いつもの丘



先生と子供達が 丘の上にかけのぼるシーンに LD で再会したとき、”自分が観たかったのは、 実は、このシーンだったのかもしれない。”と、ふと、思いました。
「好き!すき!!魔女先生」という番組については、思い出の一部をホームページに 書きましたが、当時の私には、先生の活躍する架空の世界が、まるで自分の住んでいる実在の世界であるかのように感じられました。(というより、こうあって欲しいと 思っていたのかもしれませんね。放映時期は、日本の教育制度のほころびが どんどん問題になっていた時期でもあったような気がします。) 同時代に子どもであった、この番組のファンの方々にも、やはり、同じような 感情を抱いた方々がたくさんいらっしゃったようです。中には、この番組を 観て先生という職業にあこがれ、ついに本当の先生になられた方さえもある そうです。

LD を購入してから数年。たまたま、撮影場所であった学校の名前を知り、この 丘も、学校のそばにあるに違いないと思って、学校のまわりを捜してみました。 でも、残念ながら、それらしい場所は見当たりません。世田谷の岡本付近は、 確かに高低のきわだった地形が多いのですが、国分寺崖線のあたりというの は、画面で登場する景色とは、明らかに違っています。私の期待は、ここで、 むなしくさめてゆきました。

そして、時は流れ、私は、丘捜しのことなど忘れて、王禅寺付近の公園を撮 影しにでかけました。公園は、小高い丘のようになっていて、周囲の風景を見下 ろすことのできる素晴らしい場所です。景色にしばらく見とれていましたが、”いつもの丘”のことを思い出し、じっくりランドマークを確認してみました。でも.... どうも違うようです。平らな構造物が見えません。


その後、Web がきっかけで知り合った方から、”番組の1話目に、バス停の 名前が写っている場面があるから、1話目の現場は特定できるはず。”との アドバイスをいただき、ついに、もう1つの謎であった、”主人公が初めて登場する場所”がわかりました。でも、 ”ついでにあの丘も、発見できるのではないか?”という期待 に反し、付近には、丘は見当たりませんでした。

そして数ヶ月。こんどは、番組のファンの方から、”ご神木のような ものが写っているから、神木という地名のあるあたりではないか?”という ご指摘がありました。見晴らしのよい数箇所をチェックしてみましたが、やはり、これも違っています。

それならば...ということで、こんどはアプローチの仕方をかえてみました。 国土地理院の地図を数枚購入し、いままでみつかったスポットを含むエリアを すべてチェックしてみようと考えたのです。
(”おそらく、生田スタジオ周辺だろう。当時の東映さんの 事情からすれば、間違いなく、この周辺にあるはず。”という、無謀な 判断をしていました。あとから考えれば、あながち、間違いともいえない判断ではありましたが。)
さっそく、購入した地形図を使い、高圧線が画面と平行に走っていること、うしろに、細長い構造物があること。などを目安にチェックしてみましたが、どうも、これだけでは 決め手に欠けるようです。
今回の丘捜しの重点ポイントである川崎の西部には、鉄塔が多いのは間違いありませんし、土地のでこぼこが激しいところが、やはり、画面の風景に似ています.....
近所にすんだことがあるとおっしゃる方から情報をいただいたのは、この頃 だったでしょうか。現場付近の景色が大きくかわってしまっているという お話にショックを受けたのは確かですが、”画面の左寄りに見えるのは、 長沢の煙突です。”というお話に勇気づけられて、地図を見ること数回、 もうすぐわかるのだ...という期待に、年甲斐もなくわくわくしてしまい ました。 でも、この時点では、私は、いくつか思い違いをしていました。 丘の場面が2種類あること(先生のかけのぼる場所と、子供達の かけのぼる場所は、すこしずれているということ)、そして、先生の後ろに見える 平らなものが、東名高速ではないことに気づかなかった私は、何度地図を 見ても、現場の特定ができず、折角の情報を、まだまだ信じることが できませんでした。

そして、また数ヶ月経ち、現場付近の様子をご存じのファンの方が、 ”あれは、弘法の松公園から撮影したものですよ。”という意味の 書き込みをしてくださいました。こんどこそ、本当の”丘”のようです。 私は、すでにここを1度訪問していますが、なんと、平らな構造物が、 造成地の石積みだったことに最後まで気づきませんでした(要するに、道路と家の高低差を埋めるための石垣みたいなもので、今も残っているそうですが、今の場所からはっきり見えるような性格の構造物ではないのです)。こうして、 自分のすでに通りすぎた風景こそが、自分の捜し求めていた風景だった というおそまつな結果で、丘捜しはあっけなく終わります。

ところで、”いつもの丘”という名前は、誰のつけた名前なのでしょうか? 番組の中で、そのようなせりふを聴いたことは、おそらく1度もありません。 また、私自身、自分が、いつからこの呼び方をはじめたのか、はっきりわか りません。でも、名前なんかはどうでもいいのです。ここは、20 年以 上も前に、先生と子供達が駆け上った、”いつもの丘”に間違いない のでしょうから。

その後、別のファンの方から、旗野先生が”みんながいつも絵を描いている、 あの丘ですよ。”と話している場面があるんですよ、ということを伺いました。 たしかに、そういう場面が、番組中にあります。
この部分を書いているのは、まだ3月ですが、あの丘も、 そろそろ春めいて参りました。ファンの皆様、お時間の あるときに、ぜひ訪問してみてください。



( ”丘”の写真は 1999 夏、2000/2 撮影 )


いつもの丘への道



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