室伏親子のハンマー投げに賭けた夢

受け継がれゆく世界一への思い


 
日本の室伏広治(26才)という若者が、5日(日本時間6日)、カナダ・エドモントンで開かれている陸上の世界選手権で、銀メダルを獲得した。しかもその競技が、小柄な日本人では、不利と思われていた「男子ハンマー投げ」だというから驚きだ。

若者は競技の前から、陸上関係者の間では、優勝候補の本命と見なされていたようだ。それは彼が、既に今シーズンの世界トップの記録83m47cmをマークしていたからだ。古い陸上ファンならば、室伏と聞いただけで、ピントくるものがあるはずだ。若者のコーチは、室伏重信。もちろんアジアの鉄人と呼ばれたハンマー投げの名選手で、実の父親でもある。父はこの競技が始まる前から、「広治の投てき技術は、現在世界最高水準にある」と、はっきりとその自信のほどをほのめかしていた。結局、準優勝に終わったが、世界選手権において、自己記録に近い82m92を投げての2位は立派の一語に尽きる。日本選手が投てき種目でメダルを獲得したのは、後にも先にも、五輪、世界選手権を通して史上初めてのことで、まさに陸上界にとっては歴史的快挙だ。

今回の受賞を目の当たりにして、すぐに親子二代のハンマー投げに賭けた長い道程(みちのり)のことを思った。どの世界でも二代目は、大成しないとよく言われる。その例に漏れずこの息子も、ハンマー投げを初めの頃は、「父と比べて、センスがない」、「体が固い」などと(陸上関係者)言われていたものだ。それでも親子は、黙々と二人三脚で、ハンマー投げの技術の拾得に務めた。長い苦労の果てに、少しずつ記録は、伸びていったものの、順風満帆とは行かなかった。だがどんな競技会においても、息子の投てきをビデオカメラに収める父の姿が必ず見られた。実際父の日本記録を破ったのは、今から3年前の98年だった。その後、若者は、順調に記録を伸ばし、2000年のシドニーオリンピックの頃には、メダル候補とも言われるほどに成長した。ところが、結局9位に終わり、またまた「精神的ひ弱さ」(マスコミ)を指摘されるなどした。

しかし今シーズンは、オリンピックでの苦い経験を克服して、名実共に、ハンマー投げ界のトップ選手と目されるようになっていた。5日の競技決勝では、2投目に82メートル46で首位に立ったが、5投目でシドニー五輪金メダルリストのシモン・ジオルコフスキ(ポーランド)が83メートル38を投げて、逆転を許した。その直後に室伏も82メートル92を投げ記録を伸ばしたが、結局金メダルには届かなかった。

でもいいではないか、彼はまだ26才の若者だ。未来がある。今回はシルバーメダルだったが、まだ息子は26才で、ハンマー投げの肉体的ピークはまだまだ先だ。さらに技術的にも進歩すれば、世界のスーパースターの仲間入りする可能性だってある。

父が果たせなかったロマンを、息子が背負い実現した今回のドラマをつぶさに見させて貰いながら、私は、人間の「思い」というものの凄さを感じずにはいられない。しかもそれは、欲得ばかりに心を奪われる世界にあっては、実にさわやかで美しい話だ。やはり人間が、一旦本気で思った真実のロマンというものは、世代を越え、親子を越えて、受け継がれてゆくものなのだろう。佐藤
 

 


2001.8.6

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