映画「義経伝」覚え書き
−ファーストシーン−

 
【1 奈良の山中】
冬の夕暮れ。
雪を頂く白い山並みが続いている
日が赤々と燃えてやがて山の端にあっという間に沈む。
遠くで山鳥が啼く声がする
その時木々の合間から重くなった雪が
けたたましい音を立てて落ちる

「危ない気をつけて」と男の声。
びっくりしたように、幼子の大泣きの声がする。
幼子のアップ。
「大丈夫。さあしっかりあなた達。お父君のお子でしょう」と
大きな目が、胸に抱いた子を叱る。
すると、子は、何を思ったか、くちびるを噛んで、泣くのを堪えて引きつっている。
「もう少しで、僧院です。頑張って」とお付きの侍が、母と3人の子を励ます。
母は、目立たぬつもりが白い厚手の衣を来て、菅笠の紐をきりりと結んでいる。
胸に幼子の牛若を抱き、杖を付きながら必死で歩いてゆく。
歩いて行く五人の影。やがて小さく闇のなかに消える。

【2 奈良の山中】
夜。
侍の無骨な顔。しかし忠義が皺一本にも滲み出ているように見える。
男は小さな火を手に持ち、背中には大きな笈を背負い、凍えるような雪の中にあって、顔からは、汗が流れている。
長男今若(八才)は、次男乙若の手を取り、必死でついている。
後方で、二人を激励する常磐。

雪は止み、木々の合間から冬の月が、五人の行くてを煌々と照らす。
「さあ、もうじきですから、元気をお出しになって」とお付の者が、大声で叫ぶ。

遠くに、微かな明かりが見える。
今若と乙若が駆け出す。
「これ危ないから、ゆっくりと」と母が制止する。
制止するのも、聞かず、二人は光りに向かってゆく。
牛若の笑顔アップ。
何か感じたのだろう。笑っている。母常磐から白い歯がこぼれる。

【3 腰越 満福寺】
早朝。
義経の部屋。

「あっ」と大声を出して、飛び起きる義経。
傍らには、机があり、白紙の紙が書かれぬままにだらりと伸びている。
障子を開け、外をみれば、眼下に腰越の浜が見える。きらきらと波間太陽が照らす。
義経の眼に浮かぶ腰越の海。やがて視線は左に向かい由比ヶ浜の方向に向けられる。
顔には苦渋の表情がありありと浮かぶ。

一人の荒法師がズカズカと入ってくる。
「殿、どうかなさいましたが。山鳥のような大きな声を出されて」
「いや、何、幼い頃の夢を見ておった・・・」
「そうでしたか・・・。今日は大江殿に私と掘が直に会って、殿の心中を申して参りますれば、必ずや、ご兄弟の雪解けとなりましょうほどに、いま一時の辛抱でございますれば、ついては殿、短い文なり書いてくださいますよう」
「いや、文など、わしの性分には合わぬ。書かぬぞ。許しを請わなければならぬことなど、わしには何ひとつない。」
風が紙をはらりと机から飛ばす。

住職が入ってくる。
「いや。義経様、武蔵坊殿の申すようになさいませ。大江殿が必ず、良きお心遣いにて、兄君の誤解の糸を解いてくださるでございましょうほどに。」
じっと考えている義経。
「分かった墨を持て。でも短いぞ。わしの文は」
「では、先ほどの幼き日の夢でもお書きなさいませ」と弁慶。

・・・こうして映画は、腰越状をしたためながら、義経が自分の生涯を振り返る展開で始まる。

佐藤
 

 


2003.2.2
 

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