キャッシュフローからみた発生主義修正の必要性に関する考察
キャッシュフロー会計の意義と問題点
要旨
1993年企業会計審議会は「連結財務諸表制度の見直しに関する意見書」の答申の中で、2000年の3月期決算から連結決算を行っている国内企業に対して連結ベースでのキャッシュフロー計算書の作成・開示を義務付けるものとした。
単独決算企業においても連結企業に準じてキャッシュフロー計算書の開示が求められ、わが国においても貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書の財務三表の時代に変わることとなる。
中小企業においても、金融機関や投資家が企業への融資・投資審査においてキャッシュフロー計算書の提示を求めることは確実であり、企業においては財務諸表におけるキャッシュフロー計算書の意義について明確に理解しておくことが不可欠な状況となっている。
さて、キャッシュフロー計算書に対する認識においては一部に財務二表の意義を否定すようなキャッシュフロー計算書至上主義とも呼ぶべき極端な主張がなされている。
しかし、キャッシュフロー計算書は財務三表を構成する一つとして理解すべきであり、キャッシュフロー計算書単一では企業経営の実態をつかむことはできない。
本レポートはキャッシュフロー計算書が財務三表の中で果たす役割について明らかにするとともに、既存の財務二表との関係において検討されなければならない課題について考察するものである。
発生主義の意義
発生主義とは、費用及び収益をキャッシュフローではなく、発生という事実に基づいて認識する会計基準である。
発生主義に基づいて算定される会計上の利益は現金収支に基づいて算定された正味のキャッシュフローとは異なり、費用は消費の時点で発生し(消費基準)、収益は販売の時点で実現される(販売基準)ものとされる。
発生主義が正味のキャッシュフローではなく消費と販売という事実に着目する理由は、将来における正味のキャッシュフローが確実となる事実が発生した時点において収益と費用の発生をとらえることによって、企業の経営成績の変化をキャッシュの動きに関係なく迅速に捕捉するためである。
特に、掛け売りなど信用取引が日常化している今日においては発生主義による企業活動の追跡は正しいものと思われる。
発生主義の問題点
ではなぜ、昨今において発生主義の限界が叫ばれ、発生主義によって排除されたキャッシュフロー主義に戻るような状況が起きているのであろうか。
発生主義がキャッシュフロー主義の問題点を是正するために生まれてきたことを考えれば、発生主義そのものに問題があるようには思えない。
ここで、発生主義会計を構成する一つの財務諸表である貸借対照表に目を向けてみることにする。
貸借対照表の借方には企業が獲得した資産が流動資産、固定資産、繰延資産の別に記載される。各資産は当期においてはキャッシュ化しなかったが、将来においてキャッシュ化される可能性をそれぞれ有している。
問題は資産・負債価値の評価が将来のキャッシュフローと必ずしも一致しない点にある。
以下、資産・負債価値の評価が将来のキャッシュフローと一致しない状況を生み出す原因として考えられるものを列記した。
第一に、流動資産に関する問題がある。棚卸資産や有価証券などの流動資産がキャッシュ化しないリスクが社会的に高まってきており、流動資産の取得が将来の確実なキャシュフローを保証しなくなっていることがあげられる。
また、棚卸資産の評価基準(移動平均法、総平均法、先入先出法等)の選定によっても同じ棚卸資産に対する評価が変化する。
第二に、固定資産に関する問題がある。
取得原価による評価は時価に対する含み益や含み損という問題を当初から内包しており、減価償却による固定資産の評価についても、技術革新が著しい今日においては償却期間や残存価値の設定が現実と大きく乖離する傾向にある。
第三に、繰延資産に関する問題がある。
繰延資産として計上された開発費や試験研究費などが将来において収益を生み出すかどうかは明確ではなく、経営者の裁量が働きやすい。
第四に、年金負債に関する問題がある。
国内のほとんどの企業が年金資産・年金負債を公開していない。
第五に、引当金に関する問題がある。引当金の設定については企業会計原則において、
○将来の特定の費用または損失であること
○その発生が当期以前の事象に起因していること
○発生の可能性が高いこと
○その金額を合理的に見積もることができること
