インベスター・リレーションズの現状と今後の方向性に関する考察


インターネットIRによる情報公開から情報提供、経営参加への飛躍

要旨
 米国IR協会はインベスター・リレーションズの定義において、「IRは企業そのもののマーケティング活動である。」と明示している。
 マーケティング活動であるインベスター・リレーションズは、強制的なディスクロージャとは異なり、企業が自主的に行うディスクロージャである。
 我が国企業におけるインベスター・リレーションズの目的には、投資家や融資機関への自社の事業内容の理解促進による望ましい株価形成及び調達コストの低減、自社ファンづくりによる企業ブランドの強化などといった投資家と顧客を意識したものとなっている。
 しかし、欧米におけるインベスター・リレーションズの目的にはさらに従業員とのコミュニケーションや利害関係にある取引先などへの企業広報など、投資家、顧客、取引先、社員など企業を取り巻くサプライチェーン、バリューチェーン全体を意識したものとなっている。
 投資家、顧客、取引先、社員といった様々な情報利用者が存在するインベスター・リレーションズにおいては本来性質上、関係者ごと最適化された企業情報が質量とも不足なくかつタイムリーに提供されることが必要と考える。
 理想的なインベスター・リレーションズ活動が、情報利用者ごとに最適化された情報を提供することが必要だとすれば、必然的に企業側からの一方的な「情報公開」ではなく、個々の相手を意識した個別関係において最適化された「情報提供」でなければならないはずである。
 「情報提供」を実現するインベスター・リレーションズは、個々の相手との関係を保持し、双方向コミュニケーションを可能とする情報媒体としてインターネットの活用が不可欠となる。
 インターネットによるインベスター・リレーションズは、個々の相手ごとに質量、タイミングとも十分な「情報提供」を実現するだけでなく、双方向コミュニケーション機能によって、さらに外部からの「経営参加」をも可能とするであろう。

インベスター・リレーションズのパラダイム
 インベスター・リレーションズは通常「投資家向け戦略的広報活動」と説明されるように、株主や投資家との緊密なコミュニケーションを通じて企業そのものをマーケティングする活動である。
 全米IR協会はインベスター・リレーションズを以下のように定義している。

『インベスター・リレーションズとは、企業の財務機能とコミュニケーション機能とを結合して行われる「戦略的かつ全社的なマーケティング活動」であり、投資家に対して企業の業績やその将来性に関する正確な姿を提供するものである。そしてその活動は、究極的に企業の資本コストを下げる効果を持つ。』

 しかし、先進的なインベスター・リレーションズは、さらにその目的を拡大してきている。
 欧米における先進的なインベスター・リレーションズでは、株主・投資家だけでなく、取引先や金融機関、監督官庁、従業員・組合、顧客など直接的な利害関係者、さらにはアナリストやジャーナリスト、各付機関など広範囲な相手に向けて、企業価値の判断に役立つ判断材料として様々な情報を自発的に提供している。
 企業がインベスター・リレーションズを実施する理由も、資本コストの低減からより戦略的なものへとシフトしてきた。
 事業内容について積極的に公開して外部の声に耳を傾けることによって、利害関係者との信頼関係が深まり企業の発行証券が市場で正当な評価を得るだけにとどまらず、企業の知名度やイメージを高めて自社ファンを増やすことにその意義を見出す企業が増加している。JIRA(日本インベスター・リレーションズ協会)はそのホームページでIRについて以下のように述べている。

『企業が株主や投資家に対して経営情報を継続的に、円滑に提供していこうとするIR(インベスター・リレーションズ)活動は、企業戦略の要とも言えます。経営内容をよく知ってもらい、会社の知名度やイメージを向上させてファンを増やしたり資本調達力を高めることを目的としたIRを抜きにして、社業の発展や経営の安定は期待できず。優良企業と評価されない時代を迎えました。…』

 たとえ、企業にとってネガティブな情報であっても事前あるいは事後すみやかに開示することによって、一時的に株価が下がるなど企業評価が低下したとしても、経営の透明性を高めることは企業に対する信頼性を高め、結果的には強い信頼関係を投資家や取引先、社員などと築きあげることができる。
 インベスター・リレーションズは、株主・顧客・社員のロイヤルティの強化をコア経営戦略とする現代企業において不可欠となる広報活動であると言えるだろう。

