『成長するEC(電子商取引)―ビジネス・チャンスをどう掴むか―』


神戸経済経営フォーラム

1 ECビジネスは現在どのように進行しているのか
1.1 企業向け(BtoB)、あるいは消費者向け(BtoC)のどのようなビジネス分野において既存ビジネスの代替、あるいは新ビジネス創造がなされつつあるのか。
【ECビジネスの本質】
 ケビン・ケリーは『ニュー・エコノミー勝者の条件』の中で、ニュー・エコノミーの特徴としてグローバルであること、無形のもの―アイデア、情報、関係―が重要であること、全てが相互に深く結びついていることの三つをあげている。
 ECが向かうべき本質は地球レベルでの個人や企業との間に起きる価値結合である。
そしてその構造は人間の脳に似ている。
 実際にものを動かしたり痛みを感じたりするのは手足などの器官だが、全てのことは脳が考え、脳が認識しなければ人間にとって事実にはならない。
 そして脳の思考活動は単体ではさほど高度なものではない無数の神経細胞が網の目のようにネットワーク化されることによって、無限の知性パワーを持って実現されている。
 まさしく、インターネットは人間が生み出した人口脳というべきものであり、そこで活動する企業に要求されるものは何も特別なものでも大規模なものでもなく、他社がもたないサービス(財そのものではなく、アイデア、情報)を持ち、グローバルにかつ密接に提供できるようなコネクションを構築することだけである。
 一つひとつは非力でも愚鈍でも大量に結びつければ聡明で強力なスウォーム(群れ)となる。

【グローバルな企業間結合がもたらす革新】
 スウォーム・パワーを本質とするECでは、企業連合体いわゆるサプライチェーングループが単独の巨大なインテグレーターを駆逐していく。
例えれば哺乳類の群れが恐竜を滅ぼしてくようなものである。
中小企業であっても、地域あるいは国内、さらには世界中の企業が結束して役割分担すれば、資金や商品、店舗、社員など圧倒的な資本を有する単一巨大企業による供給力をも上回ることができるのである。

【ダイレクトモデル−顧客関係−がもたらす革新】
従来、顧客は企業が提供する財やサービスの価値を価格や広告などからキャッチしていた。
いわゆる情報探索活動の中で最適な商品を選択したのである。
 しかし、企業が提供する商品はある程度セグメンテーション化された中で顧客ターゲットのニーズに合ったものとはいえ、最大公約数的な性質を有しており、顧客は皆おおむね満足だが不完全燃焼のような状態にあったといえないだろうか。
 これに対してはECの世界では企業が電子メールや顧客専用ホームページの提供によって、顧客と直接コネクションを確立することができることから、商品を提供する前に顧客のニーズをキャッチすることが可能となり、顧客ごとに最適な商品提案を行ういわゆるワンツーワンマーケティングが可能となってきているのである。
 また、継続的な顧客との対話が可能であり、顧客側の環境変化や商品に関する習熟度のレベルアップに合わせた商品提供を行うことによって、ますます顧客との強い信頼関係、顧客ロイヤルティを獲得することが可能となる。
 デルコンピュータやアマゾンドトコムはまさに顧客関係重視による成功事例といえるだろう。

【サイバーモール−仮想現実−がもたらす革新】
 巨大面積を有する大型店舗がどれだけ多くの商品アイテムを陳列しても、セブンイレブンやローソンの電子端末から買える商品アイテム以上の品そろえは不可能だろう。電子店舗に現物を陳列する必要はない。
 詳細な商品知識の提供と受注後の迅速な提供が実現できれば在庫レスセールスが可能なのである。
 サイバーモールにおいて重要となるマーケティングリソースは、知識(商品、顧客、取引先)、顧客と取引先とのダイレクトでリアルタイムなコネクションであり、マーケティグ戦略はこれら無形のものの無限の組み合わせである。