という要件が示されている。
しかし、発生の可能性に対する確率の程度や金額見積の合理性の程度については量的基準が明確に定義されておらず、経営者が意図的に利益の増減のための手段として利用する危険がある。
以上の五点に共通するものとして、資産・負債価値の評価が絶対的に決定するのではなく、経営者の意図によって相対的に決定するという点があげられる。
経営者の意図的な操作を排除し、資産・負債価値に対する適切な評価を確保するための方策としては、
@推測や選択などの意思決定が必要なものに対しては確率やポジショニング分析などできる限り量的な判断分析を行わせること、
A公認会計士による会計監査の質を均一化すること。そのために詳細な監査基準を設けること
の二点が考えられるのではないか。
この二点については最終章において検討する。
発生主義からキャッシュフローへの回帰
発生主義は期間内における損益を適確に把握するために採用されたものであるが、その有効性は期間内に収益や費用を生み出さなかった資産や負債を適切に価値評価できるかどうかに大きく左右される。
本来、企業の経営活動を適切に捕捉し、経営成績を正確に評価するために生まれた発生主義はその本来的役割を果たせず、導き出される利益に対する信用性はますます低下している。
また、市場の不安定化に起因する商品在庫の死蔵化の可能性の増大や、売掛回収率の低下など利益が必ずしも確実なキャッシュフローを生み出さなくなってきている。
このような状況においては、ごまかしようがなく絶対的な尺度であるキャッシュフローの評価に対する重要性が高くなる。
金融機関や投資家が企業の安全性や収益性をキャッシュフローで評価することにより、利益が上がっていてもキャッシュフロー成績の悪い企業に対する融資や投資を控えることから、資金繰りが悪化して黒字倒産する企業が生まれ、ますますキャッシュフロー重視の傾向がわが国においても強まっていると思われる。
財務会計のパラダイムからみたキャッシュフロー計算書の必要性
キャッシュフロー重視の傾向がたとえ強くなろうとも、キャッシュフローは発生主義に置き換わるものではない。
キャッシュフロー計算書が持つ意義は、発生主義の有する問題点を解決し、財務会計全体の有効性を補強する点にこそある。
キャッシュフロー至上主義のような風潮が一部にあるが、これではキャッシュフローの本当の意義を見失ってしまう。
キャッシュフローの意義について考える場合、まず会計が何を目的とするものかという財務会計そのもののパラダイムについて再確認する必要がある。
ここではキャッシュフロー計算書を標準的な財務諸表の一つとして組み込んでいる米国の会計基準について考察する。米国の会計基準を設定している財務会計概念ステートメント第1号(1978年)は次のように述べている。
「財務報告は現在および将来の投資家、債権者およびその他の利用者が合理的な投資、与信及びその他類似の意思決定を行うのに有用な情報を提供しなければならない。」
要するに、財務会計のパラダイムからみた財務諸表の目的は企業の経営成績や財務状況を明らかにすることによって、投資家、債権者、経営者などの意思決定を支援するものであるということになる。
発生主義に基づく損益計算書及び貸借対照表はそれぞれ企業の経営成績や財務状況を明らかにすることを目的としている。
しかし、先にみてきたように、資産・負債価値の評価が将来のキャッシュフローと必ずしも一致しない点において、発生主義はキャッシュフロー計算書によって補強、補完される必要がある。
キャッシュフロー計算書の必要性は財務会計パラダイムの観点からみても当然の結果であるといえよう。
キャッシュフロー計算書の意義
キャッシュフロー計算書が財務会計パラダイムから要請されるものであるとすれば、既存の財務二表と同様に、企業の経営成績や財務状況の明確化という目的を本来的に持つは ずである。
キャッシュフロー計算書が財務二表より優れている点は、なによりキャッシュフローの客観性の高さにある。キャッシュフローの計算においては、事後事実としてのキャッシュの移動にのみ着目することによって、操作の余地がなく、誰が計算しても同じ数値が出てくる。
また、発生主義による期間損益が要求する繰越手続きから生み出される時間的「ずれ」が発生する余地もなく、企業の経営成績や財務状況を客観的に把握することができる。
特に、経済のグローバル化が進む中で、投資家が会計基準の異なる国に対して投資を行う場合、客観性の高いキャッシュフロー計算書が重要視されることは必然的である。
