青ブーブー通信社は男性向即売会制覇の夢を見るか?
〜新即売会『こみっくトレジャー』を考える〜

 公式な発表はまだないが(おそらく、このコミケット62か、8月24日・25日のスーパー・コミックシティ in 関西8でチラシが配られているのではないかと思う、というか配らないと遅いだろう)、既に「関西イベント.com」で日程が紹介されているように、コミックシティの主催会社であるケイ・コーポレーションが、男性向け即売会を大阪で開催する。日付は、来年の1月26日、場所はインテックス大阪、イベント名は 「こみっくトレジャー」エピソードIとなる。

 コミックシティは主催会社はケイ・コーポレーションであるが、主催団体として赤ブーブー通信社という名前を以前より使ってきた。具体的には、会場等の企業との契約者名はケイ・コーポレーションであるが、イベントの申込書における「主催」や、カタログの編集には、常に赤ブーブー通信社の名前を使ってきた。今回「こみっくトレジャー」の開催にあたりケイ・コーポレーションは、新しい主催団体として青ブーブー通信社というものを作った。実際、秋葉原等の男性向けおたくショップへの営業(イベントへの企業参加を打診しているようだ)には、「青ブーブー通信社の武田です」と名乗っている(笑)。

 こうしたケイ・コーポレーションの動きは、この春から見え隠れしていたものである。5月の有明でのスーパー・コミックシティ11のカタログの表紙は、初日が八王子海パン突撃騎兵隊の巻田佳春、2日目がかえんぐるまが描いており、いずれもかわいい女の子の絵柄だ。また、6月30日のコミックシティin東京97の表紙は、芸無缶の暮都とおかが描いており、こちらも『ワンピース』でファンタジー調の若干露出度の高い女の子の絵となっている。しかも、スーパー・コミックシティ11では、げっちゅ屋/コムちゃんねるが企業参加しており、物販の他、長崎みなみといのくちゆかのサイン会を開催するという風に、これまでの女性参加者にターゲットを絞った運営とは異なり、男性参加者の取り込みを狙った企画も行われている。

 現状、女性系同人誌が、一時のどん底を脱して回復基調が続いているところではあるが、まだその勢いには力強さに欠けるきらいがある。その一方で、男性向け同人誌の盛況ぶりは傍目には目覚ましく、女性向けの参加者だけでなく、男性向け目当ての参加者にも翼を伸ばしていこうという発想はよくわかる。しかし、スーパー・コミックシティは、男性向けサークルの参加が他のコミックシティに比べて比較的に多いとはいえ、あくまで女性向け中心の即売会であり、そのカタログに男性向けの絵柄を使ったり、げっちゅ屋のイベントを開いたりするのには、違和感があるのは否めない。むしろ、女性参加者からすれば自分のテリトリーに異物が侵入するような感覚であろうし、参加する企業にとってもイベントの集客力に寄らずに、自力で男性客を集めるようなところがあるのも少々つらいところであろう。また、このような中途半端な取り組みでは男性向けに特化している即売会であるコミック・レヴォリューション、サンシャイン・クリエイションや、その他のキャラクター系イベントに競合していくだけの魅力が提供できているとも言い難い。

 となれば、女性系主体の即売会に男性系要素を無理に混ぜ込むのではなく、自前の男性向け即売会を立ち上げてしまえばよい、というのは割とわかりやすい話であり、これが「こみっくトレジャー」なのであろう。こうしたケイ・コーポレーションの指向性に加えて、自分のテリトリーと認識しているはずの東京ビッグサイトに、コミック・レヴォリューションが来年から進出することも、ケイ・コーポレーションを著しく刺激したはずである。コミック・レヴォリューションの立場からすれば、もはやサンシャインシティの規模では開催が難しく、残された会場は東京ビッグサイトしかないという中での会場変更だが、ケイ・コーポレーションからすれば、脅威の一種ととらえざるを得まい。とはいうものの、コミック・レヴォリューション、サンシャイン・クリエイションという有力男性向け即売会に加え、毎週のように何らかの男性向けのオンリー即売会が開催されるような現状の東京に、新しく男性向けの即売会で新規参入しようとするのは、非常に難しい。ケイ・コーポレーションが東京で即売会を開催するならば、ビッグサイトを利用する事になるだろうが、サークルとのコネクションもなく、男性客への知名度も低い全く新規の即売会で、「独立系の雄」コミック・レヴォリューションと正面衝突しても勝ち目はない。そこで、元々自社が強固な地盤を持っており、しかも、男性向け即売会の数がさほど多くないが、コミック・コミュニケーション等で証明されたように、それなりの集客基盤が存在する関西に目をつけたのは十分に理解できる。というわけで、せっかく地道に活動を続けて規模や集客を増やし、サークルからのポジショニングを高めてきたコミック・コミュニケーションからみれば、とんだとばっちりが及んできたわけで、ご愁傷様と言うほかない。

