リクガメの活動量について


飼育下のリクガメが、日常生活において、どのくらい活動するのだろうかという疑問をもつ飼育者は多いのではないだろうか。また、屋外で活動できる場合、どのようにして1日を過すのかについても興味が湧くところである。
自然界における一頭のリクガメの活動エリアについても、あまり学術的な資料はない。観察すること自体に、多くの時間が必要であるし、フィールド調査を本格的に行った例もおそらく少ないと思われる。
ウミガメについては、産卵のためにアメリカ西海岸から日本まで太平洋を横断してくるルートを解明しようというプロジェクトが行われ、ウミガメに取付けた発信機によって、追跡調査が行われたりもしているが、これをリクガメで実施するのは、けっこう難しい。
何十キロ、何百キロという移動距離に対しては、一定時間ごとに発信機から送られる信号をキャッチして測定して行けば、おおまかなルート解明は可能であろう。水中のウミガメならば、バッテリーや発信機の重量と浮力を調整したフロートによって、重さの問題はクリアできるであろうが、それらをリクガメの甲羅に取付けた場合、大変な負担をリクガメに背負わせてしまうことになる。器材の重量がもろにかかるわけで、それ自体が活動の制限となってしまう。成体のゾウガメであれば、可能かもしれないが、成体のゾウガメであれば、何日間か甲羅に目印でも付けて、目視による追跡調査を行う方が手っ取り早い。むしろ、ペットとして多く飼育されている、小型〜中型のリクガメについて、何らかのデーターは欲しいものだ。
また、何十キロ、何百キロの移動単位にはならないであろうから、こまめに観察したデーターが必要になる。


リクガメの活動エリアのフィールド調査としては、1995年にJoseph A.Butler,Ray D.Bowman,Todd W.Hull,Scott Sowell によって発表された、14頭のゴファーリクガメの幼体の追跡調査の記録がある。この調査は、それぞれの仔ガメに、特別な発信機とアンテナとバッテリーをエポキシジェルで取り付け、特殊な受信機で電波を受信して調査したものである。バッテリーも6週間ごとに取り換えて、22カ月間調査している。仔ガメに取り付けた器材の総重量が2.4gというすばらしいものだ。この内容については、機会があれば紹介したいと考えている。なかなかこのような調査はコストもかかるので、難しいが、いつか様々な種についても実現させたい調査でもある。

もちろん、飼育下で観察するにしても、活動スペースと飼育種の相対的な広さの関係も問題ではある。飼育下において、百平方メートルの飼育スペースがあっても大型種にとっての百平方メートルと幼体の地中海リクガメでは、相対的な広さが異なる。大型種にとっては、10メートル角のスペースでは、彼らにとって、たいした活動もできないであろう。
当研究所においても、スペースは限られており、けっして充分な活動エリアを提供してあげられていないのだが、幼体のホルスフィールドリクガメの1日の活動を追跡してみた。追跡調査は、普段自由に活動させている庭で行った。


調査日:2002年5月3日(晴れ)
場所:東京都町田市 森リクガメ研究所
正午の日向の温度 35度
時間 午前10時20分から午後4時30分まで
調査対象:ホルスフィールドリクガメ 甲長7.5センチメートル、体重160グラム


庭のスケールの正しい平面図を作成し、リクガメが動いた軌跡を次々プロットして行き、プロットした点を直線で次々結んで行く。最後にそれらの直線の長さを合計して、1日の移動距離を算出する。
なにげない生活の中での運動量を探ってみた。
実際に彼女?(名前は スタン )が起床したのは、屋内の飼育場にて午前9:00頃で、30分程屋内のホットスポットで暖まり、モロヘイヤと小松菜を食べ、お腹はそこそこイッパイの状態で、庭のスタート地点に置いた。
庭の図面にスタンの移動したラインを記したものに、さらにそれぞれの場所で行なった活動の写真番号を記入した。
以下各地点での活動を写真とともに紹介してゆく。

各図と写真は、クリックすると、拡大判を見ることができます。

 

この記事は、 爬虫類・両生類・小動物の総合情報誌「ユニークアニマル」創刊号に掲載された記事の中の運動不足という章の関連記事となっている。


 

1)タンポポの花の茎を噛る

7分程度

2)イカの甲を見つけた

ほんの一口噛る

3)シェルターにちょっと立寄る

AM10:40

この前にホットスポットで5分程度暖まる

4)トマトを一かけらもらう

AM10:55

5)タンポポを見つける。すぐに一噛り

 

