日本社会の崩壊 

(1) 
救急医療制度

佐藤弘弥
 

日本という国家がどんどん壊れていく音が聞こえるようだ。

国民皆保険制で、健康に関して、世界中の国の中でも、比較的安価で、標準的な医療を受けることができた。しかし今、診療報酬制度の改正 により、医療 費は値上げとなり、特に地方においては、深刻な医師不足、看護士不足の傾向が強まって来ている。最近では、大都市の東京や大阪でも、救急車がやってきて も、運ぼうとする病院から次々と拒否を受け、運んだ時には、脳梗塞や心筋梗塞などの緊急性を要する急病患者が手遅れとなり、死亡したりするケースが増えて いる。脳梗塞や心筋梗塞など、治療技術は、それこそ日進月歩で、手当が早ければ、軽症で抑えられるケースでも、医師不足によって、患者に重大なマヒが残っ たりするケースがあるとすれば、残念なことだ。

特に酷いのは、少子化が叫ばれる日本社会で、社会全体が喜ぶべき「お産」において、急に産気づいたり、流産の徴候が逢った時、せっかく 救急車がやっ てきたにも関わらず、病院側から次々と運び込みを拒絶されて、妊婦さんが流産をしてしまうケースだ。大阪では、昨年だったか、母子ともに亡くなってしまう ような痛ましい事件があった。

これでは、政府が、いかに少子化対策と声高に叫んでも、「子どもを産むのが怖い」と若い女性が思うのは当然だろう。3年ほど前に、高野 山で産児適齢 期の女性がどんどんと減って、山を下りる傾向にある、という話しを聞いたことがある。結局、高野山には産婦人科もなく、数十キロ山を下った橋本市まで、運 び込むことになるために、高野山を降りて、平地で暮らすようになっているものだ。また生まれても、小さな子が居ないために、小、中学校の生徒の数もめっき り減り、ますます親たちは、教育環境の悪化を考えて、少子化が進むという悪循環となっているのである。

日本では1991年、救急救命士法が施行され、国家資格として救急救命士養成された。しかしあくまでも、この救命士は、医師の指示の下 に、救急隊員 の一翼を担う者であって、医師ではないのである。はっきり言って、現在のように、肝心の病院に医師が存在しない状況では、何にもならないということだ。

問題は、この救急救命士制度と病院の医師が有機的に結び付くことによって、はじめて国民の命を預かる制度が完成するものだと思う。つま り急病患者を 救うシステムは、郵便制度同様、全国民が、同一料金で公平に受けられる「ユニバーサルサービス」でなければ、意味がないのである。

例えば東京においても、たとえ救急車が来て、各区において至るところに病院が点在しているように見える大都市においても、実際救急車に 乗せられると、運び込む病院側の受け入れ体制がないために、たらい回しのような状態になることも日常茶飯事のようだ。

いっそのこと、赤字垂れ流しの「新銀行東京」などは、一日も早く清算し、都民の生命を守る意味で、都営の救急病院を各ポイントに設置 し、消防庁の救急車と一体になった救急患者や救命制度を条例化でもしてみたらどうだろう。

小泉政権以降、聖域なき財政再建という標語が、当然のようにして医療界にも適用され、ユニバーサルサービスであるべき救急医療にダメー ジを与えたこ とは明白である。ユニバーサルサービスの基本であるべき、「郵便制度」にも民営化という情け容赦のない実質的な値上げが行われ、ユニバーサルサービスとし ての郵便制度は、崩れつつある。医療の分野でも、同じことが、起こっているということである。

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2007.10.29 佐藤弘弥

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