「人体戯画 U」 
    
『遊子』第23号(2016年12月)掲載



 仄暗き頭蓋に棲める緋の色の魚あり 魚を長く泳がす

 可愛いね、可愛いねって、ほっぺたをつんつん爪は立てずにつつく

 まず顔をあげてごらんよ生まれつき絞められやすいかたちの首で

 風吹けば乾けるまなこ 目つむりて眼窩の水にときおり浸す

 唇より舌でするキス。今のうちに舌の数だけ数えておくの
           お
 節多き指にて圧さう体中でもっとも凹む余地あるところ

 行きずりの耳また耳に刺さりいる塞ぐものにはあらぬイヤホン

 寝ねおれば鼻の穴より現し世の虫のごときが出でてゆきたり
             そら
 ビール腹の内なる宙に降りしきる燃え尽きざりし来し方の塵

 傷いくつ癒えたるのちの晩節をそびら平らかにあれ 見えねど

 死ぬための痛みならざるくやしさに痛風病みの足を引きずる

 彫像となりてし立たむ一枚の空を両掌の窪みで支え

 前世のなごりのごとく人ら持つ エラ、ヒレ、ウロコ、ウキブクロなど
             にじ
 いしぶみのひびに滲みて永遠に終わることなき無数の死後が

 歴史には刻まれざれどヒト型の五体を持ちてまた生まれきぬ