デマに騙されないために

−「デマの心理学」を読む−


 
「デマの心理学」(G.Wオルポート他著、南博訳、岩波書店1952年刊)という本を読んだ。その本によれば、「デマとは、特殊な信念の叙述であり、人から人へ伝えられるもの、・・・信じ得る確かな確証が示されないいないもの」と定義される。また「デマの原則は、広い応用範囲を持っており」社会的な行為とされ、「デマが、想起・忘却・想像・こじつけ」として拡がっていくが、その過程の中で「歪み」を受けると説明されている。

このデマの発生から拡散していく過程は非常に重要である。ある根拠のない話がが、一人の人物の口から出ると、それが別の人間の頭の中で、記憶され、一旦忘れ去られたように見えて、忘れ去られた所に想像力が働いて、そこに歪みというものが生じ、こじつけられたデマとして成長していく。それが別の人間に伝えられる。この過程が次々と繰り返される過程で、最初の出だしとは似ても似つかないようなデマとしてエスカレートしていくのである。

一旦デマが発生すると、そのデマをうち消すには、相当なエネルギーを必要とする。かつてアメリカにおいて、真珠湾を攻撃した日本軍が、アメリカ本土に攻め上がってくる。というデマが流れて、全米中がパニックに陥り、時の大統領のルーズベルが、そのデマを否定するために、大変に苦労をしたという話が、この本の中に記載されているが、デマは時に、社会を混乱に巻き込む力を持っている社会現象なのである。

デマが発生する時、そのデマが成立して拡散するための媒介となるのは、人間の恐怖心とか偏見のようなものである。つまり人間の心の曖昧な部分や漠然として不安のような部分につけ込む形で、発生し拡散していくことになる。そうするとデマは、「したらしい」とか「ようだ」とか曖昧な形で推移し、それが「した」とか「だ」という形でエスカレートし、真実味というものを加えて行って、世の中に拡散するのである。

このように考えてみると、我々人間は常にデマが発生しやすい、状況の中に暮らしているということが明らかである。だから時には、一見真実に見えるが、実はデマに過ぎないかもしれない、と自分自身の感覚を疑ってみることも必要なのである。デマというものも、一種の病に近いものであり、デマ症状に陥らないためには、デマというものの本質をしっかり頭に入れて置くことが大切ではあるまいか。要はデマかそうではないかを見抜く為に心に免疫力をつけておくということである。


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2001.3.23