「有害」足抜け論を排す〜東京都の「不健全」指定を巡って

 2002年4月20日の朝日新聞朝刊「私の視点 ウィークエンド」に「メディア規制 だれにとっての「有害」か」という一文が掲載された。筆者は文芸系の同人サークル「少女帝国」のメンバーで女性表現者ネットワーク代表の築山尚美。「青少年有害社会環境対策基本法」に絡めて各地方自治体の青少年の保護・育成に関する条例のあり方を批判した文章だが、内容的にかなり問題な文章だ。以下にその一部を引用する。

「近年、女性の間では「ボーイズラブ」が人気だが、東京都青少年健全育成審議会は今年に入り、3ヶ月連続でこの分野の雑誌を不健全指定した。
 「ボーイズラブ」は、主に女性読者を対象とし、男性同士の愛を題材とする分野である。だが、この種の雑誌はコンビニではあまり扱っていないため、子どもが訳もわからないまま手に取るということは、まずない。公共の場への露出が非常に少ない分野なのである。
 規制を推進する際には、性的な表現が性犯罪を誘発するとの主張が頻出する。この主張の有効性自体も慎重に議論されなければならないが、仮にこれを認めるとしても、この種の作品には女性はほとんど登場しない。登場しても、性的な当事者であることはまずない。だから、作品世界をうのみにする未熟な読者がいたところで、性犯罪には結びつき得ない。ボーイズラブを検証する限り、だれにどう「有害」なのか理解に苦しむのである。
 このジャンルは、同性愛という性的少数派をあつかったものでもある。審議会の多数を占める一定の年齢層や一定の性別、性的指向の人々に「不健全」に映るからといって、そのような表現を排除するとしたら、それは、若い層や女性、性的少数者への一種の思想統制ではないか。」

 うーむ、ボーイズラブが「公共の場への露出が非常に少ない」というのは説得力が弱い。この3ヶ月間の不健全図書を東京都のWebで調べてみたけど、当該図書がコンビニで売られているいないは指定の要件とは全く関係なく運用されている。しかも、書店で言えば、エロの方が店側の区分陳列に関する自主規制が徐々に進みつつあり、男性向けのエロ本については18歳未満の販売が事実上規制されつつある。一方、ボーイズラブは、書店での区分陳列は行われておらず、通常の書籍と同じように並べられてる。アンソロジーは男性向けも女性向けも表紙と中身のギャップが激しいし。この現実からするにボーイズラブが「公共の場への露出が非常に少ない」と抗弁するのはチト厳しい。

 しかも、不健全指定されている図書というのは、以下の3種だ。

 ・[2002年1月]コミックJUNE 平成14年2月号
 ・[2002年2月]BOY'Sピアスエスプレッソ コミックJUNE 平成14年2月号増刊
 ・[2002年3月]BOY'Sピアス 平成14年4月号

 やおい大好きの腐女子の方ならこのラインナップですぐにピンと来たと思うが、これらの雑誌は、数あるボーイズラブ雑誌の中でも、描写の過激さでは最右翼である(特に「ピアス」)。このレベルの描写を同人誌で行ってコミケットに参加した場合、準備会の見本誌チェックに引っかかる可能性がある(コミケット準備会の見本誌チェックの基準は、「性器の露骨な描写」があるかないかで、男性器、女性器は問わない)。そういう意味では、規制そのものの是非はおいておいて、運用としては、エロ本もボーイズラブも激しい性描写について等しく不健全と認定されていると考えるのが自然である。また、ボーイズラブは「同性愛という性的少数派をあつかったものでもある。審議会の多数を占める一定の年齢層や一定の性別、性的指向の人々に「不健全」に映るからといって、そのような表現を排除する」との主張も、エロ本よりもボーイズラブ雑誌が狙い打ちされて指定されているならば成立するかもしれない。しかし、確かにこの3ヶ月間連続してボーイズラブの雑誌が不健全指定されているとはいえ、それは上記にあげる通り毎月1冊ずつであり、同時期において、エロ本は、30冊が認定されている。認定にこれだけの差があるのでは「性的少数者をあつかった表現を排除することによる思想統制」と言い切るのも少々議論が荒っぽい。むしろ、ボーイズラブというジャンルが多くの女性の人気と支持を得たことにより、多数の商業誌が出版され社会的に顕在化したこと、それに伴い性表現にも幅が広がり、描写の過激なものも現れるに至り公的機関の規制の対象となった、と考えるべきなのではないだろうか。

