イチゴ畑よ永遠に

ストロベリー・フィールズ・フォーエバー
ジョンレノンに捧ぐ


ジョンレノン二〇回目の命日の日

今日、12月8日は、ジョンレノン二〇回目の命日にあたる。ジョンは一九四〇年、イギリス北部の港町リバプールで生まれた。それから四〇年走り続けた口の悪い男は、ファンと称するイカレタ男にピストルで射殺された。まったくいい奴だったのに、ジョンはそれから伝説の人となった。彼の伝説は、次々に創られ、ジョンのイメージは一人歩きをした。今もジョンレノンのイメージは成長し続けている。

そこで今日はジョンを偲んで、「イチゴ畑よ永遠に」という話を書くことにする。もちろんこれはすべてフィクションであり、ジョンのビートルズ時代の名曲「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」からタイトルだけを借りているに過ぎない。不良のジョンに乾杯。君は永遠の不良にして芸術家。そして何より良き父親だったね。2000.12.8
 
 

* * * * * * * * *

一話

ボクはイチゴが大好きだ。
その赤くて甘くて可愛らしい果物を口に入れた瞬間、天国にでもいるような気がするくらい大好きだ。
ボクにとってイチゴは特別だ。イチゴは、そうやすやすと食べれない。だから好きなのだ。ボクが盗んでたべるイチゴ畑には、おおきな柵がで囲ってある。しかも大きな犬がいて、そのイチゴの房を守っていて、もしも逃げ遅れていたら、犬にお尻の肉をかみちぎられそうになったことだってある。その犬は、黒くて大きくて、まるで熊のような顔をした雑種犬だ。

でもボクは、ついにその犬の弱点を見つけて、その犬がボクの前では、尻尾を振るようにまでなった。その秘密を、君に教えよう。ボクは、その黒い犬「バビー」が、あるメス犬に恋していることを知った。そのことは、イチゴ畑の持ち主のウィンじいさんが、歩きながら、話している秘密をを聞いたからだ・・・。

「いやね。バビーの奴が、いっちょまえに、あるメス犬に惚れましてね。番犬のくせして、この飼い主を差し置いて、散歩に連れていけとせがむんですよ。まあ、こいつも年頃だから、メス犬の一匹や二匹買ってやってもいいと思って、犬屋に行ったところ、その犬には、目もくれないんですわ。これが。ホントですよ。まったく人見たいな好き嫌いのはっきりした犬でね。」

「で、どこのどのメス犬ですの?」

「いや、まったくこれがね。あの貴族のジョージ侯爵の飼い犬でね。あそこの犬ときたら、白い大きなプードルでして、あんなメス犬どこがいいのかしれませんが、あの大きな家の前を通るときだけ、「ワォーワン」などと普段は、出さないような上品な声で、鳴くんですわ。まったく犬も年頃になると変わるもんですわ。こちとら何しろ、イチゴで喰っているもんでね。あのような上流階級の中に入り込んで、まさか「うちの犬が、お宅様のプードルちゃんにホの字でして、あの自由恋愛させてやってはいただけませんか?」などと、口が裂けても言えませんぜ。まったく・・・」

「確かにね、ジョージ侯爵家は、リバプールの領主だった血筋の家系、我々のような一般の市民が簡単に、こんにちわ、と出入りできる所じゃ、ございませんものね」

「いや、まったく、ですぜ。まあこのバビーも、ずいぶんと役に立ってくれたから、嫁のメス犬の一匹や二匹と思っているんですがね。どうも弱ったメス犬に惚れてしまったもんですわ」

ここまで、聞けば十分だった。しめしめと思ったね。ボクはさっそく、子分のビルとふたりで、音メス犬の住むジョージ侯爵の家の前に言って、ふたりでこう叫んだ。
「メリー、遊ぼうよ。メリー」
実はメリーというのは、この家の娘で、学校の同級生なのだ。すぐにメリーは出てきた。はっきり言ってメリーは、少しふとっちょで、運動神経が鈍いところがあって、いつもは、いっしょに遊ぶ友達ではない。でも今日は違うのだ。

ボクは言った。
「メリー、お前の家のプードル見たいんだけど、連れてきてくれよ」
「え?うちのルルちゃんのこと?」
「そうだよ」
「だめよ。パパが後で散歩に連れていくことになっているから、今私が連れ出したら、叱られちゃうわ」
「大丈夫さ、見たいんだよ。毛並みがいいんだってな」
「そうよ、いつもシャンプーしてるから、真っ白でとっても可愛いの」
「そうだってね。是非みたいな。見せてくれよ」
「・・・仕方ないわね」

へへへ、まんまと作戦成功。メリーは、大きなプードルのルルを連れてきた。さすがにお上品でお高く止まっている。犬のくせに生意気だが、この際仕方ない。ボクは頭を撫でながら、手綱を引いて走り出した。育ちのいいプードルは、最初びっくりしたようだが、すぐにボクの後に付いて走ってきた。メリーは「駄目よ。どこへ行くの、パパに叱られちゃうわ」
「大丈夫、メリーが散歩させたと知ったら、喜ぶよ、きっと。そうだろ、ビル」
「ああ、そうだとも。ジョンの言うとおりさ。犬が喜んでる」

ビルなかなか、いいぞ。ビルは、あいつの秘密を握ってからというもの、すっかりボクの言うことを聞くようになった。何、それは簡単なことだ。あいつが、学校の帰りにおしっこを洩らしたことがあって、そのことを「みんなに言うぞ」と言っただけだった。人間というもの、以外につまらないことで、親分子分がきまるのだ。と言うわけで、ビルはボクの第一の子分だ。

ボクら三人と一匹のプードルは、飛ぶように走った。急ごう。目指すはイチゴ畑、たっぷりと甘く熟したイチゴがボクらを待っているはずだった。
 

二話

ボクたちは、イチゴ畑の前に立った。

イチゴ畑は、ボクたちの通っている校庭の三倍位の広さがある。畑の周囲には、ぐるりとバラ線が張り巡らせれている。このバラ線に引っかかったら最後だ。前はこんなに厳重ではなかった。ボクらのようなイチゴ取りが横行するようになって、結局今のようになってしまった。だから結局、入口にまわるしかない。入口には小さな門があり、入るとしたらここしかない。

