神様同士が激しくののしり合っていた。天上の神様は、地上に落ちた神様に向って「地上は誰の者でもない。それをお前は自分のものにするつもりでいるな。そうだろう。正直に言ってみろ」と言った。 

「お前に指図されることではない。私はこの地上に新しい神の国をつくろうと思う。お前のような兄弟とはもう一緒に暮らせない。兄というだけで、偉そうに。もう私もいっぱしの年齢なのだからほおっておいてくれ」 

「黙れ。お前は天上の国のルールというものを分かっていない。お前が考えていることは自分の理想とする国を地上において実現しようとするだけのエゴにすぎない。そんなことは許されることではない。父から授かった教えを守らぬお前の理想の神の国とやらはまやかしのものだ。場合によってはお前を成敗することになるぞ。その覚悟があるのか。弟よ」 

「もちろんある。兄よ。もうあんたとは一瞬たりとも一緒に暮らすことはできない。そばに居るだけで胸が悪くなる。父が身罷(みまか)り、母が亡くなり、もう私たちにとって天
上の自分はふる里ではなくなった。もう兄よ。あなたのものとなった天上界はあなたのものでいい。今私は新しい理想をこの地上で実現させるつもりだ。だから兄よ、ほおっておいてくれ。何も天上の財産を持ち出そうとは思わぬ。それで文句はないだろう。私にかまわないでくれ」 

二人のどない合いが、いつ果てるともなく続いた。その怒号は、稲妻となり雷鳴となり、天上と地上との間を凄まじい勢いで行き交った。二人の兄弟に従う部下たちは、ただ二人の兄弟の心が静かになるのを待った。地上は次々に落雷で木が燃え、海が富士山のような大波を幾重にもつくった。二人の兄弟げんかが起こったために天上地上の生き物達は右往左往し、多くのものが傷つき、死んでいった。でも、けんかをしている二人にとってはまわりのものの死など全く気付く様子はなかった。

見かねた兄の臣下の者がこのように言った。 
「畏れ多いことながら一言、お諫めの言葉を申し上げます。そもそも、天上で仲睦まじくお暮らしなさっていたご兄弟が、このように相争うことになろうとは、思いませんでした。お二人に長くお仕えした者として、非常に歯がゆくまた情けなく思っている次第です。お二方は、誠に慈悲深い父君の教えを受けながら何故、こんなにも相争うことになってしまったのでしょう。お父君は、ある時、私にこのように申されました。
『カイよ。わし亡き後、もしも仮に、わしの二人の息子たちが相争うことになったとしよう。あの二人はまさに天と地、火と水ほども性格が違う。だからわしは不安なのだ。その時は、お前がわしの意志を、二人に速やかに伝えてほしい。』」 

「それで、父上さまは、何を言われた」兄の神は、急にかしこまって言われた。

臣下は、目を瞑り、静に威厳を持って言った。 
「ではお父上さまのお言葉をお伝え申しましょう。
『二人のわが息子たちに告ぐ。お前たちは、力を合わせて、平和な国を築かねばならぬ。そもそもお前たちも知っての通り、天の国は、わが曾祖父が平和の理想を持って、天上に創った国だ。この理想を忘れてはならぬ。信念を持って進まねば、この国は滅びる。油断するな。この国の掟を守れ。単純なことだ。争わず、憎まず、蔑まず、虐めず、盗まず、騙さず、傷つけず、殺さず。以上の掟を理想として励むのだ。お前たち兄弟は、性格が違う。しかし違うからこそいいのだ。違うことを争いの種にしてはならぬ。違いを互いの欠点を補う力と思え。兄のロムよ。お前は、慈悲深く、古き伝統を大切にする良き心を持っている。ただ守りに入り、新しいものを忌み嫌うところがある。弟のケムよ。お前は鋭敏で物覚えが良く、新しい潮流をすぐに自分のものとする感覚を持っている。だが時にひとりよがりの短慮に陥ってしまうところがある。ロムは弟ケムが言うことを破壊的だと思い。ケムは兄ロムが言うことを保守的だと思い。互いに不信が募って、喧嘩になるかもしれぬ。でもお前たちの喧嘩は、幼き時の喧嘩とは違い多くの部下たちを巻き込むことになる。二人のつまらぬ言い合いにより、いいか多くの者が傷つき、命を失うのだぞ。このことを肝に銘ぜよ。』
以上でございます。」 

兄の神は、大きな瞳をカッと見開いて、父君の声に聞き入っていたが、次第に父に対する懐かしさが込み上げて来て、大粒の涙を流した。涙は雨となり、地上に降り注いだ。やがて地上には、美しい虹が天上への階段のように架かった。

弟のケムは、その虹が兄のロムの心の涙であることを感じ取った。そこは争っているといっても兄弟だ。そして虹の階段を一歩一歩と昇っていくと、ケムの心の中にありし日の父の優しい顔が浮かんだ。何故が父は、二人の息子たちの手を引いている。一瞬、不思議に思ったが、すぐに父が、二人の兄弟の争い事を見ていて、メッセージを送ってくれているのだと感じた。虹を昇るたびにその波動は、強くなり、兄の宮殿に着く頃には、心はすっかり穏やかなものになっていた。 

宮殿の奥に行くと、兄が待っていた。 
「兄君、しばらく振りでございます」 
「おう来たか。弟よ。待っていた」 

二人は心行くまで、心にあることを話し合った。そして父の事を語る時には、すっかり子供の頃の感覚に戻って、ともに助け合って、自分の足りないところを補いながら、理想の国を創ろうと手を取り合ったのであった。二人は自分たちの仲違いが、周囲に大変な迷惑を掛けたことを恥じ、二度と同じ過ちはしないようにしようと誓い合った。そして兄のロムは、弟が地上に曾祖父の夢想した理想の国を創るという計画を認めた。天上地上どちらに住もうとも我々兄弟は、互いに助け合って進むことを決めて握手をした。すると地上から天上に大きな二重の虹が差し掛かったのであった。(了)

 


2002.8.5
 

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