不思議な絵を見て

 


ゴッホ作 星空、アルル
 

ここに一枚の絵がある。実に不思議な絵である。

この場所が、川なのか、海なのかはわからない。ほの暗い夜空の上に、星が降るように輝いている。街明かりが、水面に反射して、黄金色にゆらめいている。この画面を見ていると、動きのないはずの固定的な画面のはずなのに、すべてが動き、変化しているように見える。

その中を二人の男女が、川縁なのか、海岸縁かを、画面の右から左へと歩いている。一瞬でも目を離すと、この二人が、画面から消えてしまうのでは、といった錯覚に襲われる。

もしもこのキャンバスが、宇宙そのものであるとしたならば、人間というものは、ただこの画面を一瞬にして横切っていく存在にすぎないのである。しかしながら、歩いていく二人は、寄り添い、甘い言葉をささやきながら、完全に二人の世界に浸っているように見える。しかし次の瞬間、彼らは、この画面から消えていく、絶対的な運命を背負っているのである。

考えてみれば、人間というものは、すべからく、この世界に生まれてきて、一瞬のうちに姿を消してしまう儚(はかな)い存在にすぎない。つまりこの絵が象徴しているものは、人間という存在の、一瞬のきらめきと儚さではないだろうか。

この絵の作者は、ヴィセント・ヴァン・ゴッホ([1853-1890]Vincent Van Gogh)である。この絵のタイトルは、「星空、アルル」(原題: Starlight over Rhone)となっている。オルセー美術館所蔵である。

知っての通り、彼の絵は、生前一枚も売れなかった。その理由は、彼の描く絵の個性の強さにあった。その絵は、余りにも、クセがあり、上手い、とか下手、といった既成概念を、超えた次元に達していた。別の言い方をすれば、ゴッホという画家の才能と絵の価値を誰も見抜けなかったのである。それでも彼は、弟の援助を受けながら、一生を絵に捧げ、精神に異常をきたしながら、37歳の若さで、自殺して果てた。まさに壮絶な画家人生であった。

この不思議な絵を見ても分かるように、芸術とは、実に不思議な力を持っている。

しかし残念ながら、我々凡人の目は、常に既成概念という色眼鏡で曇りがちである。真実の色を特定し、本質に触れるためには、この絵を誰が描いたか、ばかり気にするのではなく、その作品そのものの魅力とエネルギーに直接ぶつかるべきである。私が、この絵の作者を最初に紹介しなかった理由もそこにある。芸術家の価値というものは、その作品の良し悪しによって決まるべきものであって、名前や、値段などによって決定されるものではない。

この絵は、今年の6月オルセー美術館展で日本にやってくると言う。実に楽しみである。佐藤
 


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1999.04.21