「A」 
  
『Es蝶を放つ』第30号(2015年11月)掲載



 あくまでも一羽の蝶として放つあまた瞳の見つめいる野へ

 そこもまたひとつの世界 無辺なる頭蓋の内の空へと飛ばす

 降りてきて地上にとまれ原罪にはあらぬ己の罪の報いに
                        ひとよ
 模範囚たらざるがよし死するまでの一生が人の刑期とすれば

 違う名でまた生きてみむ永遠にあがないきれぬ過去と未来を
                                 おゆび
 逝かせたる命の数をかぞえつつ念珠つまぐる細き指に

 血に塗れし記憶もつ手に押しやりて床の湿りをモップで拭う

 本気らしく差し出だされし父の手を押し返したり蟬鳴く夜に

 思い出しちまうじゃねえかまだ少し人間たりしころの所業を

 開けるたび次が出てくる入れ子雛 空っぽなんかじゃ決してないんだ
            さが
 儀式好きは世の性にしてわりなけれ ひとり密かに悪なすときも

 負の数にはならないように冷えすぎた空気は絶対温度で測る

 蛇蝎とはそこが異なる 背徳は快楽なるを知るもまた快

 人、獣、虫の命も均しきと知れりパチンと潰す刹那に

 よく言うわ 知らぬが花と人だけはいまだ殺さぬ世間のひとが

 鈍器刃物、水より重きものどもはただちに沈む 祈らざれども
                      まなこ
 頭という丸きオブジェの中ほどに眼ふたすじ閉じおり死後も
          へんげ
 世界まるごと変化始めむ観音像の千手一斉に合掌なさば

 見目のみこそ美しくあれ疵多き心に代えて鍛えし肉は
 かたぶつ                         つな
 固物なる金属どうし情よりも熱き鋭き火をもて接ぐ
              こさ               ち
 反故となりし紙にて拵う手のひらに載すべき小さき天使の像を

 オフィスビル窓多くして元少年少女ら蟻のごとくひしめく

 透明でなくなりてより自画像は人の形に収まりがたき

 たましいに似るものなべて妬ましとすりこぎ棒にて擂るなめくじら

 奇想の花咲き乱れおり脳内にミサイル一機炸裂ののち

 哺乳類は中途半端に軟らかく目玉もっとも飛び出しやすし

 胸襟に棲みておらぬかそれぞれの魔物と呼べば呼べる何かが

 ありてなきがごとしといえど言論の自由は人でなしでも掲ぐ

 けんけんと聞こえよがしに鳴かずとも雉は誰かが仕留めてくれる

 日に一枚めくり続けよイニシャルがAでなくなるまでの月日を