インベスター・リレーションズ活動の目標設定
 インベスター・リレーションズの実施においては、個々の企業が抱えている経営課題によって達成すべき目標が異なってくる。
 インベスター・リレーションズ活動の結果や効果は数字で把握することが困難であり、明確な目標設定による実行管理が不可欠となる。
 我が国企業におけるインベスター・リレーションズ活動の目標設定は「IR活動の実態調査」(1997年3月 日本IR協議会)によると以下のとおりとなっている。

 1位 企業・事業内容の理解促進
 2位 経営戦略・経営理念の伝達
 3位 適正な株価の形成
 4位 企業イメージの向上
 5位 自社のファンづくり
 6位 安定株主づくり
 7位 資金調達コストの低減
 8位 個人株主数の増加
9位 経営に有用な情報のフィードバック
10位 その他
11位 出来高の増加
12位 各付けの向上
13位 外国人株主数の増加

 IRに対する明確な目標設定を行っていない企業も少なくない。明確な目標設定がなければ情報を公開すべき相手が特定できず、情報公開の内容や方法が設計できない。
 効果的な情報公開を実現するためには、明確な目標設定によって情報の公開先であるターゲットを確定し、それぞれのターゲットに対して意味のある社内情報を収集する情報システムを構築する必要がある。
 IRにおいて開示される財務諸表は、商法や証券取引法によって義務付けられている決算公告(ホギメディカル)や有価証券報告書とは違って、企業ごとに設定された目標によって様式や内容が異なることが当然であり、企業横並び的なIR活動は本来性質上望ましいものではないことは明白である。

一般的なインベスター・リレーションズ活動
 同じく「IR活動の実態調査」(1997年3月 日本IR協議会)によると、国内企業のIR活動の状況は以下のとおりとなっている。

【出版印刷関係】
11位 日本文アニュアルレポート(年次報告書)
 2位 英文文アニュアルレポート(年次報告書)
 1位 事業報告書
 9位 株主通信・株主だより
 7位 ファクトブック(アニュアルレポート補完データ資料)
 6位 決算説明補足資料
 3位 会社案内
 4位 ニュースリリース
 5位 インターネット
 8位 ビデオ
12位 その他
13位 CD-ROM
10位 IR公告
【説明会関係】
 1位 決算説明会
 2位 個別面談
 3位 アナリスト・機関投資家向け説明会
 4位 会社施設見学会
 5位 海外会社説明会
 6位 証券会社セールス向け説明会
 7位 その他
 8位 個人投資家向け説明会

 インベスター・リレーションズ活動は、法的な規制を受けておらずあくまでも企業の自主的判断によって実施されるものである。
 したがって、アニュアルレポートやファクトブックなどの記載内容も、決算説明会やアナリスト・機関投資家向け説明会などの実施時期についても自由であり、公開される情報は企業のIR戦略に依存するものである。
 しかし、不適切な情報公開はその企業に対する信頼の低下など市場からの制裁という形で報復される。
 むしろ、インベスター・リレーションズ活動においては、商法や証券取引法によって義務付けられたディスクロージャ以上に、質量とも十分な情報の公開が要求される。
 インベスター・リレーションズ活動におけるインターネットの重要性は年々高まっており、今後においても大量の情報をグローバルかつタイムリーに提供可能な媒体としてその活用が拡大することが予測できる。
 大蔵省も、情報開示にインターネットを積極的に活用する方向を明確にしており、2000年3月期をめどに有価証券報告書、半期報告書など証券取引法が定める全ての開示書類の提出、縦覧を電子化する方針を打ち出している。(1997年7月電子開示研究会)
 米国においては、SEC(証券取引委員会)がすでに電子開示システムEDGERを導入しており、投資家はインターネットを通じて企業の開示情報を24時間閲覧、ダウンロードすることが可能となっている。
 また、個々の企業においても、ホームページを単なるPR手段として利用するだけでなく、インベスター・リレーションズのための主要手段として活用しており、投資家が電子メールでアニュアルレポートに関する質問をするなど、企業窓口としての役割もホームページに担わせている。
 我が国においても、今後、インベスター・リレーションズ活動の最重要手段としてインターネットが利用されることは疑いないであろう。

