静かなる巨鯨

静かなる巨鯨



今日も、ここ、神奈川南部の、ある財団の研究所は、訪問者もなく、 静かな一日を終えようとしている。

彼は、地図という地味な分野を研究する学者であるが、財団に対する貢献が認められ、 いまでは、この研究所の所長という身分を与えられていた。

夕刻が近づき、彼は、日課になった”散歩”をするために、席を立って、”ガリレイ”と呼ばれる個室に向かった。

この建物の個室には、人類に様々な功績を残した人々の名前がつけられているので、この奇妙な名前は、一見、なんの違和感もない様にみえる。しかし、この名前には、財団の中でもほんの一握りほどの者だけが知る、ある、秘密があった。

彼は、部屋の隅にある、大き目のロッカーの前に立つと、小さな声で、何かをささやいた。すると、そのロッカーのドアが開き、彼は、中に踏み込んだ。彼は、ロッカーの口が閉じたことを確認すると、正面に開いた通路に進んで、正面のエレベーターに乗った。エレベーターがとまると、正面は T 字型になっていて、左側は、”今は”いささか不自然な形でつきあたりになっている。彼は、いつものように、右側へ進んだ。

正面のドアを開けると、そこは、研究所とは雰囲気を異にする部屋である。彼が
”ご苦労さん。今日も頼むよ。”
と言うと、警備員は、
”SFJ”
と答えた。彼は、軽く左手を上げて会釈すると、また、ドアをあけ、部屋にかかった”網膜チェック用”のレンズに、両目を軽くあてた。
”音声認識だけだと面倒でなかったんだが...”
彼は、独り言をいうと、OK の文字の表示を確認すると、開いたドアをくぐった。

そこは、管制室のような部屋だが、正面の窓は不自然に分厚く、金網がはいった強化ガラスになっている。窓の外側は、地下とはとても思えない空間が黒々と広がり、シャープな外観を持った、金属の固まりが、巨体を横たえていた。一見、潜水艦のようにも見えるが、巨大な”主翼”を持った、そのマシンは、暗い空間のわずかな光の中で、”MJ”という文字をかたどったエンブレムを輝かせている。

”なあ、MJ号よ。おまえの飛んだ世界は、すでにない。イデオロギーを基準に世界を分ける思想も存在意義を失いつつあり、重厚な戦略兵器を多用した東西対立も、いまでは過去のものとなっている。我々が共に戦った敵組織が、まだまだ人類の監視の行き届かぬ海と空を蹂躪し、”大艦巨砲主義”的な戦略を持っていたがために、おまえは生まれた。だが、そのような戦いは、すでになく、おまえは、今では最新兵器を保有し、原子炉を抱いた危険物として扱われている。

思えば、矢吹さんが亡くなられる前に、言われていた、
”これからは、我が国が、従来の価値観の範疇で正義を口に出すことは困難になろう。イデオロギーによる対立、 大国主義による他国干渉というものが影をひそめると、大国同士の武力抗争は、終わりを告げるだろう。 そこには、武器を使った争いは亡くなるが、より高度な 経済事件、国益を守るためのスパイ事件が闇の世界で続発する ”平和”が訪れる。 それは、我々が MJプロジェクトを計画していた時代には、全く予想されなかった ”平和”なのだ。組織としての MJは、残っていい。だが、MJ号に関しては、 民生用の技術を公開し、軍用技術を封印しなければならない”
という言葉が、ほぼ現実となりつつある。MJは、どうあるべきなのか....


彼は、ロッカーの中にあった、すでに傷みの目立つファイルを開いた。 彼にとっての転機となった、組織の活動停止を決める際の、会議の資料である。

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民生転用可能な技術項目

  • 投下用消化剤のノズル形成に関する技術
  • 重量物牽引用のウインチの制御技術
  • 高度に自動化された、CAD、CAM 技術
  • 近距離用高速鉄道運用技術
  • 音声認識技術
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純軍事用技術....
  • 多目的推進装置および噴射口の製造技術(飛行から潜行に移行する際の温度変化に対応)
  • 機内施設破壊時の消火、対爆発防御技術
  • 推進装置の即時切り替え用の推力制御技術
  • 航空機離脱口密閉技術
  • 高出力ビーム兵器におけるエネルギー集束技術
  • 対移動体誘導航行システム製造技術(アンチミサイル)
  • ユニット化を伴う航空機製造技術
  • ユニット化を可能とする高精度な表面研磨技術
  • 円形翼航空機の飛行制御技術(コンクルーダー)
  • 航空機搭載型高精度レーダーシステム(エキゾスカウト)
  • 少面積翼型航空機の飛行制御技術(ピブリダ−)
  • 自動操縦、遠隔操縦装置(ピブリダ−)
  • 大型航空機飛行制御システム(MJ の飛行中のカタパルト使用に関する技術)
  • 高揚力実現のための翼制御技術
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彼は、ここまで目を通すと、自分達の組織が活躍した昭和40年代から、我に返った。 自分は軍国主義者でもなければ、組織至上主義の人間でもない。だから、現代の、(表面的には)自由が 以前よりも重視されるようになりつつある傾向自体には不満はない。だが、いま現在の 社会状況を思うと、自分達の活躍が、本当に人類の為になっていたのか、ふと不安になるのだ。
彼は、しばらく、MJ号の姿をみつめた後で、意味もなく、部屋を歩き回った。 壁には、作戦中に命を落とした2名の額が飾ってある。 いま、かって、その部屋で行動を共にしたメンバーは、数名を残し、ほとんどが、一般人の生活に復帰している。 日課のように、この部屋を訪れるる彼は、ひとり、取り残された存在なのかもしれない。

部屋を出て通路にもどった彼は、正面の、封鎖されている壁を見つめた。かっては、その先は、別の”ガリレイ”につながっていた。 だが、左に向かうと、現在のガリレイ、そして、彼の日常が待っている。

彼は、もとの部屋にもどると、帰り支度をして外に出た。同じ建物から出てきたOL風の女性達の一人が、彼に声を掛ける。”当(あたり)さーん、また、お部屋で本を読まれていたんですかー。たまには早く 帰って、奥様にサービスしてあげてくださいよー。”

当は、うなずいて、軽く手をあげると、守衛室前を通り過ぎて、駐車場へ向かった。その姿を、いまは銅像となった矢吹郷之介が、やや微笑んだ顔で見守っていた。



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