「愛のかたち」 
         
『Es囀る』第24号(2012年11月)掲載



  他人同士なのがくやしいおはようの声が毎朝さわやかすぎて

  好意から行為に至る道のりの長さ いくたび晴れてまた降る

  他意なしといえぬ視線の恥知らずひととき合いてのちに逸らさる

  安からぬ想い伝えるためにならちらちらなんて見たりはしない

  絶対に気づいてるはずうつむいたときの睫毛の震えでわかる
                                  コク
  事務的とはいえぬ程度にきっぱりと社内メールで告ってみたが

  遠ければ遠目にて読むこの指に触れしことなき胸の内側

  真情は控えめに書く和紙箋の少し太めの罫線の間に

  直筆ならきっと届くと付け文はつつましく置くデスクの隅に

  一通ですむはずもなく出すたびに残ってしまう本音の一部

  拒絶の意いまだ定かにあらざれば怖めず臆せず押すのが基本

  辞めることよりも気になるそのひとの一身上の都合の中身

  尾行にはわりと向いてる街灯の備え全き住区の夜は

  先回りはしなくてもいい見届けるだけが最初の目的だから
                       ひ
  街路より仰ぎ見おれば点りたる灯がカーテンをしとどに濡らす

  凜として彼我を隔つる玻璃窓に親しからざる影の動きぬ

  人ひとり眠れる部屋のベランダに月影ひそと溜まりゆく夜

  朝らしい靴音させて生白き脚から先に階下りてくる

  大事なのは知りたい気持ち お互いが大の大人であったとしても

  袋ごと全てが燃えるゴミになる半透明のこんな世界で

  もはや世にいらざるものの中にこそ起死回生の手掛かりはある

  つけ回すなんてしないさ下車駅と出口くらいは知っているから

  思慕なるはきりなく募るいつにても隣の車両ほどの近さで

  自動ドア開けば見えるきのうとは違うおまえの生きてる場所が

  偶然から始まる恋でありたくて日々ひたすらに励む待ちぶせ

  本気だと気づかせるためふれられぬ花は芯まで見尽くすつもり

  にんじんも犬のしっぽも理由などなくて追われた距離だけ逃げる

  力こそ正義、じゃないが後ろから摑むなら腕、抱くなら腰を

  素手もまた武器と気づきぬ痴漢ですと言われあえなく押さえられつつ

  やったのかと言われればやってないけれど、本音を言えばいつかやりたい