以上のように、キャッシュフロー計算書が持つ意義は客観性の高い会計計算の実現にある。したがって、特に強調され気味である安全性の測定による黒字倒産のリスク対策だけが意義ではない。
キャッシュフロー計算書が持つ意義は、
@キャッシュフローに基づく財務状況の測定による安全性に関する意思決定支援
Aキャッシュフローに基づく経営成績の測定による収益性に関する意思決定支援
の二点から考察する必要がある。
キャッシュフロー計算書の構成
キャッシュフロー計算書は、以下の三つの部分から構成されている。
@営業キャッシュフロー
営業活動からのキャッシュフローの増減
A投資キャッシュフロー
投資活動からのキャッシュフローの増減
B財務キャッシュフロー
財務活動からのキャッシュフローの増減
営業キャッシュフローの増減分+投資キャッシュフロー増減分+財務キャッシュフロー増減分が企業全体におけるキャッシュフローの増減分にあたり、また貸借対照表中の現金及び現金同等物の増減分にあたる。
要するにキャッシュフロー計算書は貸借対照表における現金及び現金同等物に対する詳細な源泉及び使途に関する情報を提供するものである。
以下、営業キャッシュフロー、投資キャッシュフロー、財務キャッシュフローのそれぞれの持つ意義について考察する。
<営業キャッシュフロー>
営業活動から得られるキャッシュフローがなければ企業は存続できない。
営業キャッシュフローにおける継続的なマイナスキャッシュフローの発生は、資産のキャッシュ化による支出の埋め合わせを意味する。
営業キャッシュフローは企業経営における安全性の評価において重要な役割を果たす。
我が国におけるメインバンク制において行われてきたキャッシュフローを必要としない企業間口座間での帳簿付け替えの慣習は、キャッシュを意識しない信用指向の取引活動を蔓延させた。
銀行の不良債権問題の発生から、企業の取引活動は信用指向からキャッシュフロー指向にシフトしてきており、営業キャッシュフロー重視の動向が強まっている。
<投資キャッシュフロー>
投資キャッシュフローは企業の投資活動におけるキャッシュフローを表す。
企業が行う投資には、工場の補修など現事業の維持を目的とするものの他、新規事業や余剰資金の運用を目的とした有価証券などへの短期投資などがある。
投資キャッシュフローは企業経営における維持性及び発展性の評価において重要な役割を果たす。
投資キャッシュフローは、さらに営業キャッシュフローから現事業維持のための投資キャッシュフロー分を差し引いた後のフリーキャシュフローという概念に展開される。
フリーキャシュフローは企業が将来の成長のために自由に使える資金であり、投資家や債権者が企業の将来性を評価する場合に重要視する指標である。
<財務キャッシュフロー>
財務キャッシュフローは企業の財務活動におけるキャッシュフローの状況を示す。
財務キャッシュフローから企業の財務体質や株主に対するスタンスをみることができる。
短期借入金・長期借入金の増減、増資、自社株買入れ、配当などが財務キャッシュフローの主な項目となる。
財務キャッシュフローにおいて、営業キャッシュフローの低下を補っている場合、安全性の問題を読み取ることができる。また、投資キャッシュフローの不足を補っている場合、成長期にある企業がPPMプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントにおける花形製品に投資しようとしているのか、あるいは十分な将来キャッシュフロー予測(DCFディスカウンテッド・キャッシュフロー法、オプション価格分析等。本レポートではとりあげない。)が実施されているのかが問題となる。
また、借入金の増加は企業の資本構成における安全性を低下させ、増資はROE株主資本利益率を低下させる。自社株買いは株主価値の向上と経営の安定性をもたらす。
キャッシュフロー計算書の問題点
キャッシュフロー計算書に求められる役割は強い客観性にある。
しかし、事実としてのキャッシュに着目するキャッシュフロー計算書にも客観性の保証能力において様々な議論がある。
以下、キャッシュフロー計算書について認識すべき問題点について四点ほど提示する。
一つは、キャッシュフロー計算書の計算方法に起因する問題である。
キャッシュフロー計算書の計算については直接法と間接法とがあるが、営業活動上の資金の出入をすべて把握し合算していく直説法は会計システムの再構築が必要となるため、一般的には損益計算書と貸借対照表から導出可能で作成が容易な間接法が一般的に用いられている。
