花の京手に馴染みたる旅鞄    む三四 

 宿は鴨川のほとり、二条大橋の袂にあった。鴨川ごしに東山の峰峯、大文字山 を遠望できる絶好のロケーションと喜んだ次第。鴨川河畔の桜はまだ7分咲き位 と見える。旅装を解き、遅目の昼食をすますと、さっそく有名な円山公園の枝垂 桜をめざす。

 宿を出るとほどなく高瀬川のほとりに出る。この川岸は桜と柳がほどよくまざ ったとても美しい景観を見せている。
 高瀬川は1611年(慶長16)角倉了以(すみのくらりょうい)が、京都の 中心地に物資を運び入れるため開いた運河で、中心部から酒どころの伏見に続き、 伏見からは大坂まで淀川を通じて舟運があった。
 この荷を運んだ川舟が高瀬舟で、森鴎外の小説の題名でよく知られているが、 もとは浅瀬も通れるように舟底を浅くした川舟である。
 観光用に伏見の薦被りや米俵を積んだ高瀬舟が橋の袂に舫ってあり、川面に映 えるほぼ満開の桜とあいまって美しい眺めだ。

  高瀬舟もやふ橋詰花万朶     む三四 

 川沿いに四条通りまで辿ると、これだけで京の春を満喫できた感じにもなって くる。さすが1200年の歴史が作り上げた見どころの一端にふれた思いである。  四条通りに近づくと俄然人通りが多く観光客であふれかえっている、四条大橋 をわたり人波に呑みこまれるように祇園さんと親しまれている八坂神社に向う。

 ゆるやかな石段を上り朱塗りの堂々たる西楼門をくぐると、重文の本殿は屋根 葺替工事中であった。厄除け・商売繁盛の神様として広く信仰をあつめている、 旅の安全を祈願したくさんの露店の間を抜けて円山公園に辿りつく。
 四月四日、ウイークデーの日中であるが、いわゆるお花見の宴があちこちで盛 りあがっている。
 染井吉野桜はほぼ満開の様相だ!目指す枝垂桜は直ぐに見つかったが、人波を 掻き分けて近づくのは大変だ。

 それにしても見事なものだ!!じっと対峙していると圧倒される感じだ!ただ 幹が消石灰で真っ白に塗られているのはちょっと痛々しい感じもする。
 加えてところどころに空き缶がぶら下がり、春の日差をきらっきらっと弾き返 しているのは奇異な感じを受ける。後で分ったのはお花見の残飯を狙って集まっ ている鴉が大事な枝垂桜の幹や枝を爪で傷つけるのを防ぐためということだ。

 この枝垂桜は「祇園枝垂桜」と呼ばれているが、正確には「一重白彼岸枝垂桜」 で現在の桜は二代目である。初代は樹齢220年で昭和22年に枯死したが、昭 和3年に初代より種子を採って育成された樹を桜守の15代佐野藤右衛門氏によ り昭和24年に植栽された。従って樹齢は70歳余を迎える。

 円山公園は東山を借景に緩やかな丘陵に池を配した回遊式庭園で、染井吉野桜 約500本、山桜150本、枝垂桜・八重桜等約200本等、計850本の桜が 春を彩るお花見のメッカである。

  春昼を祇園しだれと対峙せり  む三四 

 さて、祇園枝垂桜は日中の眺めも見事であるが、それ以上に夜桜が有名である。 夕食後、出直した夜桜見物は昼間をはるかに上回る人出と花見宴で足の踏み場も ないほどのおゝ賑わいだ。

 昼と同じ撮影ポイントを確保したいと頑張るが、夜は三脚撮影のためとても難 しい。三脚の脚を何回か蹴飛ばされ遂に諦めた、少し離れた撮影ポイントを確保 して数枚のシャッターを切る。

 夜の祇園枝垂桜は幹や枝の白い消石灰がちょうどお化粧をしたようで、艶かし い雰囲気を醸し出している。たしかに夜桜の方が美しさだけでなく雰囲気が見る 人によってさまざまな連想を誘い、遥かに趣があるのだ。じっくりご覧下さい。

 高さ11mの祇園枝垂桜をライトアップするのに、 500W13基が使用され ているとか。

 幽玄の美しさはいつまでも離れ難い気もするが、周辺の染井吉野桜の樹林には 篝火が焚かれ、樹下は花見の宴たけなわである。

 大きな人の流れに背を押されるように円山公園を後にした。

  粧ひて三味爪弾くか夜の枝垂桜  む三四
(よそほひてしゃみつまびくかよのしだれ) 

 夜の祇園枝垂桜に三味線の爪弾きを連想したが、祇園といえば歌人・吉井勇が 『かにかくに祇園はこひし寝るときも枕のしたを水のながるる』と詠った白川沿 いのお茶屋街が思い起こされる。
 祇園は舞妓・芸妓で知られた花街だが、古いものと新しいものがしっくり調和 して京都らしい雰囲気を醸す不思議な街でもある。この街を流れる白川沿いにた くさんの枝垂桜が植えられ、柳の緑と相俟って祇園の夜を一層華やかなものとし ている。聞けば夜9時までライトアップしていると。さあ急げ!!

 大和大路通側から祇園新橋橋詰の辰巳大明神に向けて、白川沿いは夜桜見物の 人々が引きも切らないおゝ賑わいだ。夜光に照らし出された枝垂桜、その背景に 伝統的な板塀に格子戸、犬矢来、座敷に簾の家屋が軒を連ね、素晴らしい景観を 温存している。

 まことに風情のある夜の京都を演出しているといえよう。男だけにあらず、与 謝野晶子も『清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき』と詠って いるではないか。

 桜の美しさもさることながら、夜桜はその醸し出す雰囲気が一番!今宵まさに 「春宵値千金」の想いであった。

  見しさくらさくらとされど祇園かな  む三四

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