6)日光浴

10分程日向で日光浴 AM11:05

7)日光浴の後、しばらく散歩

AM11:15

8)更に歩く

AM11:20

9)飼育ゾーンを仕切っている部材の下を潜り抜けようと努力する AM11:22〜11:33

10)次のゾーンの仕切りの前を5往復

隣のゾーンにこの後入れてもらう

AM11:35〜11:40

11)更に移動する

PM12:15

( 10)の後、隣のゾーンを30分間歩きまわる。)

12)貝殻を見つける

PM12:50〜12:52

11)の地点から35分間移動し続ける。途中1度野草をちょっとだけ噛った。

13)タンポポを見つける

茎をちょっと食べる。この後、1m程移動して、さらにタンポポの葉を1枚食べた。

14)障害物に出会う 13:05

13)の後、一度シェルターに移動して、2分程小休止。さらにウロウロと歩きまわり、この状態となる。

14-2)見事に転ぶ
14-3)自力で、木(白樺の皮)にツメを立てて、起き上がる。この後、なんとかこの障害物(白樺)を登り切る。

15)登ったところで、ノゲシを見つけて一噛り

その後、5分間歩き、再度シェルターに戻って、(13:10〜12)出てくるとホットスポットで、2分間あたたまる。(13:13〜15)

16)コーナー部で穴掘り

13:15〜21まで歩き、タンポポを見つけ、茎を1分程噛る。移動しながら、イカの甲やタンポポを見つけては、ちょっと噛りを繰り返し、13:40〜13:50まで穴掘り。少し移動して、栽培している小松菜の葉を少し噛った後、再度14:05まで、写真のコーナーで穴掘りしたり仕切りのフェンスをカリカリしたりする。

17)日光浴

16)から3分程日向で日光浴し、ホットスポットに移動。14:11〜14まで暖まり、また散歩。14:20〜25まで、写真の場所で日光浴。

18)遅い午後の日向で日光浴

17)から少し移動し、貝殻を噛る。少し移動して、14:30〜33まで日光浴。5分歩き、14:38から野草を啄ばむ。少し移動し、14:40〜42まで休憩。また移動を開始して、14:53〜15:05まで、写真の場所で日光浴。この時間にここは日陰になった。

19)穴掘り

18)から移動開始。15:15にタンポポの茎を少々噛る。15:16〜18に土の部分で穴掘りし、少し移動し、15:20から野草をしばらく食べる。移動して15:40〜45まで写真の場所で穴掘り。すでにそこは陽が当たっていない。根っ子がじゃまで、うまく掘れずにあきらめて、再度移動。

   

20)最後の陽を求めて立ち上がって日光浴。なんとこのまま寝てしまった。

19)から陽の当たる場所を求めて、移動し、このコーナーに辿り着く。彼女?は、ここが1日の最後まで陽が当たることを以前から把握している。15:52〜16:25まで、30分ほどこのコーナーで弱い夕陽に当たりながらカリカリやっていたが、16:25から立ち上がって最後の陽を受け止めていた。16:30にはついに日陰となり、そのままの姿勢で寝てしまった。その後屋内に回収した。

   

単純に、この日のスタンの移動距離を算出すると、296メートルとなった。実際は、その間に障害物を乗り越えようと、がんばったり、ころんだり、起きあがったり、穴掘りしたりと様々な行動をとる。注目すべきは、少し動いては、ちょっと食べたり、日光浴したりという行動を頻繁に繰り返していることが分かる。ケージ内の行動と比較すると、かなり異なる生活パターンとなる。日光浴にしても、じっとしているのは数分間であり、頻繁に移動する。まだ、幼体のリクガメであることも一つの要因ではあるだろうが、一度に大量に食べてあとは、寝ているといった生活パターンとは異なる。

自然界においても、このパターンに近い行動をとる可能性が高い。(もっとも、食物事情は自然界の方が悪いケースも多いであろうが)この観察では、かなりの活動量だと言えるであろう。

ちなみに、一般的な60センチ水槽で、同じ距離を単純に歩くならば、水槽内を外周に沿って一周すると1.8メートルとなるので、165周ほど回れば同じ程度の距離を歩くことができる。水槽内の飼育では慢性的な運動不足になるということが、容易に想像できる。

飼育下のリクガメの慢性的運動不足を少しでも解消できるように、飼育者はまた工夫する必用があると思われる。