1.2 既存のビジネスの仕組みに対する脅威はどのようなことか。
【デコンストラクションによるバリューチェーンの解体】
 エレクトロニックコマースによって、顧客ニーズ駆動型のビジネスモデルに合う経営スタイルを構築する企業が活躍し始めている。
 従来のビジネスモデルでは常識とされていた経営スタイルをエレクトロニックコマースという新しい視点で見直し作り直すことをデコンストラクションと呼ぶ。
 顧客がYahooやisizeなどのポータルを使ってサプライヤーを自由に探し出せるECの世界では、ビジネスの主役は顧客であり、価値創造の出発点も顧客となる。
 既に、アマゾンコムやデルコンピュータなど電子店舗で本やおもちゃ、パソコンを買う人達が増えてきており、ECの存在を無視する商店主も知らないうちに顧客を奪われている可能性が高いのである。
 福井県にある味噌の販売業者は電子店舗を始めたところ、電子店舗だけで月商100万円に達する勢いだという。
 一人一人の顧客を識別し継続的に最適な商品を提供する企業が固定客を着実に増やしていることは事実だろう。

【ニュー・エコノミー時代の新しいビジネスの仕組み】
 従来型の経営スタイルでは事業に必要となる機能を全て自前で実現するインテグレータ(統合)型であったのに対して、デコンストラクションを実施した企業は自社の強み部分だけに特化して、インターネットによる強連結によってあたかも一つの企業のようにふるまうバーチャルカンパニーを形成する。
 実際の企業形態としては、複数の企業によるアライアンスという形態だけでなく、独立性の高い事業部門が連携する一つの企業であってもよいだろう。
 インテグレータに代わって登場する経営スタイルには四つのタイプがある。

@レイヤーマスター
 自社の強みである分野に特化して、その分野におけるガリバーの地位をめざす専門特化型の経営スタイル。
Aオーケストラレーター
 顧客のニーズに対応する価値提供を経営使命とし、自社自身は受注やサービス業務に特化して製造や配送などの業務は積極的に外部のレイヤーマスター企業を活用する外部機能活用型の経営スタイル。
Bマーケットメーカー
 既存のバリューチェーンを打ち破り、新しい市場を作り出す取引市場創出型の経営スタイル。
 マーケットメーカーは買い手にはより有利な購買相手を、売り手にはより多くの販売先を提供することが必要であり、多くの顧客や供給者を集めることができるブランド力が必要となる。
Cパーソナルエージェント
 パーソナルエージェントは顧客側の観点から購買の手助けや情報提供を行う購買代理店型の経営スタイルであり、小売業や卸売業など販売を行う企業が目指すべきものである。
 既存の小売業者や卸売業の多くは、メーカーや卸売業者側の観点から販売の手助けを行う販売代理店的な色彩が強かったのに対して、パーソナルエージェントでは顧客側の観点から購買の支援を行う形で販売を行う。

2 ECビジネスはどのようにチャンスを作り出すことができるのか。
2.1 どのような新しいビジネスを作り出すことができるのか。
 ECで成功するためには、顧客とのダイレクトな関係を築いて顧客ニーズに直結すること、顧客ニーズをより近いソリューションを提供できるように関係するサプライヤーとダイレクトな関係を築いて仮想企業体、いわゆるサプライチェーンを実現すること、そして顧客ニーズの本質に近づいていく過程において必然的となる財からサービスへの転換が必要となる。
 たとえば、不動産を売っていた企業が考えるべきことは、個々の顧客の要望や置かれている環境などをスポット的に把握するのではなく、日頃から顧客との関係を強化して生活アドバイザーとして顧客のライフスタイルを支援し、顧客のパートナーとしてのポジションを獲得することが必要である。
 パソコンメーカーのデル社が行っているような個々の顧客ごとの専用ホームページの提供や、アマゾンドットコムが行っているような電子メールによる顧客の嗜好に合った新刊本の案内などが顧客とのダイレクトな関係づくりにあたるだろう。
 また、顧客の真のニーズが不動産でなく、生活の場としての住居や投資対象としての商品なのかを知らなくてはならない。
 顧客が生活の場を望んでいるのであれば生活支援の事業者との提携による生活ソリューションが、投資を望んでいるのであれば、投資会社と組んだ最適な投資ポートフォリオソリューションが提供できるだろう。