インベスター・リレーションズの現状と問題点
 インベスター・リレーションズを実施している企業が抱えている課題の多くが、インベスター・リレーションズの目標をどこに置くのかという点と、誰に対して情報を発信するのかという点である。
 目標とターゲットが不明確な状況において、効果的なインベスター・リレーションズの展開は望めない。
 インベスター・リレーションズは証券アナリスト向けの活動が主であり、個人投資家や取引先、従業員といったその他の利害関係者に対してどのような関係を築き、どのような情報をどのような方法で提供すべきかについて明快な答えを見出している企業は少ないと思われる。
 このようなインベスター・リレーションズを取り巻く現状は、以下の四つの問題点に起因するのもであると考える。

1.体制
 まず第一に、インベスター・リレーションズを実施する企業側の体制に問題がある。
 一般的に、インベスター・リレーションズ業務は広報や財務出身の数名の担当者に一任されている場合が多い。
 これでは、十分なインベスター・リレーションズ活動を展開することは不可能であり、企業として重要な利害関係者に対して十分な対応を行うことは難しい。
 結果的に、必要最低限の活動として証券アナリスト対策だけが実施される傾向にある。
 インベスター・リレーションズは全社的として取り組み、全社員が意識しなければならない重要経営課題である。
 本来的な在り方としては、ターゲットごとに主担当者を持つIR部門を設けるとともに、IR部門に必要な情報が社内全部門から吸い上がり、IR部門が受け取った外部からの質問などのアプローチが関係部門に連携される社内体制が存在しなければならないはずである。
 少なくとも、IR部門だけに任せて他部門は無関係という現状を打破する必要があると思われる。
2.提供情報不足
 第二に、提供情報の不足があげられる。
 インベスター・リレーションズの実施においては、質量とも充実した情報をタイムリーに発信することが望まれるが、実際には法定財務諸表を中心に新製品開発状況などを発信している企業が多い。
 また、ホームページでの発信では短信、ニュースリリース、アニュアルレポートなどの印刷物を貼り付けているだけの企業が多く、インターネットの双方向性、リアルタイム性などの媒体特徴を生かした情報発信ができているとは言い難い。
 証券アナリストや、機関投資家、個人投資家、取引先、従業員など多種な利害関係者ごとに価値のある情報を提供していくためには、まず社内における財務会計機能を強化し、企業価値を適正に測定できるしくみづくりが先決となる。
 現状ある情報を形を変えて提供する小手先だけの対応ではなく、インベスター・リレーションズの持つ本来目的の観点から社内情報収集の在り方から見直す必要があると考える。
3.マス媒体中心(双方向性の不足)
 第三の問題点はマス媒体中心の情報発信にある。
現在のインベスター・リレーションズはマスコミ指向の情報発信となっている。
 しかし、インベスター・リレーションズが株主・投資家などとの緊密なコミュニケ−ションを通じて企業そのものをマーケティングしていく活動であるとすれば、単に企業からの情報発信だけでなく、投資家の意見を経営に反映させるシステム(株主重視の経営)を指向していくことが必要となるはずである。
 さらには、投資家だけでなく、取引先や従業員など多様な利害関係者との良好な関係を構築していくためには、双方向性のコミュニケーションを活用していくことがより重要となると考える。
4.間接性(アナリスト重視)
 最後の問題点は企業のインベスター・リレーションズ活動における証券アナリストへの偏重傾向である。
 企業のIR担当者は、投資家など直接利害関係者に対する情報発信よりも、証券アナリストに対する情報発信を重要視する傾向にある。
 アナリストは企業価値の客観的な分析と評価を行い、投資家に対して高度な投資情報を提供する役割を有しており、今後ますますその重要性は高まると予測される。また、個人投資家に対するインベスター・リレーションズは企業の株価に与える影響は少なく、対象も不特定多数のため、とらえどころがなく個人向けIR活動は非効率であるという見方が支配的である。
 しかし、401Kプランなど投資に対する個人の意識が変化してきており、また株式持ち合い構造の崩壊が進む中で企業側における新規株主の開拓も重要課題となっている。
 インターネット証券会社の登場など、個人が直接投資活動できる環境は揃いつつある。今後、企業のインベスター・リレーションズ活動の対象は、間接的な証券アナリストに加えて個人投資家など直接的な利害関係者にも広がっていくことが予測される。