 そもそも、性的少数派という定義についても、ボーイズラブと現実の男性同性愛を区別しない主張は乱暴だ。ボーイズラブというのは、男性同士の同性愛に仮託された一種のファンタジーであり、これは現実の男性同性愛とは必ずしも一致しない。だから、現実の男性同性愛者の側からは、その女性によるファンタジーのありようについて、しばしば批判的な発言も少なくない。こうした批判については確かに理由がないわけではないし、しかしその一方で、女性がボーイズラブという表現手段を見い出して、それを発展させてきた必然性もこれまた十分に理解できる。ボーイズラブというのは趣味の範疇であり愛好者の多くは異性愛者であり、男性同性愛者とは性的立場は相容れない。しかし、その相容れない立場を越えて、共に性的多様性を維持することが本当は必要なのではないだろうか? それを「同性愛という性的少数派」という言葉で絡げてしまうにはムリがありすぎる。

 また、「この種の作品には女性はほとんど登場しない。登場しても、性的な当事者であることはまずない。だから、作品世界をうのみにする未熟な読者がいたところで、性犯罪には結びつき得ない」というのも、必ずしも規制賛成派に対して説得力を持ち得るかどうかは疑問だ。なぜなら、性的な当事者でないから、性犯罪を起こさないという論理的な展開はできないからだ。例えば、規制賛成派は、先日起きた中1の女子生徒が、メル友の先輩の中3男子生徒に呼び出され、他に4人の中3男子生徒がいる中、中1男子との性行為を強要された事件を持ち出して、作品世界を鵜呑みにする未熟な女性読者が、何らかの理由で2人の少年の自由を奪い、性行為を強要することができると強弁することは可能だ。このようなシチュエーションの設定が、どれほどの現実性を持つかについては、私自身甚だ疑わしいとは思うが、論理的には主張できてしまう。だから、「性的な表現が性犯罪を誘発するとの主張」についてはその有効性を徹底的に争うのが最善で、妥協しちゃダメなのよ。

 この文章において、私が一番問題視したいのは、「ボーイズラブを検証する限り、だれにどう「有害」なのか理解に苦しむのである」というところだ。エロ本もボーイズラブも青少年にとって「有害」であるとして、公的機関の規制の対象となっている現実において、なんでボーイズラブ「だけ」が青少年に「有害」ではないと言い切れてしまうのか? その発想が私には全く理解できない。しかもその表現方法がアバウトだ。「この種の雑誌はコンビニではあまり扱っていないため、子どもが訳もわからないまま手に取るということは、まずない」という書きぶりは、言い換えれば「エロ本は、コンビニで扱われてしまうため、子供が訳もわからないままに手に取る」ということになってしまう。同様に、「仮にこれを認めるとしても、この種の作品には女性はほとんど登場しない。登場しても、性的な当事者であることはまずない。だから、作品世界をうのみにする未熟な読者がいたところで、性犯罪には結びつき得ない」という物言いは、裏返せば「男性が登場し、性的な当事者である作品では、作品世界をうのみにする未熟な読者がいた場合、性犯罪には結びつく」、つまり「エロ本では性的な表現が性犯罪を誘発する」ということになってしまう。なんたる不用意な言葉!

 規制反対に対しては、幅広い層の協力が必要なはずだ。エロもボーイズラブもグロも共に事にあたっていく必要があるのではないのか? それなのに「ボーイズラブだけは特別よ」と言ってしまったら、そうしたネットワーク作りなんかできないだろう。エロ本擁護派はとても一緒にはやっていけない。そして、こんな主張は、まとめて規制しようとしている側からすれば、些末な問題として扱われてしまうだろうことは想像に難くない。「ボーイズラブだけ特別」という主張は、ボーイズラブにとっても何ら意味のあることにならないばかりか、むしろマイナスの要素が大きいと思う。自分の権利を守ろうとする者は、自分と敵対したり相容れない人の権利をも一緒に守らなければならない。ましてや、自分と同じ側にある人の権利は言うまでもない。

 ということで、この文章には穴が多すぎる。こういう粗雑な議論が朝日新聞という影響力の大きいメディアに載ってしまったということは、かえって規制を進めようとする側を利するだけなのではないか? 今後の展開を懸念せざるを得ない。

 最後に元の文章のまとめを引用する。

「性的表現は、個人の精神的な幸福感と切実にかかわってくる。今回の対策基本法のような行政の「指導・勧告」下で恣意性の強い規制を行うものであってはならない。同様に、現行の条例下の審議についても表現についての十分な考察と性の多様性についての幅広い認識が必要だ。
 基本法案の見送りにとどまらず、特定の性別・年齢に独占されない、多様な表現関係者や性的少数者に開かれた審議会へと、早急な改革を期待したい。」

 この点については、私もなんの疑問もない。全くの同意を示そう。ゴールは同じである。しかし、内輪にしか通用しない論理で性的マイノリティであることを開き直っても、ますます一般社会と乖離するだけで、社会に対するインパクトも与えられなければ、規制に対抗する力にもなり得ないことは、わかってほしいものである。

(2002.04.22)

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