門をそっとこじ開け、中に入ると、人の気配を嗅ぎ付けた番犬のバビーが、さっそく敵意をむき出しにして、こっちに向かってくるのが見えた。その太い声といったら、まるで黒い悪魔だ。ここでひるんでいては意味がない。ビルが逃げようとしたが、その襟元をひっつかまえて、「ビル逃げる気か?」というと、メリーが予想外の「なによ。いくじがないのね。可愛いワンちゃんじゃないの」と、我々のびびりを余所に、バビーの方に近づいて行った。

ボクは、小声で、「気を付けろ、相手は熊だぞ」と言ったが、大丈夫、優しい気持ちで接すれば、心は通じるわ」と、どんどん距離を縮めて言った。
バビーは面食らったのか、「ウウー」と唸ったが、メリーの前に、すっと立ちはだかったルルを一目見て態度を豹変させた。急にバビーの目が、恋する雄犬の目になって、声まで変わった。あの「ワオー・ワン」と妙に気取った声になり、照れた仕草をしながら、ルルの方に近づいていった。

ルルは、バビーの態度の豹変に少し戸惑っていたが、近づいてくる熊のような雑種をまんざら嫌うような態度を取らなかった。それを良いことに、ボクはビルを引っ張って、イチゴ畑に直行した。あるある、「赤い赤いイチゴ、一度食べたら、絶対好きになるリバプールイチゴ」として果物屋で売られているあの「イチゴ」が目の前にある。まずは一番売れた所をパクリとやった。うまい。声が出ないくらいうまい。いつ、ウィンじいさんが来るとも限らない。ボクは、ポケットから大きな袋を取り出して、次から次と、イチゴを袋に詰め込んだ。ビルもボクの指示に従って同じように、しこたま袋にイチゴを詰め込んでいった。

さて、入口では、メリーと犬二匹が、仲良くやっていた。すっかりバビーとメリーは、友達になった感じだが、肝心のルルの方は、どうもバビーのことが、いまいち好きになれないらしい。

ぼくは、「メリー。すっかり友達だね。よかったじゃない。ボクもうれしいよ」などと、意味不明なことを言いながら、門を出て行こうとした。メリーはすぐに、ボクらの袋を気づいて、「どうしたの、それ?」と言ったが、いや「おみやげをもらってさ」と、言うが早いか、ルルの手綱を引いて、門の外に飛び出していた。

バビーのヤツもいっしょに付いて来ようとしたが、そこは飼い犬の悲しいサガ、門の所で、例の「ワオー、ワン」とルルにいい声を聞かせてカッコを付けていたが、ルルは、後を一瞬振り向いたが、ツンとおすましし、「変な人(犬)?」とでも言いたそうな小生意気な表情で、ボクとかけっこをして、イチゴ畑を後にした。これでイチゴ畑は、完全にボクの手中に入ったも同じだった。

その後、ボクらは、広い野原のある公園に行って、戦利品の袋を開いた。
「どうしたのそのイチゴ」とメリーは驚いていたが、「これはね、プレゼントさ、ウィンじいさんからのね」と言って、ビルの方を見ながら、「なあ、そうだよね、ビル?」と言うと、ビルも調子を合わせて、「いい人だよね。ウィンじいさんは・・・」とやった。

ボクたちは、たらふくイチゴを食べた。メリーにまず、最初の一粒を手渡した。何故そうするかって、それはバビーの攻撃をうまくブロックしてくれた感謝もあるが、それよりもメリーには、秘密を共有する仲間になって欲しかったからだ。

お腹の膨れたボクたちは、寝そべりながら、イチゴを腹いっぱいにほおばった。それでもイチゴは、まだまだ残っている。ボクらは、イチゴを食い過ぎたものだから、誰ともなしに、仰向けになって、青空を見上げていた。するとさっきの間抜けなバビーの格好をした雲が、流れて行くのが見えたので、「見ろよ、まるでマヌケのバビーだ」と言って、三人で大笑いをした。
 

三話

ボクとビルとメリーとプードルのルルは、すっかり仲良しになった。育ちの良いメリーは、相変わらず、ボクらちょうだいしているイチゴを、ウィンじいさんからもらっているものだと、思っている。ボクとビルは、今日もメリーの大きな家の前に来て、メリーを呼んだ。メリーは、ルルを連れながら、ボクの後に続いた。

街路樹が道を曲がりと、イチゴ畑が見えてきた。
ビルが言った。
「ジョン見ろよ。大きな車が止まっているな」
見れば、この辺では見たこともないような黒の大きなベントレーだった。
近づいてみると、入口の所で声がした。何かもめているらしい。時々ウィンじいさんの声もした。

ボクらは、木陰に隠れて、そっとその話を聞いた。
「なあ、ウィンさん。よく考えてみなさいよ。あんたがそんな頑固なこと言ったってね。無理だよ。ここはね。私たちの顔を立ててさあ、言う通りにした方がいいよ。だって、そうだろう。あんたには、何の損もない。いや莫大なお金が転がり込むんだからね。」
「いや、帰ってくれ。この土地は、先祖代々守り抜いてきたものだからね。お金の問題じゃない。せがれのヤツに、そっくりと受け継がなきゃならん。」

「何を言ってるの、こっちは全部知った上で言ってるんだよ。あんたの息子はロンドンで設計士になっている。その息子に聞いた所、『父さんが良ければ、ボクは、畑を手放すことに依存ない』と言ってるんだよ。息子さんだって、向こうに家も買って、支払いが大変らしいね。親として、息子の気持ちも察してやらなきゃねー。違う?」

