「雨天決行」
     『Es間氷期』第16号(2008年11月)掲載



   切っ先のかたちよろしき宝刀をあてなき明日の武器として買う

   よからざる決意とともに覚めし目にやけに気高き霊峰を見る

   新天地はまだ遠いけどみんなへのさようならだけ言い置いて発つ

   良い子だと言われし過去を糧としてこのたびは人も自分も騙す

   予報では雨、それのみを破滅かもしれぬ今日へのはなむけとする

   先行きのわからぬことはとりあえず決めた時間のとおり行う

   いつだってこうだ 決意を鈍らせるヤバい頭痛としばし闘う

   しかるべき場所へと向かう借り物の車中おのれの席を確かむ

   やる前に捕まらぬようどしゃぶりの雨中しきりにブレーキを踏む

   覚悟ならある。いや、ないか。まだ少し早ければ道の駅にて休む
            
いしぶみ
   ケータイは奇しき碑 ここだけの話あまさず指にて刻す
                                  
まみ
   行きなずむ車列なかばのつれづれは青き忠犬像にも見ゆ

   日曜日だけ開かれる天国の手前まで来てひとたび停まる

   薄らなる湿り残れる玻璃窓に日射しの色をしばらく見凝む

   真っ青な空がこんなに恐ろしいだめな自分をもいちど責める

   時間です。これが最後の旅立ちと重い扉を隙なく閉ざす

   赤信号無視して走れ! ゆるゆるの脳にうるさい指令が届く

   夢でなくこれから起こる出来事がひどく明るい視界に映る

   標的となりし謂われも知らぬげに鳩たちがわっと群を乱せる
                
ちちはは
   あの夜に消え去る前の父母の痛い期待をようやく払う

   精神を宿せるやわき肉体に深く両刃の剣がめり込む

   ビル街を見上げたりつつ二度三度捨てさせられし誇りを思う

   正と邪といずれともなき犠牲者が道のほとりに臓腑を垂らす
                     
やさ
   賢弟を含む一家に団欒もありし恥しき日を懐かしむ

   行きずりという縁ありて流されし血のにわたずみにわかに嵩む

   彼女ではないひとのこと手放したエロゲーのことその他を悔やむ
                           
 かいな
   尽きなむとする命さえ路上では赤の他人の腕にゆだぬ

        *

   計画は中止にします。尾を提げて帰りの道を犬が駆け出す

   罪犯すことなき白き手と足をきついツナギに無理して嵌める

   たぶん終わりの始まりだけどもういちどやってみる初夏ふもとの町で