偽善を見抜く眼の鍛え方


−サウンド・オブ・ミュージックの眼力−


ミュージカル映画の名作に「サウンド オブ  ミュージック」(ロバート・ワイズ監督  65年アメリカ映画)がある。有名な「ドレミの歌」で知られる映画だが、歴史的舞台は、ナチスドイツに占領されるオーストリアのザルツブルクである。ト ラップ大佐は様々な軍功により男爵の爵位を拝領した人物で、7人の子持ち。しかし妻に先立たれ、そこにマリアという若い家庭教師がやってきて物語が始ま る。

時代はナチスドイツが台頭する時代。軍人だったトラップ大佐に、その軍功とリーダーシップを見込んで、ナチに協力 することを迫ってくる。そしてナチスドイツはナチスドイツを占領してしまう。大佐は、子供たちを連れて故国を脱出し、アメリカへ移住することを決意する。

この話しは、実話(若い家庭教師のマリアの書いた自叙伝「トラップ・ファミリー合唱団物語」)を元にした映画であ る。先頃、このトラップファミリーの次女のマリア氏(92歳)が、NHKのドキュメンタリー「サウンド・オブ・ミュージックマリアが語る一家の物語」 (12月23日放送)で生き生きと証言していた。映画の話しも、実に心を揺さぶられるストーリーだが、真実の証言には、更に圧倒されるような内容だった。

私はこのドキュメンタリーで、何故、父親の軍人トラップ氏が、ナチ協力しなかったのか。この一点に注目した。ド キュメンタリーの次女マリアの証言によれば、父はヒトラーの演説会での演説振りや食事の際のマナーの悪さなど、その粗野な言動や振る舞いが、どうしても祖 国を幸せにするとは思えない旨の感覚を持っていたとのことだ。

つまり父トラップは、ヒトラーの正体を見抜いていたことになる。これはヒトラーやナチと一定の距離を置いていたこ ともあるが、状況を見抜く本物の目をこの人物が何ものかで獲得していたことによるものではなかったのか。

もしもナチの協力者になれば、一時期はそれなりの恩賞と地位を約束されていたはずだ。しかし彼はそうしなかった。 それどころか、すべての財産と祖国を捨てて、自由の国アメリカに渡る。

しかしそこでも苦労が怒濤のように押し寄せてくる。言葉、習慣、ナチのスパイではないかとの嫌疑をかけられる等 々、様々な苦労が一家にのし掛かってくる。でも彼女たちには、クラシックの基礎に裏打ちされた音楽という武器があった。音楽が彼らの生活を支え、そしてア メリカ中を「トラップ・ファミリー・シンガーズ」として旅に明け暮れる生活で、危機を凌いで行く。ふたりの息子は、ナチ占領下の祖国と戦うという辛い使命 を受けてヨーロッパ戦線に出征する。やがて第二次大戦が終戦を迎え、トラップ・ファミリーは、一家で農場を購入し、ヨーロッパ風のロッジを建設しながら、 徐々にアメリカでの生活の基盤を築き、アメリカの市民権も得たのであった。

さて、一家の大黒柱のトラップ氏のヒトラーという人物への嫌悪と協力への拒否の姿勢の背後にあるものを考えてみ る。この場合のヒトラーの正体を見破った眼の奥には、真に美しい音楽というものをベースを持っていたことも大きかったと思うのだが、どうだろう・・・。

2006.12.27  佐藤弘弥

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