「あいつは、分かっていない。若いうちからロンドンに憧れていて、大学も奨学金をもらって、ひとりで行ってしまった。でも、あいつは必ず戻ってくる。我がクレンザー家は、この畑を耕して、この土地に何百年も暮らしてきたのだ。必ずあいつも分かる日がくる。ただ今は見えなくなっているのさ。何が自分にとって大切なものなのか、きっと分かる日が来る」

「じいさんそんなこと言ったところで、時代は変わったんだ。今はね、個人が自分の為に自由に人生を設計できる時代なのさ。親が何と言った所で、その考えを変えることはできないね。子は家のためにも、親のためにもあるんじゃない。かわいそうじゃないの。もう少し、息子の気持ちもくんであげた方がいい」

すると、ウィンじんさんは火のように真っ赤になって怒り出した。
「何だと、さっきから黙って聞いていれば、いい気に成り上がって。ワシはな息子に大切な財産を伝える義務がある、と言っているんだ。大体、不動産屋のお前のような強欲商人に意見されるような男じゃない。息子の意見は私が変えてみせる。何度来ても、ワシはここを手放さん。帰って自分のボスに言って置け。「絶対に手放す男ではない」とな。どんな大金を積まれてもワシの考えは変わらんからな。さあとっとと、帰ってくれ」

ウィンじいさんの心を察したのか、ソバおとなしくしていたバビーも急に立ち上がり、不動産屋の男を睨みつけて、「うー」と唸った。少し男はひるんだ様子だった。

「ウィンさん、後で後悔することになるぞ。まあ、今日はこれで帰るが、我々もこのままでは引き下がらない。何しろ、この地区は、国の開発計画地域だからね。国の利益に敵対するあんたは、国民の義務を果たさないただの非国民だぞ。そこのところをよく考えて置いた方がいい」

そのように言い終わると、黒いスーツに身を固めた背の高い男は、素早くベントレーに乗って走り去った。

バビーは、ウィンじんさんの方に来て、しきりに気遣っている様子に見えたが、ウィンじいさんの目からは、ボロボロと涙がこぼれていた。きっと悲しかったのだろう。

ボクは会話の意味はよく分からなかったが、何か急にじいさんをいじめた男に怒りがこみ上げてきた。そして、「みんな今日は、イチゴもらうのは止めにしよう」と言った。

メリーもビルも小さくうなずき、みんなで帰ろうとすると、ルルが、何を思ったのか、ひとりで、じいさんの家の門の方に走っていった。メリーはびっくりして、「ルル、どこに行くの、ちょっと待って、ルル」と言いながら、ルルの後を追った。ルルは、「ワン」と一声吠えながら、バビーの方に向かった。これまで一方的なバビーの片思いで、その恋心には目もくれなかったルルにいったい何が起こったのだ。
 

四話

ルルが、バビーの側に駈け寄ると、バビーはびっくりしたのか、親愛の情を示すように、例の「ワォー・ワン」とやった。何をかっこつけてるんだと思ったが、犬も人間も恋は恋。ルルは、バビーの鼻先を、盛んに舐めはじめた。

ウィンじいさんは、ボクらを見つけて、
「何だおまえたちは?」と叫んだ。
それに対して、メリーが余計なことを言ってしまった。
「おじいさん、いつもおいしいイチゴありがとう。今日も少し戴いていい?」
駄目だ。聞いちゃいられない。めちゃくちゃだ。案の定、じいさんは、ゆでだこになって、こういった。
「そうか、分かったぞ、イチゴドロボーは、おまえ達だったな。こら、こっちへ来い。こらしめてやる。親は誰だ。ええ。主犯はどいつだ。えー」

逃げ足の遅いビルが捕まった。首根っこを押さえられて観念したビルは、仕方なく、ボクの方を指さしたからたまらない。
「何、あいつか、バビー、ヤツを捕まえろ。さあやれ、バビー、頼んだぞ。バビー」

こうなりゃー逃げるしかない。ボクはいちもくさんで、通りを逃げて行った。しばらくして後にバビーが追ってくる気配がないので、そっと振り向いてみた。どうやらいないようだ。バビーにお尻でもかじられたら、たまったものではない。遠くの先では、必死でじいさんがバビーをけしかけているが、バビーは、ルルとの逢い引きに夢中で、ボクのことは眼中にないらしい。助かった。

遠くからメリーの声がした。
「ジョン、駄目よ。あなたも男でしょう。ひきょうよ。レディを置いて逃げるなんて。来なさいよ。私にもちゃんと説明して・・・」

へん、何がレディだよ。子供のくせに。でもひきょうと言われて、逃げるわけにも行かない、ボクは仕方なく、すごすごと引き返していった。どうせ、口の軽いビルが、すべて言ってしまったのだろう。ビルは、シュンとして、じいさんのそばに立ちつくしている。とんだドジの子分を持ったものだ。

次第に門に近づいた。仁王立ちしたウィンじいさんが待っている。あれほど怖ろしい顔をした男を見たのは初めてだ。まるで悪魔か、モンスターだ。しかも子供のボクの三倍位の大きさに見える。どうしよう・・・。

「来なさい。ジョン。大体話は、聞いたぞ。おまえはミミの所の子供だってな。ミミは、ワシと幼なじみだ。ミミは良い子だった。それなのに、何だおまえは、よその家で大切に作っているイチゴをこっそりと盗んでは食べていたとは、ミミに会ってこれから、おまえのことをすべて話さなければならん。さあー来い。」

ウィンじいさんは、鷲のような手で、ボクの手首を掴むと、屋敷の奥の方に歩き出した。
「いいか。ジョン。やっていいことと、悪いことがある。それを分からんようでは、話にならん。おまえの腐った根性を叩き直してやるぞ。覚悟をしろよ」

「おじいさん、待ってよ。待ってよ。ごめんなさい。申しません。」
まあ、こうなったら、泣くしかない。泣いて大泣きして、涙を見せて、このじいさんの気持ちをほぐすしか手はなかった。
「駄目だ。泣いたぐらいではごまかされんぞ。子供のことはよく分かる。おまえの気持ちはお見通しだぞ。ここでワシが手を離せば、おまえを、腹の中で舌を出して、逃げるに決まっておる」
まいった。まったくこのじいさんは、ただ者ではない。きっと昔、ボクみたいなことをしていたのかも知れない。