 しかし、この「こみっくトレジャー」だが、運営にあたっては様々な問題と取り組まねばならない。主な点を3つ挙げる。

 まず、即売会スタッフの弱さだ。赤ブーブー通信社は、94年の「コミックシティin幕張メッセ中止事件」とそれに続く「表現の自主規制問題」、さらに翌年の「スーパーコミックシティでの『魔法使いサリン』逮捕事件」という一連の流れの中で、男性向けのサークル、参加者を一旦完全に切り捨てた。以後、男性向けサークルとはほとんど没交渉であり、コネクションもなければ、男性系サークルに詳しいスタッフもほとんどいない。先に挙げたスーパー・コミックシティ11の表紙についても、巻田佳春には、サンライズ・パブリケーション、かえんぐるまには大陽出版の「協力」がクレジットされている。これは、自前で男性向けの作家に声をかけられず、印刷所経由での作家とのコンタクトを行ったものと思われる。もちろん今後は、各男性向け有力サークルへのコンタクトを深めていくのだろうが、それを誰がどのような形で行うのかについても難しい問題が残っている。少なくとも、今回の青ブーブー通信社でも実作業を担っているらしい武田氏は、男性向けというジャンルにはあまり興味のない人だ。他の男性向け即売会は当然ながら、男性向けジャンルに思いの深いスタッフが運営しているわけで、この差はサークルの即売会に対する信頼感に影響を与えないはずがない。青ブーブー通信社がサークルの信頼を得るためには、その面での知識やら情熱を持つ人間を欠くことはできない。
 また、女性系サークルの低迷期には、会場内の混雑整理に真剣に取り組む必要が全くなかったので、ケイ・コーポレーションのスタッフには混雑対応に関するノウハウも人材もない。昨今の「テニスの王子様」の盛り上がりに伴って生じている混雑ですら十分な対応ができていないのが現状だ。このようなスタッフ体制では、当然ながら男性向けのシビアな混雑状況に対応することは非常に厳しい。
 しかも、ケイ・コーポレーションは、割とスタッフの入れ替わりが激しい。定期的に古いスタッフを切って、新しいスタッフを入れて回していく方が、低コストで即売会を運営できるという考えは、決して間違いではないが、ノウハウの継承に失敗したり、人材面でのバラツキが生じるリスクがある。女性系低迷期ののんびりとした即売会で、決まり切った業務を行うだけのスタッフであればそれでも十分に通用しただろうが、男性系即売会でも同じやり方は果たして通用するかは疑問である。

 二つ目は、男性向けの今後の行く末の問題だ。既に、男性向けというジャンルは完全に飽和しきっており、サークルの選別がはじまっている。どちらかというと、今後の男性向け同人誌の様相は、「生き残りゲーム」になっていくことが予想される。その中で、全く新しい同人誌即売会がどのように自己のポジショニングを得ていくのか、追い風が吹かなくなりつつあるなかでの舵取りは難しいと思われる。

 三つ目は、ケイ・コーポレーションのそもそもの男性向けに対するスタンスの問題だ。先に述べたように、94年〜95年の一連の事件の中で、ケイ・コーポレーションは男性向けというジャンルを切り捨てた。その後、ケイ・コーポレーションの考え方が劇的に変わったとは思えないので、「青少年社会環境対策基本法」や「児童ポルノ法」の問題が残る現状で、果たして、青ブーブー通信社が同人誌の性表現を守る方向で運営がされるのかは全く不明である。コミックマーケットについて言えば、今回の夏のコミケット62のカタログをみればわかるように、この辺の表現の規制強化の問題には非常に神経をとがらせている。可能な限りサークルの立場に立った表現の場の確保をコミケットやコミック・レヴォリューションは常に追求しているが、同様の気概が果たして青ブーブー通信社にあるだろうか…?

 さて、いままで、「こみっくトレジャー」に対する懸念を述べてきたが、それでは、果たしてこの即売会が商業的に成功するだろうか? ということを考えてみると、実は意外にうまくいく可能性がある。ひとつは、94年〜95年の事件などは、現在の男性系のメインストリームのサークルには「歴史」に過ぎない。実際に自分が「切り捨てられた」わけではないとなかなかその気持ちはわからない。むしろ、熱心なスタッフが青ブーブー通信社に現れ、ケイ・コーポレーションからのそれなりの優遇措置を得られたら、問題の発生しない限りにおいてはサークルはそれを受け入れるであろうからだ。生き残りゲームを生き抜くためには、きれいごとだけに固執しないサークルもたくさん現れるであろう。ここで、持ちつ持たれつの関係が成立する可能性がある。

 また、開催地関西の即売会の体質も、青ブーブー通信社には有利だ。過去、女性系パロディが華やかなりし頃から(いや、正確にはそれ以前から)、関西の即売会主催者は、なぜか独立心が高いというか、すぐ仲間割れする伝統がある(苦笑)。そのため、資本力に勝る赤ブーブー通信社に各個撃破され、関西での即売会のシェアを完全にコミックシティに握られた歴史がある。この伝統は、どうも現在の男性系の同人誌即売会主催者にも見受けられるフシがあり、そこには、青ブーブー通信社がつけいるスキがある。ケイ・コーポレーションには他の関西の即売会を圧倒する資本力と、天下りを受け入れた事に象徴されるインテックス大阪との太いパイプもある。地方の男性系即売会は、性表現の問題故に会場の確保に苦労することが多いが、青ブーブー通信社にはその苦労がないのは大きな優位点である。これらのことを考えると、即売会の枠組みとしては東京では勝ち目はなくとも、関西では十分な勝機があるとは言える。果たして、関西の即売会は「すべては豚の旗の下に」統べられる事になってしまうのであろうか?

 以上、新即売会「こみっくトレジャー」について、つらつら分析をしてみた。現時点でまだ、何の公式の発表がない段階ではあるが、この秋以降もこの即売会の動向については、注意を払っていこうと思っている。今後の同人誌総研のレポートに注目されたい。
(2002年8月)

<注>
 本稿が執筆されたのは、コミケット62直前である。実際にコミケット62で、こみっくトレジャーのチラシは配付された。また、チラシによると、こみっくトレジャーは「オールジャンル」(実態はともかく説明としては)の同人誌即売会に加えて、コスプレやコンピュータ系にも力を入れる方針のようだ。
(2002.8.23)