「ZONE
U」
『Es廻風』第21号(2011年5月)掲載
霏々として雨降り注ぐいくひらの今朝翔び立ちし蝶のつばさに
大宇宙に抱かれいたるこの星の地平はるかに果つる夕焼け
潮だまりに浮かべる青き月球のひとつひとつに水族の棲む
こうべ
獣らは頭を掲ぐ遠きよりかすか兆せるものある朝に
千尋の谷間の夜にこだまして虎狼あるらし声のみ聞かす
はつなつ も
初夏は露けき気配あら草の繁る野の面に四つ葉も混じり
細き魚あまた群れいるせせらぎに注ぐ酸素と光の粒が
海獣と云える種ありて波間よりときおりふいに見ゆるその角
松が枝に巣がき終わりしのちの日は来むべきもののしきりに待たる
ち
清らなる流れ好めり啄むによき形もつ小さきものらは
足もたず生まれきたれば自らの長さ頼りに歩むくちなわ
蟬時雨降りしく樹下に空蟬はすがるでもなくとまりていたり
う ば た ま
地に何かむさぼれるあり烏羽玉の双の翼のはためく下で
さ よ
な か
小夜中を眠れるうさぎ駆け出だすときの形に腿を並べて
円らなる双の瞳を先立ててももんがあ飛ぶ真闇の森に
日照り雨たちまちに過ぐ青天下雲の影よりひととき遅れ
水蒸気ほのかに昇る宙天に虹うすれゆくまでの時の間
どくたけ
いっぽんの軸の穂先に傘ひらき毒茸は夜しぜんに灯る
とうろう
影うごく毎の一振り蟷螂は枯れ葉色なる斧ひらめかす
綾なせる枝の網目のそれぞれを洗うごとくに空の満ちくる
明日よりの笛が聞こえる木枯らしに各一対の耳をさらせば
く
地上なる大気緊まり来きしきしと結氷の音ひびく星の夜
少しずつ呑まれゆく雪なぎさへと寄せては返すやさしき波に
し し
夜もすがら孜々と巡りて月白は虚空に緩き弧を描きたり
さわ だ
あかときの池水にわかに騒立たせいずれ蚊たらむ虫らが孵る
太初なる星の地表に茎伸びて春には春の花ささげおり
たんぽぽ
生温き風のささやき蒲公英のまだ飛ぶ前の綿毛を誘う
お
何かまた降りきたるらし海辺なる丘の四角い堂宇の屋根に
蔓草にも膨らむつぼみ燦爛とかつて希望の火ありしところ
幻にあらず 未来は過去に似てかくうつくしく始まらむとす