そこで閃いた。
「おじいさん。うちのミミおばさんとは、どのくらいの仲だったの、ひょっとして恋人だったとか?そうなの?ねえ?」どうしたわけか、これが利いた。じいさんは一瞬びっくりしたように、立ち止まって、このように言った。
「ええ、なんだって、そんなこと・・・」

それからボクは、じいさんの身の上話を聞くことになった。延々と、二時間ボクは、退屈だったけれど、じいさんの気持ちをなだめるため、自分の悪さの罪滅ぼしのつもりで、じっと我慢して聞いたのだ。その間、ルルとバビーは、完全な恋人同士のようにいちゃつき、メリーは、時にじいさんの話に相づちをうち、涙を流したりした。ビルはシュンとしたまま、ボクの方にたまに見ては、「ごめん」というようにちょこんと頭を下げた。
 

五話

家に帰ると、ボクは、おばさんに何となくこんな質問をした。
「ねえ、おばさん、イチゴ畑のウィンじいさんと、同級生だったの?」
おばさんは、びっくりしながら答えた。
「えっ、誰から聞いたの、そんなこと?」
「ウィンじいさんから」
「そう・・・」そう言い終わると、おばさんは深いため息をついた。
その表情が、少し寂しそうだったのでそれは以上聞けなかった。
夕食の後、ボクは自分の部屋にもどった。今日様々なことが起こった。
ボクは、頭の中が、おもちゃ箱をひっくり返したようにごちゃごちゃとしていた。
ウィンじいさんの所に来ていたあの背の高い男のこと。
じいさんが涙を流した理由は何だったのだろう。
何故、じいさんはあれほどまでに、イチゴ畑を守ろうとしたのか、少しだけ分かったような気がした。今まで、見境なくイチゴを盗んで食べてきたことが、とても悪いことのように思えてきた。
じいさんは、寂しい人なんだ。怖くて、意地悪で、欲張りで、顔が赤くて、なすびのような鼻を持っているじいさんが、まったく別の人のように思えてきた。
何とか、しなくちゃ、そうだ、何とか、しなくちゃ・・・。そんなことを考えながら、ボクはいつの間にか夢の中にいた。

イチゴ畑の中に、ボクは立っていた。すると向こうの方で声が聞こえた。
「ねえ、ボクは君といっしょに、このイチゴ畑をずっとずっと守って行きたい。どうかな。ボクと結婚してくれないか?」
「ええ、急にどうしたの?」
「急にじゃないよ。ボクはずっと、ずっと考えてきたことだ」
「でも、私にとっては初耳よ」
若い男は、明らかにウィンじいさんだった。それに若い女性は、ミミおばさんだ。
その時、遠くで野太い声がした。
「おい、ウィン、ウィンはいるか?」
「はい、パパなんですか?」
すると、若いミミおばさんが、まずいという顔をしながら、イチゴ畑の陰に隠れようとした。
「ミミ、大丈夫だよ。ボクがパパに言うから心配しないで」
そういうと、ウィンじいさんははミミおばさんの手を取って、パパの方に進んで行った。
「誰だ、誰といる」
「パパ。ラルフ家のミミだよ。この前も話したろう。ボクらは付き合っている。今日結婚しようと、彼女にも言った。ねえ、いいでしょう。パパボクらは結婚したいんだ」
パパは、毛虫のような眉毛を寄せながら言った。
「何だと。ラルフの家の娘と結婚したいだと?」
「そうだよ、パパ」
「正気か?」
「もちろんだよ」
「ミミおまえはどうなんだ。ワシのせがれと一緒になるというのか?」
「え・・・」
「ミミ、ボクと結婚すると言ってくれ」ウィンは懇願した。
「・・・」
「ほら見ろ、ウィン、おまえは女というものを分かっていない。大体がラルフの家と我が家は昔から敵同士だ。一緒になれる訳がない。そもそも我が家のイチゴ畑は、今の三倍の広さがあった。それがどうだ。我が父の代になって、ラルフ家のジャックというじいさんの悪巧みにより、3分の2を取られてしまったのだ。でもどうだ。悪いことはできないもんで、我が家から取った土地も程なく、ラルフ家では失ってしまったがな。そんな家の娘と、自分のせがれが一緒になるなど、ワシが承知すると思うのか、この親不孝ものめ」
「でも、パパ、ボクはミミが好きなんだ。好きな者同士が一緒になって何故いけないんだよ」
「うるさい。おまえも歳を取れば分かるというものだ。黙ってワシの言うことを聞いて、この畑を継いでいればいいんだ」
「パパ、ボクは、これまでずっとパパの言う通りにしてきた。だけど、ミミとのことは、ボクの一生のことだ。だからボクはボクの考えでいくよ」
「何をいっている。うまくいかない者同士を一緒させるわけにはいかん。それにミミ、君の所のパパだって、ふたりが付き合っていることを知ったら、反対だよな。そうだろう」
「ミミそうなのか?」
恋人からそう言われると、若い女は急に涙を流して、走り去った。
若い男は突然に走り去る女を見つめていた。
 

六話

「ジョン、起きなさい。」
ミミおばさんの声だ。

ジョンは目を覚ました。ジョンの目には涙がたまっていた。
ベッドから身を起こすと、涙がジョンの大きな目からポロポロと落ちた。悲しかった。理屈はない。ただ無性に悲しくて涙が止まらなかった。

リビングに行くと、ミミおばさんが、目を大きく泣きはらしているジョンを見ながら、
「どうしたのジョン、目がまっ赤よ」と言った。

ジョンは「なんでもない。目にゴミが入っただけさ。」と答えた。
ジョンは、夕辺の不思議な夢を心の中で何度も思い出してみた。その上で、ジョンは自分でも予想しない言葉を発していた。
「ねえ、ミミおばさんとウィンじいさんって恋人同士だったの?」

