金持ちになる話

 
炭焼藤太異聞

 

昔々、今から九百年も前の話である。みちのくのある村に、炭焼きをして暮らしている貧しい藤太という若者がいた。顔は真っ黒で、着ているものと言えばいつも同じで汚い。当然、嫁に来るものもいない。

「あんな汚い男と結婚するんだったら、サルと一緒になった方がましね」若い娘っこが、そう言ったかどうかは知らないが、藤太を好きになる物好きは皆無だった。それでも根が真面目な藤太は、今日も自分の山で作った炭を売りに、愛馬のアオの背に炭を山と積んで、町の市場に出かけてきた。

藤太の作る炭は、いつも飛ぶように売れる。質がいいと評判だ。しかしどんなに売っても所詮炭は炭、ダイヤモンドや金に化けるわけはない。その日も、わずかに得た小銭を食べ物に変えると、藤太はいつもの道を、とぼとぼと山へ帰ろうとした。

すると「もし」という声がする。まるでウグイスのように美しい声だった。連れている馬のアオが言うわけはない。そのような声を聞いたことのない藤太は、空耳だと思って、また歩き出した。すると、また「もし」という声がした。藤太が、思わず後ろを振り向くと、今まで見たこともないような美しい姫が立っていた。

「なんだべか?」藤太は、炭で汚れた顔を姫に向けて、そう言った。

「ホ・ホ・ホ・」姫は、堪えきれずに吹き出してしまった。無理もない。その時の藤太の顔を見たら、笑わない人間はいないだろう。いつもなら炭で黒くなっているだけなのに、見たこともないような美しい女性を見て、興奮していて、錆びた鉄のような顔色をしている。おまけにどんぐりのような目は垂れ、鼻の下がでれっと伸びている。

姫のお供の男は、あきれて、

「姫、無駄です。こんな男に聞いたって知っているはずはありませんよ」

「何を言うのです。無礼ですよ」そう言ってお供の男をたしなめると、盛んに照れている藤太に向かってこのように言った。

「実は私、人を捜しているのです」

「人ですか…?」

「ええ、炭を焼いている人なのですけれど」

「炭を焼いている?」と思わず藤太は、自分の指で、自分を指していた。

「お主じゃないよ。お主のわけがない」横から例のお供が意地悪い声で口を挟んだ。

「およしなさい」

「だってあんまりですよ。平泉の藤原家の姫ともあろうお方が、こんな田舎まできて、こんな撫男の炭焼きの男と夫婦(めおと)になるなんて、許されることではありません。第一身分が違いすぎます。情けない。なんで私がこんな役回りを仰せつかったのでしょう。殿を恨みたい気分です」確かにこのように言われると、お供の男が言うことも、一応筋が通っている。

「おだまりなさい。御父様のお考えなら逆らいもしましょうが、神さまのお告げなのです。人は神意には逆らえません…」とか、なんとか、早口の都言葉で言うのを、意味も分からないまま、藤太はじーっと聞いていた。いや聞いていたというよりは、すっかり姫の女っぷりに参って、ぼーっとしていたのである。

「それで炭焼きの誰を捜しているので?名前はありますか?」藤太は、まさか自分ではないな、と思いながら、おそるおそる聞いてみた。

「畑村に住んでいるお方です」

「畑村!?」畑村には、炭焼きの人間は、数人いるが、藤太以外は、もうみんな年寄りである。ということは捜している人物というのは自分というになる。

「ええ、畑村の藤太さまです」

「わ、わ、わしですか、ほんとに、わしですか」藤太は、驚きの余り腰を抜かしてしまった。お供の男は「これやーだめだ」とばかりに目をふさいでしまった。ただ一人、姫は、

「やっぱりあなたが藤太さまでしたか。後ろ姿を見て、そんな気がしたのです」と、さも当然な顔で言った。

 それから娘は、「これで私たちが住む屋敷を造ってください」と、町から持ってきた大きな袋を取り出して、藤太に渡した。

「なんだべ?」

「お金です」中をあらためた藤太は、

「金?なんだこれか、これなら、わしの炭の窯(かま)のそばにいっぱいあるよ」

「これ、適当な嘘を言ってはなりませぬぞ」お供の男は、不信の目で藤太を睨みつけていった。

「嘘言って、どうすんの、あるんだから、仕方ないべ。そしたら今から見せるから、いくか」

そうして三人は、藤太の炭焼き窯の裏山に行ってみると、信じられないような量の金塊がゴロゴロしているではないか。今度はその量のすごさにお供の男が、腰を抜かしてしまった。そして藤太に向かって、

「お見それしました。まさにあなた様は、当家の姫の婿様に成られるお方。神のご意志には逆らえませんな」などと、すっかり調子のよい言葉を吐く始末。まったく人の心とは、金には逆らえないもののようだ。そしてこの藤太と姫は、晴れて夫婦となり、お供の男は、藤太の一の家来となって働いた。藤太は、金を都に運んで、あっという間に巨万の利益を得て大金持ちとなった。この利益が、みちのくに平泉の黄金文化がありと言われる繁栄を支える基礎となった。

そこでいつの頃からか、この村を金生み村というようになり、さらに金成村(現在の金成町)になったのである。とかく金持ちは、幸せにはなれないものだが、藤太夫婦は、三人の子にも恵まれて幸せに暮らした。

藤太の長男吉次は、通称「金売り吉次」として歴史にその名を残す人物となった。吉次は単なる商人としてよりは、藤原氏の大蔵大臣兼外務大臣のような役割を果たした優秀な人物だった。特に平泉に源義経を連れてきて、奥州の頭領(とうりょう)である藤原秀衡に引き合わせたことは有名な話である。 佐藤

 


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2000.01.10