童話 未来人イラク戦争を見る


闇の空をノロノロと飛ぶ光りがあり、それが目指す巡航ミサイルであることを、ジョン・レイチェル二世は確認した。そして助手席に座っている副操縦士の、マイク・ヒロシマに大声でこのように言った。

「見ろ。戦争が始まった。我々の目の前で、愚かな戦争が始まった。21世紀の人間の心はすさみ切っている」
「まったく。弁護の余地もない。恥ずかしくなる。これが人間の本能なのだろうか・・・」

マイクは、目に涙をためていた。サーチ・ビジョンにスイッチを入れると、暗がりで、逃げまどうバグダッド市民が見えた。ズームスイッチを押すと、恐怖の表情で、空を見上げる母と子が見えた。見れば、母は、目が不自由な女性のようだ。多くの市民が、近くに設置されている対空砲の基地から、逃げ出したのだが、暗がりの中で、何かにけつまずいたのだろう。足をくじいて動けなくなっているのだ。2才位の女の子が、倒れた母の側で泣いている。母は、女の子の頭を撫でながら、見えない目で、迫ってくるミサイルの気配を感じている。サーチ・ビジョンを元に戻すと、ミサイルの光りが見えた。ミサイルが、二人の方向に向かっている、と直感したマイクは、素早く、コンピューターによって、ミサイルの標的となっている地点を割り出し、ミサイル着弾までの時間を計算した。ミサイルは、間違いなく、この母と子の上空に向かっている・・・。
今度は、マイクが大声で叫んだ。
「まずいよ。ジョン。」
「どうした?」
「ミサイルが、この母と子に向かって飛んでいる。ここには、多くの市民がいる。このままで行けば、ここにいる者たちの命が危ない。」
「どのくらいの時間がある。あと30秒だ」
「30秒?!」
「そうだ。」
「どうしようもないな」
「助けたい。何とかしたい。同じ人間として・・・」
「無理だ。我々には、任務があり、歴史が変化してしまう行動を律した時間航行遵守法がある。時間航行者として、どんなに悲しい出来事でも関わってはならない。そのことは君も知っているだろう」

「分かっている。でも僕は助けたい。見ろ。あの哀れな姿を。これを助けないのが、50世紀の地球の法律だとしたら、僕は犯罪者になってでも、二人を助けたい。」
「ダメだ時間がない。僕らの任務は、この愚かな戦争の本質を、50世紀の人間たちに正しく伝えることではないか。あの親子の映像は、既に撮った。それでいいではないか。」
「ジョン。君は何を言っているのだ。」
「見ろ。あの母の目を!」
マイクは、タイムマシンの船を、素早く母子の上に着けた。そして物質移動ビームを使って、二人を船のリラクゼーションルームに吸い上げた。
ジョンは、その行為を見守るしかなかった。
「マイク。分かった。僕たちは共犯だ」
「ありがとう。そういう訳にはいかない。僕が自分の責任において行ったことだ」
ジョンは、笑いながら、言った。
「気にするな。僕は、もうこの歴史の真実をレポートする仕事には、飽きていたところさ。1年の火星刑務所の強制労働をすればいいのだろう。少し火星で骨休めもいいじゃないか。なあ、マイク」
「ありがとう。ジョン、君の友情には感謝する。」
二人は、リラクゼーションルームに向かった。
母と子が、何が起こったのか、理解できないで、じっと船の壁を見つけていた。

「こんばんわ。だいじょうぶですか。」
「ええ。あなた方は誰ですの?」
「味方です。あなたを助けたくて、この船に乗っていただきました」
「味方。ではあなたもイスラム教徒?それともアラーの神さまのお使いですか?」
「そうではありません。味方は味方です。弱い人の味方です。」

それ以上は、言えなかった。口が裂けても、「50世紀から来たあなた方の子孫です。」とは言えなかった。船を安全な、地域に向けると、二人をそこに丁寧に送った。

闇の中を次々とミサイルが飛んで行く。レーダーに映らない50世紀から見ればガラクタのスティルス戦闘機が、イラクの上空を制圧する勢いで、次々とミサイルを発射している。二人は、この有様を、撮影し続けた。彼らは、もちろんこの結果、世界がとんでもない暗黒の時代に入って行くことを知っている。数週間して取材を終えてマイクが言った。
「ジョン。人間の歴史において、このイラク戦争ほど、馬鹿げた戦争はない。そんなテロップをビデオに入れたいがどうだ。」
「同感だね」
「21世紀の人間は、20世紀の人間より更に凶暴に、そして愚かになっている」

廃墟になったバグダッドの街に、朝日が昇ってきた。多くの死者が瓦礫の中に埋もれている。二人の未来人は、21世紀に二度と来たくない。そう思いながら、急いで50世紀に還っていった。犯罪者になることを覚悟の上で・・・。了

佐藤
 

 


2003.3.18
 

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