ミミおばさんは、一瞬びっくりしたように目を大きく見開いていたが、
「どうしたのよ?急に」と、やさしく笑いながら言った。

「いや、ちょっと。そんなことを聞いたものだからさぁ」

「そうね・・・、そんなこともあったかもね、随分昔のことだから・・・。それより早く食べなさい。せっかくのコーンスープがさめちゃうわよ。」

ボクは、それ以上聞くこともできずに、朝食を食べると、学校に向かった。
でも、どうしても夕辺の夢が頭から離れずに、学校とは反対側にある、イチゴ畑の方に足が向いてしまった。

知り合いのおばさんが声をかけてきた。
「どうしたのジョン、学校に行くんじゃないの?」

「うん、ちょっと用事があって」
などと、答えていると、ボクはイチゴ畑の前に立っていた。

門の方からのぞいて見ると、ウィンじいさんは、いつものように一輪車にとりたての真っ赤なイチゴを乗せて、忙しく働いている。
その後をバビーが追いかけている。その時、家の奥で、電話のベルがけたたましく鳴った。その音に反応したのはバビーだった。
バビーはウィンじいさんに「ワン」と一声言って、ズボンの端をかじって、電話の方に連れていった。

ボクは、ドアの近くまで、走り寄って、聞き耳を立てた。しばらく何も聞こえなかったが、急に、「ふざけるな、実の息子にそんなことを言われるとは思わなかった。いいか、もう2度と電話などするな、この裏切り者めが」というじいさんの大声が聞こえた。そして電話をガチャリと切る音がして、ウィンじいさんが奥から出てきた。
顔は、怒りで真っ赤だった。
 

七話

ウィンじいさんが、ボクを見つけて言った。

「おまえは、ジョンじゃないか。どうしたんだ?こんな時間に」
「ちょっと、気になったものだから」
「気になった?何を?」
「それは・・・」

ボクは、昨夜の夢の話をしようと思ったが、やはり思いとどまった。

「まあいいよ、それより、学校に行け、遅刻したら、先生にこっぴどく叱られるぞ」
「うん、でも・・・」
「でもなんだ」

ボクの口から、自分でも信じられないような言葉が口から漏れた。
このように相手に対し、素直に自分の気持ちを表したのは、生まれて初めての経験だった。

「心配なんだよ。おじさんさっき電話で怒鳴っていただろう?」
「ああ、息子の件か、生意気な口を利きあがるから、つい大きな声が出てしまった」
「それって、昨日来た男の件なの?」
「ああ、そうだ。あいつが、ほれ昨日の不動産屋の口車に乗って、『イチゴ畑を売って、ロンドンに来たらどうだ』と云ったから、かっと血が頭の天辺に昇ってしまった。まったくあの野郎ときたら、こっちの気持ち何か少しも考えちゃいない。『俺がオヤジの面倒見るからさあ』なんて言われて俺が嬉しいとでも思っているんだろうか。まったく親の心子知らずというヤツよ」
「でも、マイクさんだって、自分のパパのことを思って言ってると思うけどなあ・・・」
「何だと、ジョン、お前はあの親不孝者の味方かい?」
「いや、そうじゃないよ。ボクはただうらやましいのさ。だってボクのパパは、行方知れずで、どこに住んでいるかも分からないんだよ。電話すれば、そこにパパがいるマイクさんがちょっとうらやましいと思ってさ」
「ああ、そうか、ごめん、ジョンのパパは、行方知れずだものなあ、ごめんよ、悪いこと思い出させてしまったなあ」
「いや、おじさん、ボクにはパパもママも側にいないけど、ミミおばさんがボクをふたり分愛してくれるからいいのさ」

「ジョン、どうだ取り立てのイチゴ食べて行くかい」
「えっ、いいの、本当にイチゴもらっていいの」
「ああいいさ、好きなだけ食べな、ジョンは、新しいワシの息子だ。マイクは勘当、いいかジョン、おじさんをパパと思っていつでもイチゴを食べに来な」

ボクは、嬉しかった。今までなら、その位の芝居をして、世の中をズル賢く渡って行くくらいのことは平気だったが、今回のことは、それとは少し違うようだ。何かしらボクの心の中で大きな変化が起こっていることは確かなようだ。これが大人になるということなのだろうか・・・。
 

八話

ボクは、遅れて学校に行った。散々先生に叱られたが、「ごめんなさい」と言ったきり、何も話さなかった。罰として教室の外に立たされてしまった。その時のボクの頭の中は、どうしたら、ウィンじいさんの心配事を解消できるか、そればかりだった。授業が終わり、先生はボクの方をひとにらみしながら、「ジョン、まだ君は、そこに立っていなさい」と職員室に向かって行った。

ビリーが早速かけよって来て、
「ジョン、だいじょうぶ。何かあったの?」と言った。
メリーも「どうしたの?」心配そうに、ボクの顔をのぞき込んだ。
ボクは、姿勢を正しながら、小声で、「ああ、何でもない・・・それより、今日後で、ふたりに相談したいことがある」と告げた。

学校が引けると、三人で公園のベンチに座りながら、今日の朝の出来事を話した。

「だから、ボクとしては、何とかしたいんだ。今日ずっと、立たされながら、思っていたんだけど、ウィンじいさんの息子のマイクさんの所に、手紙を書こうと思うんだよ」
「手紙?」
「そう手紙さ。だってあんなにパパが辛い思いしているのに、帰ってもこれないなんて、絶対におかしいよ。もしもボクがマイクさんの立場だったら、絶対に帰ってきて、何とかするよ。自分を育ててくれたパパが困っているんだよ。そうだろう、ビリー」
「うん、そうだよなあ・・・」
「そうだとも、メリーはどう思う?」

メリーは少し考えながら、ゆっくりとこう言った。

「ジョンの言うことは、もっともだけど、難しいわ。パパの方は、イチゴ畑を絶対に手放したくない訳でしょう。でも一方のロンドンにいる息子の方は、パパも歳だから、今のうちにイチゴ畑を売ってロンドンで一緒に暮らそう、というのでしょう・・・」

