「海の生きもの」 
         
『Esほぅ』第25号(2013年5月)掲載


                      みなも
  一枚の紙のごとくにひらめきて水面に浮かぶ春の光は
                              ふ    みなわ
  海上に風のありしや泊まりたる船の底より降りくる水泡
                            
  浮き沈みしつつ透きゆく羽ありて殻なき奇しき天使の貝が

  ほたるいか昇りゆきたり神秘なる月の光にするどく引かれ

  幾世代超えて生き来し源平の世より憤怒の相もつ蟹が
                 みなも
  鳥たちの休みておらむ水面より小さき二本の足を垂らして

  ウニ一個とげとげしきが何ものかしきり食いおり下なる口で

  敵去りしころおい髪膚うち広げ砂上にイソギンチャク咲きほこる

  瞬かぬ星形ありて海中を太き五本の腕にて歩む
   おおうみ
  大海は天地の始めホヤになるまえの幼きものらも泳ぐ

  彼方なる浄土を指して砂中より左ヒラメが両目を凝らす

  エイたるもの突如浮上す砂底を平たき双の鰭にて叩き
                              おの
  甲羅ごと身をば浮かばすウミガメは櫂なる己が四肢を用いて

  行く末は運に任せて凡愚なる大魚の腰につく小判鮫
                             うしお
  丈長くしてやわらかき沖つ藻の靡く先へと潮は流る

  沈黙の青き四海のはたてまでイルカの声がときおり届く

  太古へと帰りゆくなりシロナガスクジラ重たき腹部をゆらし
                        
  幻の帝国目指し海底をいざりゆく彼の大和武蔵が

  敵すでにあらざる海にさまよえる魚雷回天 人なきのちを

  海行かば水漬く屍は大君の辺に多かりき万葉以来
   せんじん
  千尋の海の底ひの真闇にも魚ありて灯はみずから点す

  深間なる広き空ろをリュウグウノツカイねじくれつつよぎりたり

  わたつみの海の内なる山の辺を歩みゆきたり化石の象が
       いわお
  深海の巌のおもていきいきと古代生物ウミユリ揺るる

  人知れず藻屑となりし魂魄のあまたありけり天災以前

  生前の記憶はとみに薄れつつ水中界をそぞろに歩く

  再びの生として生く死してより元素に還るまでの月日を

  新しき命生まれ来うつせみの屎尿汚泥も混じれる海に

  かつて世に生きいしもののもろもろが集いきたれり海溝底部

  英霊にあらずといえどひとつずつ召されてゆかむさらなる深み