2.2 どのような、どれくらいの投資が必要か、どんな人材が必要か。
 どの程度の投資が必要かについては企業の事業内容にもよるため、明確には述べることはできない。
 しかし、たとえば電子店舗を開く場合、実店舗を開くのに比べてはるかに低コストであることにはまちがいない。
 問題は電子店舗では、いかに利用者に対して有益な商品情報をどれだけ提供できるか、そして実際にその商品を提供できるかにかかっている。
 既存の商品ラインを電子店舗化するだけならば、自社内で商品知識や顧客サポート体制があるだろうから、既存の事業に対する改善という観点から考えればよいのだが、より顧客ニーズに合った最適な商品提案をしようとすれば、顧客ごとの専用ホームページや電子メールによるサポート、他社商品との組み合わせによる顧客ニーズへの対応の実現、他社商品との組み合わせから発生する商流、物流、金流システムの連携が必要となってくる。

 効果的なECを構築するために必要となる投資は、

 ○顧客とのダイレクトな関係を構築するためのしくみづくり
自社の顧客層をセグメント化し、顧客セグメントごとに最適なホームページ提供や電子メールによる顧客サポートが必要である。
単一のホームページがあるだけでは不十分。
  デルのプレミアホームページは顧客セグメントをついに一人一人にまで分割してワンツーワンマーケティングの状態に達したものである。
 興味深いのはデルコンピュータが実施しているBTOと呼ばれる受注生産方式である。
 デルコンピュータではニッチ戦略と大量生産方式を同時に達成している。
 部品や半製品を標準モジュール化して大量生産を可能とし、顧客ごとの注文内容に対応するために組立工程は受注生産を行っている。
 ニッチ戦略は従来、市場規模が小さくなりすぎることから避けられがちであった。  
ECにおいてのその本質は変わりなく、いかに多くのニッチを同時に対応できるかどうかが問題となってくるのである。
 BTOはこの問題を解決するための一つの答えだろう。
 営業の最先端でワンツーワンマーケティングを実現するためには、後方部隊がいかに生産性の高い業務を実現できるかにかかっている。
 そのためにはBtoCECでは不十分であり、BtoBToCとして後方のサプライヤーが高度な機能連携を実現することが不可欠となるのである。

○他社サプライヤーとの機能連携をするためのしくみづくり
 上記のように、迅速な商品の納品や決済を実現するためには他社サプライヤーとの機能連携をするためのしくみづくりが不可欠となってくるのである。
 また、顧客にとって魅力的なソリューションを実現するためには、複数サプライヤーによる組み合わせ商品も必要となってくる。
 サプライヤーとの機能連携、いわゆるサプライチェーンはBtoBECであり、BtoBECを構築するためには、企業における業務の標準化の程度が重要となってくる。
 具体的にはISO9000への対応やERP統合業務システムの構築、エクストラネットによる情報共有が必要である。

○顧客ニーズに反応し、最適なソリューションを創造していくためのしくみづくり
 顧客エージェントであってもレイヤーマスターであってもECにおいては自社の強みの部分について最大のソリューション提供能力を発揮しなくてはならない。
 そのためには、商品知識や顧客知識を無形資産として体系的に管理するナレッジデータベースの構築が必要となるだろう。

などの目的のために行われるでろう。

2.3 既存のビジネス・プロセスとどのように結合して行くべきか。
 ECにおいても商品の配送・受取と代金の支払・回収はビジネスインフラとして不可欠なものであると同時に、EC上における光速の商取引―CALS―に対応するような迅速なサービス提供が求められることになる。
 BtoBECにおいては企業間におけるビジネスプロセスが連結されていく。
 見積依頼と見積、発注と受注、請求と支払などサプライヤーと顧客との間で対となっているビジネスプロセスが融合していくだろう。
 また、現在、米国で先行しているHTMLの次世代記述言語XMLの登場によって、ホームページもページ単位で企業ごとの情報を切り替えるのではなく、同一ホームページ上に複数の企業からの情報を混在させることが可能となる。
 XMLによって、たとえば複数企業からなる商品カタログページの発信、注文内容を企業ごとの注文データに分類し、各企業のサーバに送信する電子店舗システムや、在庫のある店舗や予約空きのあるホテルやレストランだけを集めたポータルも実現できるだろう。