「だけど、ボクは絶対にウィンじいさんが正しいと思う。昔からあのイチゴ畑は、あそこにあって、そしてこの町のみんなが、あのイチゴを食べて大きくなったんだよ。町のシンボルじゃないか。それをあのじいさんは守っている。もしもあのイチゴ畑がなくなったら、ボクはウィンじんさんも生きていないと思うな」

「ジョン、私もあなたの気持ちわかるわよ。でも問題は、お互いに歩み寄ることじゃあないかしら、相手の立場のこともよく考えて行かないと、きっとうまく行くものもうまく行かなくなってしまう」

その時、公園の前の通りを猛スピードで、あの背の高い男が乗っていたベントレーが、イチゴ畑の方角に向かって走って行った。その後をごついジープが2台付いていくのが見えた。

「何だ。あれは」ビリーが言った。
「きっと、あの不動産屋に違いない。ウィンじいさんが危ない」
ボクらは、夢中でイチゴ畑に向かって走った。
 

九話

ボクたちは精一杯のスピードで走った。まるで景色も車も目に入らないくらい。メリーが少し遅れて、「待って」と言ったが、「ごめん、先に行ってるよ」と言いながら、ボクとビリーは目一杯になりながら、走りに走った。

やっと、イチゴ畑が見えてきた。門の前に、ベントレーと二台のジープが連なって、乱暴に止まっている。後を振り返ると、メリーが見えない。どこに行ってしまったのか?ビリーが息をぜいぜい言いながら言った。
「ジョンどうしよう。ボクたちふたりで、あいつらに太刀打ちできると思うかい」
「何言ってるんだ。何人いようが、関係ないよ、ウィンじいさんを助けなきゃ、そうだろう」
「でも、向こうは大人だぜ、とてもかなわないよ」
内心では、ボクもやばいとは、思ったが自分の中にある何かが、ボクの足を突き動かしていた。
「だいじょうぶ。何とかなるよ」
そう言いながら、そっと、そっと、門の中に入って行った。
ウィンじいさんの一輪車が無造作に横倒しに倒れていて、取り立てのイチゴが、箱からこぼれて散らばっていた。
「ひどいこと仕上がって」
玄関のドアの向こうから、言い争う声が聞こえてきた。
「じいさん、いい加減、ここにサインしてくれよ。そうすりゃー、すべてうまくいくんだからさ」
「そんなことは、絶対しない。おまえ達のいいようにはならない」
「でも、ほら、あんたの財産を相続するはずの、息子さんは、ここにちゃんとサインしてくれたんだぞ。あんたも息子孝行すると思って押しなよ。いずれは、息子さんの世話になることになるんだろう」
「お前らにそんなことを言われる筋合いはない。第一、ワシは息子の世話なんかに死んでもならん。ワシはこのイチゴ畑で死ぬんだ。帰れ、何度来ても同じだ」
「じいさん。今日の場合は、簡単に帰れないんだ。だって、息子のマイクからも、「何とかパパを説得してください」と言われて来てるんだからね」

ボクはたまらなくなって、ドアを開けて中に入った。
 

十話

中に入ると、いっせいに中にいる男たちの視線がボクに集中した。
リビングでは、ソファにおじさん押し込まれ、その周りを五人の男が取り囲んでいた。例の背の高い男が、おじさんの正面にいて、その背後には、ボスと思われる太っちょ男が控えていた。

おじさんの前のテーブルには、契約書らしき紙切れが置いてあり、背の高い男が、ペンでおじさんにサインを迫っていたようだった。

おじさんを囲んでいる男達は、みんなギャングか人さらいのような悪い顔をしていた。ボクは怖かったが、ひるまなかった。

リビングの隅の方に目をやると、三人の犬殺しの男が、網でバビーを捕らえていた。バビーは、口にタオルのようなものを押し込まれ、もがいていた。ボクとバビーは、目があった。バビーはボクに「ジョン来てくれたのか、何とかして、ウィンじいさんを助けたい、協力してくれ」と目で訴えた。ボクも目で、「その通り、大丈夫、何とかするよ」と応えた。

「誰だ、お前は」と背の高い男が叫んだので、ボクは、
「ジョン、ジョン・ラルフレンさ」と、胸を張った。

すると男は鼻でせせら笑いながら、
「ガキの来る所ではない。さっさとママの所へ帰れ」と言った。
「帰らないよ。それよりおじさんの家に来て何をしているんだ。おじさんをいじめるのは止めろ」
「おい、あのガキをふん捕まえろ、あの黒い犬のようにな」

ウィンじいさんの周りにいた三人の男が、ボクを捕まえようと、走ってきた。こんなことで捕まるようなボクではない。中の様子は分かった。一旦は退却だ。ボクはすぐにドアをバタンと閉めて、外に出た。ボクとビリーは、猛スピードで、通りの方に逃げて、追って来る男達を煙にまいた。煉瓦の塀の後ろにへばり付いていると、ボクらが家に帰ったと思った男達は、すごすごと帰って行った。これからが勝負だ。ボクは、通りの角にあった煉瓦を砕いて、手頃なツブテとなった煉瓦をポケットに押し込んだ。

そしてボクらは注意深い足取りで、再びイチゴ畑に戻った。ボクとビリーは、倒れた一輪車を起こしてイチゴを乗せ、
「大好きなイチゴさん、ごめんね、ウィンじいさんを助けるためだ。ホントにごめんね」と言いながら、ドアの入口の所に敷き詰めた。既にボクの中では作戦ができていた。中に一輪車で突入するのだ。そのため、当然一輪車の通る道を注意深く造った。残ったイチゴを一輪車に乗っけて、入口から5mほど離れて、中に突入するタイミングをはかった。少し勇気がいるが考えている暇はない。

中から、声が聞こえてきた。背の高い男の声だ。
「じいさん、あのガキはいったい何物だ?」
「知らん」
「まあ、いいじゃないですか、あいつらびびって逃げてしまったんですから…」

