「産経新聞(夕刊)」(2000.07.31)


パンク女性の"ビデオ日記"〜社会と接点希薄な現代若者像に迫る〜

 ビデオカメラを小道具に、社会との接点が希薄な現代若者像に迫ったユニークなドキュメンタリー映画『新しい神様』(土屋豊監督)が、八月五日から東京・渋谷のユーロスペースでレイトショー公開される。イデオロギーという大きな題目が、ビデオカメラの介在によって徐々に個人的ながら本私的な恋愛問題に昇華していく過程はまるで魔法を見ているようで、ベルリン国際映画祭をはじめ世界各国でも話題を呼んだ。

 この映画の主人公は、民族派パンクバンド「維新赤誠塾」のボーカル、雨宮処凛(かりん)。右翼の団体に所属し、ライブステージで「天皇陛下、万歳」と叫ぶ彼女が、バンドリーダーの伊藤秀人や土屋監督らとの交流を通じて、やがて自己を確立していく様子がビデオ映像で生々しくつづられる。特にユニークなのは、土屋監督から手渡されたホームビデオを使ってビデオ日記風に語る手法で、たとえばある夜、彼女は突然、「土屋さんは私のことが好きなのかも」などと独白する。ある記録映像作歌からは「こんなのは映画ではない」と叱責されたほどだ。

 「カメラを手渡した直接の理由は、彼女が北朝鮮に行くことになったので、その模様を撮ってもらうことでした。ただずっとビデオアートをやってきて、等身大に映し出すビデオならではの力を感じていた。雨宮さんは感が鋭い人なので、普通のインタビューだとメディアの中の自分を意識してしまう。取材者、被取材者を区別したくなかった。」と土屋監督。

 雨宮を対象に選んだのは、右翼の団体に入って初めて社会とのつながりが持てたという彼女の話に引かれたからで、虚無的な現代若者のありように敷延できるのではないかと感じたからだった。だが本気で「目指せ、主演女優賞」と宣言するような彼女の奇特な性格のせいで、映画はコミュニケーションの本質という部分に焦点が移っていく。

 「それまでは運動しないと社会なんて全然変わらないと思っていた。ライブでも閉塞状態から風穴を開けろと言ってきたが、そのうちビデオが私の風穴になっていった。私が考えていることやそのときの状態をちゃんと聞いてくれる人がいるというのが大きかった」と雨宮は振り返る。

 映画の最後、カメラを土屋監督に返さなければならないという場面で、彼女は猛烈に抵抗する。ビデオが彼女の神様になっていたのだ。「でも今は私が神様だと思っている。映画のおかげで自分の中の疑問が全部出てしまって、だれかに依存している場合じゃないということに気づいた」と言う。

 「大きな物語はもう終わっていて、これからは個人の物語をつないでいかないと何も始まらない時代だと思う。社会との接点に関する問題はこの作品である程度言い切った。とにかくこの映画を多くの人に見てもらって、若者にまん延する虚無感を取り払ってもらえれば」と土屋監督は話している。

(藤井克郎)


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