「毎日新聞(夕刊)」(2000.07.25)


民族はパンクシンガーを追う異色ドキュメンタリー『新しい神様』

 「本日も日本国、ヘドが出るほど平和です〜」と歌う民族派パンクバンドのボーカリスト、雨宮処凛の姿を追ったドキュメンタリー映画『新しい神様』が8月5日から東京・渋谷ユーロスペースで公開される。昨年の山県国際ドキュメンタリー映画祭の国際批評家連盟賞特別メンション受賞作。「コミュニケーションについて考えるビデオレターのような作品にしたかった」と話すビデオアクティビスト、土屋豊の手によって、異色の「青春映画」に仕上がっている。

 子どものころにいじめにあい、自殺未遂とビジュアル系バンドの追っかけを経て、今は右翼団体に所属する雨宮は土屋から手渡されたビデオカメラで自身の日常を撮影し始める。土屋に送り続けたビデオレターの中で、彼女は「なぜ自分が天皇をよりどころにするのか」を分析していく。

 「僕が彼女に共感したのは、世の中を変えたいと考えること自体、恥ずかしいとみなすような社会に対して抱いている違和感でした。じゃあ、どうするのかという方法は僕とは違うが、もとの部分は同じなので、論戦をする気はなかった。勝った負けたではコミュニケーションにならないから」と、土屋はいう。

 北朝鮮民主主義人民共和国を訪問したりして、よど号メンバーから一水会代表まで、いわゆる左翼、右翼など雨宮が会った人達が出演しているが、伝わってくるのは「自分が誰かとかかわって、その人が変わっていくという小さな関係性からしか、物事は始まらない」というテーマだ。「個人同士の小さな関係性ということで言えば、やっぱりそれは天皇制とは違うんじゃないかと僕は言いたかったんです」

 ラストで土屋は「雨宮さんはいつも『私は空っぽで何もない』と言うけど、そんなことはないし、僕にとっては必要な存在」というメッセージを送る。だが、それをドキュメンタリーの中に入れるかどうかは最後まで悩んだと言う。「でも、自分は何も発していなかったので、やはり入れることにしました」

 作品は今年のベルリン国際映画祭でも上映された。「『新車を取りかえるように思想を扱うなんて』といった反応もあり、ネオナチが今日の問題となっているドイツと、日本とのリアルさの違いが出て面白かった」と土屋は振り返る。「居場所のなささ加減というのは、分かってもらえなかったみたいです」

 今秋からは大阪などでも順次公開の予定だ。

(井上志津)


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