効果的インベスター・リレーションズの実現に向けた課題提言
 インベスター・リレーションズの抱える問題点を解決し、本来意義である「企業そのもののマーケティング活動」を実現するためには、以下の課題への取り組みが必要と考える。

1.IRターゲットの明確化とセグメント化
 効果的な情報発信を実現するためには、インベスター・リレーションズのターゲットを投資家、顧客、取引先、社員などに分類し、企業にとって、関係構築を重視しなければならないターゲットを選定する必要がある。
 また、選定したターゲットごとの特徴、ニーズに合った情報発信を行っていくことが望まれる。
2.提供情報の質的改善
 インベスター・リレーションズの強化を図るためには、提供可能な情報を充実することが不可欠である。
 情報発信の中心となる財務諸表については、国際会計基準による発生主義会計の修正による標準性・比較可能性の向上を図るとともに、直接法によるキャッシュフロー会計や部門別損益計算など会計情報の質量両面における強化を図ることが望まれる。
 また、米国の電子情報開示システムであるEDGARシステムでは、すでに財務諸表の電子メディア化が実現しているだけでなく、将来的には利用者が自由に集計・加工可能な会計データベースの開示の可能性まで検討されている。
 我が国においても、証券取引所においても日本版EDGARシステムであるEDINET電子情報開示システムの構築が進められており、企業におけるIR情報の提供のための会計システムの見直しが不可欠になると思われる。
3.双方向性
 アナリスト、投資家などとのコミュニケーションを強化するためには、情報発信だけでなく、意見や問い合わせに積極的に対応していくことが重要である。
 そのためには、インターネットなどの双方向性の特徴を持つ媒体を活用していくことが望まれる。
 IRのページを有する企業ホームページの中には電子メールによる問い合わせを行っていはターゲット単位でページ構成や発信内容を変えることも可能であり、単一のIRページ構成からターゲットごとの複数IRページ構成へと充実させることも検討すべきである。
 さらに、インターネット・マーケティングで行われている電子メールによるワンツーワンコミュニケーションについても、IR活動の一環として実施すべきであり、投資家一人一人と密接な関係を築き維持していくことが必要である。

インベスター・リレーションズにおける今後の方向性
 ―インターネットIRによる情報公開から情報提供、経営参加への飛躍―
 従来のマス指向のインベスター・リレーションズ活動が企業側からの一方的な情報公開にとどまることが多かったのに対して、インターネット上でのインベスター・リレーションズ活動では、ターゲットごとにページ構成や内容を変えることによって、ニーズに合った情報提供が可能となる。
 また、電子メールや電子掲示板などの双方向コミュニケーション機能を使うことによって、個々の投資家などとリレーションシップを築くことができ、外部からの「経営参加」も可能となる。
 今後、様々な利害関係者に対する情報提供や意見反映を実現していくために、インターネット活用の重要性がますます高まると予測される。
 個人投資家など少規模株主による実質な経営参加への道をインターネットが開く可能性があるだろう。
 しかし、そのためには、企業側において、インベスター・リレーションズの意義を正しく理解し、ターゲットの明確化、体制の強化、及び企業価値測定機能の強化を目的とした会計システムの再構築などの改善方策を実施しなければならない。
 まずは、経営内容を公開し、会社の知名度やイメージを向上させてファンを増やしたり資本調達力を高めることの重要性について、IR担当者だけでなく全社的に認識を広めることが先決である。
 そして、株主指向などターゲット側の観点からディスクローズすべき情報を体系付け、ワンツーワンの関係において企業側からの情報提供と外部からの意見提供という双方向コミュニケーションを実現することを目指すべきであろう。

参考文献
 『ゼミナール現代会計入門』(伊藤邦雄著 日本経済新聞社』
 『IR入門』(近藤一仁 佐藤淑子著 東洋経済新報社)
 『インベスター・リレションズ』(多田正義 上田 武著 中央経済社)


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