「ZONE V」 
   
『Es崖線』第27号(2014年5月)掲載



                                 いく か
 未曾有なる一事ありたるかの日より視えざる雪の幾日降りつぐ

 その夕べ母を送りぬ天命に死する最後の肉親として

 終わりゆく世とぞ思いし きれぎれに届く深夜のラジオの声に

 糧食の尽きたるのちは是非もなく出でゆかむとす未踏の野辺へ

 空に向け裸身さらせばさらさらと星夜ひそかに降るもののあり

 人気なき街路を訪ぬ人として生きゆくための途を探して
                        こやみ
 何かしら潜めるごとき隈々を避けて濃闇の只中を行く

 生き残りたるも運にて紛れなき弱肉なればただに逃ぐるも
 ひとがた
 人形のままに歩めりひりひりと沁みる大気と光の中を

 ここいまだ娑婆であることマンホールの蓋をいちいち踏んで確かむ
                                たぎ
 地下深く太き?体をくねらせて海へ海へと向かう激つ瀬

 無人街に霊もさまよう帰るべき新たなる場所ついぞ知らねば

 無窮なる時間の流れつつがなき時計随所にありて刻めり

 忽然と客ら消えたり明日への糧それぞれのカゴにのこして

 空ろなる身を寄せ合いて教室のうしろにぶらさがるランドセル
                          じねん
 もう開くことなき窓に閃くは朝な朝なの自然の光

 前世より吹きくる風にあおられて侘し万国旗のどの旗も

 勝者らの未来のために造られしシェルターばかりやたら遺れり

 陽に雨に日ごと洗われ行き止まりの軌上に停まりいたる無蓋車

 興亡の跡地に建ちておもむろに身ごと遺物となる郷土館

 思うなかれ 戦いありし遠き日の鎧兜の中身のことは

 今は空しく地に打ち置かる綱ひもの犬馬つながれおりし一端

 溜まりゆく塵 ひもすがら寝ころべる石の仏の浅き眼窩に

 清流の底なる泥に靴ふたつ右と左と沈みていたり

 羽もたず生まれつければ限りある地上ひたすら果てへと歩く

 会う人のすべては敵と決めてより生きてきにけり不戦の日々を

 裏ルール破らるるとき隔てなく世界は人に牙剥くならむ

 厳として視界を阻む長堤の彼方一羽のかりがね揚がる
                  わざわ
 いつか強者となりて治めむ禍いののちのつましき現し世などは

 振り向きはしない 無疵のこの肩がぎゅっと何かに掴まれるまで