「辞世にあらず」 
   
『Es風葬の谷』第28号(2014年11月)掲載



         いごん
 いくそたび遺言したたむ永らえば白寿近ごろ珍らしからず

 筆談はスマホで交わす曽孫、孫、子ら矍鑠の文字も覚えて

 
天国より地獄に近き天井の向こうの空を今朝は見ており

 
いつくしき身にてい行かむ腐れたる臓器ひとひら俗世に捨てて

 来世まで持ちてゆきたし馴染みたる古き毛布の匂いと色を

 風がまた何かささやく今はもうかっぽじっても聞こえぬ耳に
        ち
          ひ
 暮れ方の小さき部屋ぬち灯ともせば急に細かくなる畳の目

 またしても先に逝きたる愛猫の長き尾を立てときおりよぎる

 レンズ二個眈々とあり寝るときはここと決めいる眼鏡置き場に

 大吟醸の味も覚えて酒豪とはもはやいえざる末路を行かむ

 行く先のもはやあらねば遅々として歩めりきのうと同じ街路を

 衆目に肌身をさらしいつの世もたまにころりと負ける横綱

 果て知れぬ未来生きおり淋しすぎて死んでしまうと歌いし歌手も

 ニュース皆あさましければ字幕より見る目さやけき手話を好めり

 やけくそで祈ってもみる虚しかりし政治の季節また来るように
                けちえん
 傷つけぬようにやさしく血縁は薄き襖を隔てて、いつも

 打算などなくて無償の愛という種蒔く人でありしかの日々

 体だけの関係じゃない亡き人のなんで迎えになかなか来ない

 また伸びた気がする余命 週刊誌の写真ページがアダルトすぎて

 千人斬りの手柄話も死んでから閻魔にみんな聞かせてやるさ

 いさおしを立つるそのたび血塗られし剣の正義を疑わざれど

 おしなべて初めは勝てる味方以外人にあらずと信じていれば
           は
 鬨の声挙ぐる栄えよりどちらかといえば銃後で浮かれたかりし

 搔き捨ての恥のしらつゆ敵地にて敵のものたる女体に注ぎ

 どんな草どんな肉をも糧として敗残の兵還り来たりぬ

 食うためは生くるためにてペコちゃんの舌なめずりもおかしき戦後

 生んで殖やしただけではないぞ 団欒の真中にありていたく父なる

 平和なる世ではどいつも名ばかりの戦士くるくる国富を増やす

 悪夢より覚めたる真夜の枕辺に縁なき死者のこのごろ多し

 あとはまかせる とはいえ奴ら頼りなくあれば遺してゆかむ干戈を