「家」 
   
『Esマナ』第26号(2013年11月)掲載



 無常なる世の常にして死なざりし誰ひとりもうここにはおらず
                                ち
 コンセントに抜き差しされし鉄の爪いく対あらむ小さき家居に

 屋根の下に居て知らざりきテレビ用アンテナの立つ妙なる角度

 何もかも見られてたのね窓のそと空を横切る架線を透かし

 遠慮なく置いて行きなよ先のある旅には要らぬあれやこれやは

 カーテンの外されしのち点々とリング残れりレールの幅に

 壁にひとつ何の証かほんのりとシミあり 見えるときだけ見える

 下ろされて便座ことなし太腿の代わりにずっとふたが載りいる

 決して地に届きはしない星の夜を玲瓏として屋根に降るもの

 天井は梁にて支うこの世なるどんな両手も届かぬ位置に

 新しき住みびと待たれいる家のいずこか知らずときおり軋む

 押し入れの闇の真上になお深き闇あり天の袋とぞ称ぶ

 床下の暗がりのなか家ごとにひとつ奈落が口あけおらむ

 おそらくは精霊ならず下駄箱や棚の隅にてこそと動ける

 湯浴みなすものあるらしくひたひたと水音きこゆ玻璃戸の内に

 わけなんかもはやあらざり 窓、鴨居、厨のあたり念の残れる

 踊り場をおんなじ向きにひとりずつ曲がりて昇りゆきたり空へ

 存在を匂わせたくてさやさやと裾を畳に擦りて歩めり

 このうらみはらさで、などと言うほどの恨みつらみもあらで生きたり

 食器、鍋、刃物……。シンクに重なれるそのいろいろがしあわせでした

 終わりだけ思い出せないこの家にかつて流れし円居の時の

 ドアノブがまた遠くなるさよならを言いそびれたるままと気づけば

 あの日身に下されし手の雅なる持ち主のこと夜な夜な思う

 想像にお任せします未来ある人に聞かせる話じゃないし

 爪あとは残しておくわ未練さえ捨ててしまった自分のために

 化けて出てみるも一興いじらしくいたく一途な女のなりで

 報いたい一人がそこにいないとき誰でもいいって本音の声が

 観覧車止まらなくなり永遠に二人っきりのヤバすぎる夢

 取り殺す、取り憑くなどはしないから来てよ連理の道づれとして

 家に歴史ありとは知らず 知らざればうきうきと一家挙げて越し来ぬ