しかし、間接法は損益計算書と貸借対照表からキャッシュフローの増減を導出するため、キャッシュフローの流出入の差額しか把握することができず、キャッシュイン、キャッシュアウトの個々の合計値をみることができない。
利益出しを目的とした有価証券の買戻しなど、経営上重要な取引が差額として埋没してしまう危険がある。
キャッシュフロー計算書の計算については、最終的には直接法による作成が義務付けられるべきと考える。
二つ目は、フリーキャッシュフローの公示が義務付けられていないこと、計算方法において現事業維持のための投資キャッシュフロー対象の見解相違があることがあげられる。
企業の将来性を評価するための重要な指標となるフリーキャッシュフローの提示が任意であり、フリーキャッシュフローの提示が義務付けられておらず、計算方法が不明確であることは、客観的な企業評価によって発生主義を補強・補完するために第三の財務諸表として位置付けられるべきキャッシュフロー計算書としては不十分であると考える。
三つ目は、我が国のキャッシュフロー計算書の作成義務が連結ベースでのキャッシュフロー計算書に限定されていることにある。
企業会計審議会の答申「連結財務諸表制度の見直しに関する意見書」は従来の個別企業ごとの資金収支表を廃止し、連結ベースでのキャッシュフロー計算書の開示を求めている。
しかし、連結ベースでのキャッシュフロー計算書の適否を判断する材料として個別企業のキャッシュフロー計算書の提示も不可欠なはずであり、連結ベースでのキャッシュフロー計算書のみの提示は、むしろ個別企業ごとの資金収支表の提示よりも会計情報の開示という点において後退するものと考える。
四点目は、キャッシュフロー計算書そのものの限界があげられる。
キャッシュフロー計算書だけでは、企業が将来キャッシュフローを生み出すことが期待できる魅力的な資産がどれだけあるのか、株主価値に影響を与える資本構成はどうなっているか、債権・債務の発生を考慮した利益の状況はどの程度かなどについては何も語ってはくれない。
これらの情報は発生主義に基づく財務二表を見なければわからない。
キャッシュフロー計算書の有効性を高め、会計全体の信頼性を向上させるためには、発生主義による財務二表の強化が不可欠と考える。
発生主義の強化
経営成績や財務状況のより適切な把握のためにはキャッシュフロー計算書だけでは不足である。
時価主義、年金数理計算など量的な判断分析への取り組みと監査制度の見直し・強化による発生主義会計の修正が不可欠である。
発生主義の信頼性を高めるためには、推測や選択などの意思決定が必要なものに対しては確率やポジショニング分析などできる限り量的な判断分析を行わせること、公認会計士による会計監査の質を均一化することが必要である。
量的な判断分析については、資産の時価評価をはじめ、年金負債に対する数理計算や、ヘッジ会計によるデリバティブのオンバランス化など貸借対照表上の資産・負債価値の評価の適正化を図るための施策が必要である。
また、企業間における会計比較性を強化する観点からは、減価償却法など基準選択の余地のあるものについては単一化も検討すべきと考える。
公認会計士による会計監査の質を均一化するためには、監査基準の見直しと監査人の権限強化が不可欠である。
有価証券報告書に添付される監査意見における無限定適正意見、限定適正意見、不適正意見の重要性は増している。
監査の実施においては個別企業に対して適切であることが要求されるだけでなく、会計監査の実施全体からみて標準的なものでなければならない。
会計士ごとの監査の結果が不均一なものとならないように、監査実施ジにおける判断基準となるガイドラインなどの策定や、会計士に対する定期的な研修の実施など監査制度の見直しが必要であると考える。
<参考文献>
「ゼミナール現代会計入門」日本経済新聞社 伊藤邦雄著
「キャッシュフロー経営革命」ダイヤモンド社 ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス編集部編
「図解 キャッシュフロー経営」東洋経済新報社 小宮一慶著
「MBAファイナンス」ダイヤモンド社 グロ−ビス・マネジメント・インスティテュート著
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