3 ECビジネスには今後どのような課題があるのか。
3.1 システム技術についての課題。
 現在、注目されているEC関連のITではXMLとLDAPである。
 XMLは共通文書の形式としてだけでなく、データベースシステムの検索、更新をも共通化してしまう。
 様々なコンピュータ上のデータベースがXMLという共通の処理方式によって操作できるようになれば、世界中のコンピュータ上のデータベースに格納されている商品や顧客などの情報をあたかも一つの場所にあるかのようなシステムが実現できるだろう。
 しかし、現在、XMLをめぐっては主要ITベンダー間で主導権争いがなされており、できるだけ早い次期での統一化が望まれる。
 LDAPについては、インターネット上で共通の認証及びディレクトリ管理サービスを提供するものである。
LDAPは世界共通の区役所のようなものであり、これが普及すれば、世界中どこにいてもインターネット上のコンピュータがどこにあり、そこに属する利用者ザがどのような権限を持っているのかを調べることができる。
 世界にまたがるECを構築するためには、世界レベルでWebサイトや利用者の身分(ほんものかどうか)を問い合わせることができる機能が必要なのである。
 LDAPについても主要ベンダー間において主導権争いがある。
 今後の動向に注意する必要があるだろう。

3.2 インフラストラクチャーの課題
  ECにおけるインフラストラクチャーの課題といえば、通信速度及び通信コストの改善であろう。
 しかし、本年2000年においてわが国でも定額による常時接続サービスの登場が予定されており、大きくネットワークインフラは改善されるだろう。
 モバイルにおいてもCDMA-ONEによって高速無線通信が登場する。
 ECを拡大していくためには、ネットワークインフラとともに物流インフラの整備が不可欠となる。
 地域大型ハブ物流センターによる地域間物流の共通化や、コンビニや駅など地域内共同物流拠点の整備が今後ますます重要となるだろう。
 コンピュータについてもインフラとして問題となってくる。
 高性能なサーバ機器を企業が個々に用意することは無理がある。
 この問題については米国で成長し国内でも今後立ち上がりが予測されるASP(アプリケーションサービスプロバイダー)事業によるコンピュータの共同利用が進むだろう。

3.3 人材の課題
 IT分野で現在、注目されている人材能力にITガバナンスがある。
 ITガバナンスとは、企業優位性構築を目的に、IT戦略の策定、実行をコントロールし、あるべき方向に導く能力のことである。
(詳しくは日本情報処理振興協会(http://www.jipec.or.jp/chosa/SCCARD/sld001.htl)のサイトを参照。
 ITガバナンスの診断サービスあり。
)  企業においてはIT技術者の育成も重要だが、より重要となるのはIT活用をベースとしたマーケティングプログラムを理解できる人材である。
 経営戦略やマーケティング戦略を実現する情報戦略を立案・実行していくことのできるCIOや情報化推進リーダーを育成・確保していくことが重要となってくるだろう。
 また、通産省のホームページをみると、企業の情報化戦略策定を支援する人材の育成・確保が必要であるとされている。
 しかし、私はむしろ、情報化に関する知識を有する会計士や弁護士、マーケティングのプロなどを育成して、EC上の様々なビジネスを支援するサービスプロバイダーを増やすことこそ重要であると考える。

3.4 規制・法律の課題
 ECにおいて問題となるのは確実で安全な取引の確保であろう。
 そのためには、ITにおける標準化とともに、国の壁を超えたビジネスルールの確立が必要となってくるだろう。
 もはや、事業者の物理的な営業地を特定するような法律は無意味であり、地球規模でのルールが必要となっているのである。
 その意味ではグローバルスタンダードであるISO9000や14000、国際会計基準、デファクトスタンダードとなっているERPやSCMなどの業務プロセスなどの進展が鍵を握るであろう。
 法律においても、もはや国内事情だけを考えたものでは機能し得ない。
 民法や商法、証券取引法、労働法などビジネスを規制する法律のグローバル化を急ぐ必要があるだろう。
   米国ではスカベンジャー・ボットと呼ばれるインターネット上の@アドレスを探し集めてリストを作成し販売する業者が問題となったが、これに対抗してプロバイダー側はアンチ・スパム・ボットと呼ばれるスカベンジャー・ボットを撃退するしくみを構築している。
 アンチ・スパム・ボットはダミーの@アドレスを用意しておき、これを取り出したアクセス者をファイヤーウォールではね返すしくみである。
 わが国ではスパムなどネットワーク犯罪に対抗するノウハウも意識も欠けていると言われている。
 ネットワーク社会が実社会と同等、いやそれ以上に大きな社会と認識して有効な社会規律を実現する必要があるだろう。

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