しめしめ油断しているな。ボクは、ビリーに「よし、ドアを開けろ」と合図をした。ビリーは勢いよく、ドアを開け放った。ボクは、「オリャー」と声を出しながら、一輪車ごと中に突入した。目指すは、ドアの隅にいるバビーを抑えている三人の犬殺しの男をひるませる為だ。

ボクはバビーのいる方に向かって突進した。びっくりしたのは、バビーを抑えている三人だった。関係ない。ボクはそのまま猛スピードとなった一輪車を途中で離した。男の一人に当たりイチゴもろとも一輪車は、ごろんと転がった。赤いイチゴが周囲に散乱した。まだバビーを抑えていた一人が、転がったので、バビーは猛烈にもがきだした。

ボクはポケットからツブテを出して、
「死にたくなかったらバビーを放せ」と叫んだ。
「このガキ調子に乗るなよ。おい、捕まえて締め上げてしまえ」背の高い男がすごんだ。
「へへん、やれるものならやってみな、ばーか」と、言うと、ボクは入口に誘導するように、入り口の方に後退した。

「待て、このガキ」
また、再び三人の男達が追ってきたが、イチゴを踏んで、ドアにたどり着く前に、スッテン・コロリンと転んだ。立ち上がり追って来る所へ、ビリーが、散々にイチゴを投げたので、奴らの顔は、熟したイチゴで真っ赤になった。

「いて、ふざけるな」、と言いながら、三人は意地になって追って来たが、入口で、また奴らは散々に転んで、とても追うどころではなくなった。ビリーは、更に砂粒を奴らに吹きかけて目を痛めつけた。

そしてとうとう奴らから、
「いてー、目が痛いよー」という情けない声が漏れた。
奧からは「何をガキにいいようにやられるとは、高い金で雇った意味がないではないか」と遂に太っちょのボスが声を発した。
「まったくです。ボスすみません。私がやりますわ」と背の高い男が言って、こっちに向かってきた。殺気だっている。
危ないと思ったボクは、ツブテを取って、その男に向かって、「えい」と投げつけた。男は瞬間に体をひねってかわした。しかしその石が、幸いなことにバビーを、捕まえている男の胸にドンと当たった。

その時である。通りの方から、メリーの声が聞こえてきた。
「ジョン、ジョン、大丈夫?」
「ああ、大丈夫、問題ない」と叫んだ。

「ワン、ワン、ワン」というルルの鳴き声も響いた。その声に勇気百倍、バビーは一気に「ウオー」といううめき声もろとも、網を振り払って、ボクの方に向かってくる背の高い男に向かって飛びかかった。少ししてルルも駆け付け、中にいた悪者たちは散々にバビーとルルに懲らしめられて、その場にへたり込んでしまった。

ボクは、メリーに、
「メリー、もういいだろう。ルルを止めさせてくれよ。そうでないと、この人たちかみ殺されてしまうぞ」と大袈裟に言った。
こうなると太っちょのボスは急に手の平を返えしたように、ブルブルと震えながら、
「助けてくれよ。この犬どもを何とかしてくれ。頼むからこの犬たちをおとなしくさせてくれ」と泣きべそをかきながら訴えた。

そこでメリーは、まるで女王陛下のような口調でいった。
「さあ、ルル、バビーもういいでしょう。止めてお上げなさい」

すると今まで狂犬のように荒れ狂っていた。二頭の犬は、さっきまでの勢いが嘘のようにおとなしくなってしまった。

悪い男達は、今の今まで、自分の身の上に起こったことが、夢とでも思いたかったのだろう。そのうちの一人が男が、「夢だ。これは悪い夢だ。悪夢。そう悪夢に違いないって…」と言った。

更にもう一人が、「いや、これは夢なんかじゃない。だって、痛い。犬にかじられたお尻が痛い。かまれた腕からこんなに血が出ている、痛い。だから夢じゃない」と言って泣き出した。

遠くでパトロールカーのサイレンが、聞こえ、どんどんとその音が近づいてくる。
背の高い男は、自分たちが悪いことをしていることを知っているものだから、

「やばい。まずい。ボスまずいですぜ」と言った。
しかしもう奴らに逃げるだけの気力は残っていなかった。
ボクは言った。
「メリー、警察に通報してくれたの?」
「ええ、もちろんよ。だって、ジョンって、危ない子だもん、私がちゃんとしないと、無謀なこと、平気でやるんだから」
「そんなことないよ、そうだろう、ビリー?」
「う、うん。もちろんさ」
「いいよ、ビリー、ボクに合わせなくていいよ。ビリーも、メリーも本当にありがとう」

ウィンじいさんも立ち上がって、やってきて、ボクたちの一人一人の手を取りながら、
「ジョン、ビリー、メリー、全て君たちのおかげだ。助かったよ。ありがとうな」と言った。
バビーが、その時、「ワン」と一声吠えた。自分とルルもきっとほめて欲しかったのだろう。
「もちろん、お前たちもさ」と、じいさんが言うと、バビーとルルは嬉しそうに鼻を鳴らしながら、じいさんの所に寄ってきた。

パトカーのサイレンは、止まり、警官たちが、どかどかと押しよせてきた。
その中の一人がウィンじいさんに言った。
「いったい、何があったのですか?」
「恐喝です。このイチゴ畑を売りたくないのに、無理矢理売買契約書にサインさせられる所でした」
「本当にそうなのか」警官は、男たちに向かって言った。
男たちは、「違います」という風に、弱々しい演技で首を振ったが、
ボクは、「このおじさんの言った通りです。あの男たちは、おじさんをさっきまで、監禁していたんです」と、指を指して言った。
 

