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「ギャーテーズ 第一集」 |
CAPTAIN TRIP RECORDS CTCD-063
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'96年11月2日、私はたまたま数日前にBEM宏氏と電話で話しをしている時にこの日のライブの事を知り、開演直前のラ・ママに入り込んでいた。 当日は4〜5バンド程の出演でGyaaTeeS の出演は確か2番目であったろうか(最終アクトは山崎春美氏のタコ) ...とにかくあの角田氏が僧侶をやっていて、なおそのお寺のお坊さん達を集めてバンドをやっているという前情報だけで来ていたので、そのステージの上にドンドン上がってくるメンバーの多さに唖然としている間、楽器の設置に手間取りながらもなんとか彼らのステージが始まった。 先ずギャーテーズ(Gyaatees)とは何か、本人達の言葉をかりれば、”清僧達と僧侶、そして何人かのミュージシャンによって編成されたフリーミュージック集団”と位置づけてられている。清僧とはという疑問は下記のBEM宏氏のHPを参考にしてほしい。兎に角ここで必要な認識は、音楽を曲としてではなく自由に発散させるモノとして捉えている点ではないだろうか... そしてまさに始まった演奏は私にはあたかも AMONDUUL I の演奏を思い起こさせる様なフリーキーなものだった。分厚いドラム&パーカッションのリズムの上に清僧達のあっけらかんとした、そして何故か楽し気な叫び声が繰り返されるのだけなのだが、だがそれは自分達自身も何かを楽しみ、また聞く側をも何故か楽しませてくれるのである。 批判を付ける事はいくらでも可能である。例えば「演奏自体は手慣れたミュージシャンが囲んで清僧達はその上に乗っかっているだけではないか...」とか「前衛舞踏がなければつまらないステージだった。」等....だが、先ずは音に耳を傾けてからあえて自分で判断していただきたい。これはそれをする価値がある。 |