十一話

その夜にボクたちはたちまち時の人となった。もちろんそれはイチゴ畑での出来事が、大きな事件としてテレビニュースで取り上げられたからだ。

ボクたちは、警察署でこの事件について、証人となり様々なことを聞かれた。知っている限りありったけのことを話して、いかにあの背の高い男たちが、ウィンじいさんをいじめたかを話した。警察官は、ボクたちの話を、紙に書きながら、盛んに「偉いな。ホントに君たちの行動は立派だ。この町の誇りだな」と呟いた。ボクは、こんなに褒められたことがなかったものだから、照れてしまって、顔が真っ赤になってしまった。その後に、テレビ局と新聞記者によるインタビューがあり、ウィンじいさんとボクたち三人が、警察署の一室で、様々なことを質問された。

「ウィンさん、あなたを救った三人に、今何を言いたいですか」
「いや、本当にありがとうの一言しかないですね。この三人が居なかったら、あの連中に無理矢理サインをさせられていたでしょうね。その後は、どこかへ連れて行かれて、殺されてしまったかもしれない。その意味ではこの三人は命の恩人なんですよ。ありがとうね」
じいさんは、そう言いながら、ボクらの手を取って、強く握りしめてくれた。

「はじめに、このウィンさんの所に駆けつけたのは誰でしたっけ」
その時、ビリーが、ボクを指さして、「ジョンです」と言った。
「ああ、君か、怖くなかったの?」
「・・・ええ、怖いとか、そんなんじゃなくて、何とかして、このおじさんを救いたいとしか思いませんでした」
「へえ、君は勇気があるね」
「いや、そうじゃ、ありません。気持ちです。ボクの気持ちが、ボクがじっとしているのを許さなかったのです。それにここにいる友達のビリーとメリーがボクの気持ちを支えてくれたんです。考えてしたことじゃあ、ないんです」
「へえ、そうだったんだ。ところで、お嬢ちゃん、メリーさんでしたっけ?」
「はい」
「あなたが、警察署に通報したんだね」
「そうです」
「どんな気持ちだった?」
「とにかく夢中でした。これは危ないと思って、自分の家に戻って、ママにイチゴ畑で大変な事が起こっているから、警察に電話してと言って、ルルとイチゴ畑に向かったんです」

その時、側にいたルルとボビーが、得意そうに「ワン」「ワン」と一声づつ吠えた。

「ほう、そうだったのか。君は冷静だったね。それにここにいる白い犬が君の家のルルなの?黒い方の犬は何て言うの?」
ボクは、この質問に、思わずメリーのマイクを横取りしてしまった。メリーごめんよ。だけどボビーについてはどうしてもボクから紹介したかったんだ。そしてボクは得意になって言った
「ボビーです。おじさんとイチゴ畑を守っているボビーです」
「ウィンさん、そうなんですか?」
「ええ、そうです。何かある時は、息子にではなく、このボビーに話しかける位利口なヤツですよ。するとこの犬が答えてくれるんですよ。ボビーこれでいいか、ってやると、OKの時は「ワン」と吠えてくれます。そうでない時は、泣きそうな顔をして、ワシの廻りをうろうろするんです。ですからすぐ分かります。」
「随分、ルルとボビーはさっきから仲良くしてますけど、恋人同士なの?」
するとメリーが「ええ、最近相思相愛になったみたいです」と笑顔で答えた。

そこにインタビュー会場に、「パパ」という大声が聞こえた。それはウィンの息子のマイクだった。マイクは、じいさんに駈け寄ると、「パパ、ごめん、ボクが悪かった。こんな危ない目に合わせたのは、ボクが安易にあいつ等の口車に乗ってしまったからだ。あいつ等は、あのイチゴ畑の場所に大きな美術館を建てる計画を持ち込んできた。しかし今警察から聞いてはじめて知ったんだが、でかいギャンブル場をつくって一儲けしようとたくらんでいただけだったんだ。ボクは、ロンドンにパパを呼んで、一緒に暮らせればと、そればかり考えていたものだから、こんなことに・・・」
と一気にまくし立てて、じいさんの前で、一目も気にせず泣いた。
「マイク、ワシのマイク、もういい。もういい。泣くな。ワシの気持ちが伝われば、それでいい。あのイチゴ畑は、ワシの命だ。ワシの命が無くなって、ワシはどこで暮らせると言うんだ」
インタビューをしていた記者も、その場の雰囲気に引きずられて言った。
「マイクさん、あなたにとって、イチゴ畑は、どんなもの何ですか?」

マイクは、一瞬躊躇した様子だったが、ぼそぼそと答えた。
「ボクにとって、イチゴ畑は、パパを取られる憎い敵のような存在だったかもしれません。いつもパパは、朝から晩まで、イチゴの世話を焼いていて、ボクの方を振り向いてくれなかった。まあ今考えれば、そうやって一生懸命に、小学生の頃に亡くなったママの分まで、ボクを育ててくれたんだと思っています・・・パパ、ボクはイチゴ畑に嫉妬していたんだと思う。だから今考えれば、悪い男達の口車に乗ってしまったんだと思う。パパごめん。本当にごめんなさい」
ウィンじいさんは、泣きじゃくっているマイクを強く抱きしめてポロリと一粒大きな涙を流した。
 

すべてが終わった。ボクらはそれぞれパトカーに送られてめいめいの家に帰った。すでに夜の八時を過ぎていたが、ボクが、「ただいま」と大声で玄関のドアを開けると、ミミおばさんが駈け寄ってきて、ボクに抱きついてきた。
「この子は、本当にすごい子だよ。ウィンの所のイチゴ畑を救ったなんて、まだこんな小さいのに信じられないね。まったく、きっと神様が守ってくれたんだね」
「何で、そんなことまで、知っているの?」
「だって、BBCで放送したのよ。あのBBCがよ。「小学生のお手柄、イチゴ畑を詐欺師の手から救う」というタイトルで放送したんだから。それでね、アナウンサーも言ってたよ。まるで中世の騎士のような小学生だってね」

ボクはまんざらでもなかった。でも一番うれしいのは、何と言っても、あのイチゴ畑が、ずっとこの町にあるってことだ。今夜はいい夢が見れそうだ。

完結 佐藤
 


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2000.12.27