神々の息づく里「日向・高千穂」 2003.11.22,23


天孫降臨

古事記、日本書紀、日向国風土記(断片が続日本紀などに見える)に描かれた神話の世界に浸ってきた。

天照大神あまてらすおおみかみの孫、瓊々杵尊ににぎのみことが、日本を治めようと、高天原たかまがはらから降臨されたと伝える日向国高千穂の峰々。現地を訪れると、この日本誕生神話が急に現実味を帯びて、私に迫ってきた。

瓊々杵尊ににぎのみこと天照大神あまてらすおおみかみの孫?え?天照大神あまてらすおおみかみにご夫君が居たっけ。彼女は独身の筈だよね。なぜ、独身女神の天照大神に孫が居たのだろうか。私の疑問はそんな所から始まる。

神様は男女の営みが無くても生まれてくるものらしい。天照大神あまてらすおおみかみと弟の素戔嗚尊すさのうのみことが、誓約うけいをした時に、大神の左の髪につけていた勾玉まがたまを、素戔嗚尊すさのうのみことが噛み砕いて吐き出した時に生まれた男神が、天之忍穂耳命あめのおしおみみのみことだという。
この神の子が瓊々杵尊ににぎのみことだというわけだ。そういえば、天照大神伊弉諾尊いざなぎのみことが左の目を洗った時に生まれたのだし、素戔嗚尊すさのうのみことも鼻をすすいだ時に生まれたんだったっけ。

さて、その天孫瓊々杵尊ににぎのみこと天照大神から、地上の統治を委任されて降り立った所が、高千穂の二上山ふたかみやま、または久士布流多気くしふるたけであるという。
高千穂の国見ヶ丘からの日の出

日向国風土記にこんな一節がある。

臼杵うすきこおりの内、知鋪ちほの郷、天津彦々瓊々杵尊あまつひこひこににぎのみこと 天の磐座いわくらを離れ、天の八重雲をおしわけて、稜威いす道別ちわきに道別ちわきて、日向の高千穂の二上の峰に天降あもりましき。時に天暗冥そらくら昼夜別ひるよるわかかず。

ここで述べられている情景と、現実の情景がなんと似通っていることだろうか。

11月の寒い朝、日の出前に登った国見ヶ丘から眺めると、厚くたなびく雲海は、峰々を覆い尽くし、まさにチワキにチワキてという表現がぴったりとする光景が広がっていた。
日の皇子みこ瓊々杵尊ににぎのみことが、ここ高千穂峰に降臨したというのも、こういう光景に遭遇するとなんだか現実味を帯びてくる。


二上神社
二上山の頂上にある。
伊弉諾尊いざなぎのみこと伊奘冉尊いざなみのみこと
を祀っている。
不思議な狛犬
いままで見たこともない狛犬が居た。

クシフル神社大鳥居
こちらはクシフル峰をご神体とする
クシフル神社本殿
瓊々杵尊を主祭神にしている


日本最古の結婚式場

高千穂峰に天降った瓊々杵尊ににぎのみことは、この地の豪族大山祇神おおやまつみのかみと連合する。
連合の証に大山祇神おおやまつみのかみの娘 木花咲耶姫このはなさくやひめと結婚する。二人は現在の西都市にある都萬つま神社で結婚式を挙げたと伝えられ、日向国総社でもある都萬神社は、日本最古の結婚式場ということになる。

都萬神社拝殿
日向国総社でもあり、二の宮でもある。
拝殿の中にあった鬼の面
反対側には巨大な刀が飾ってあった。


炎の産屋

木花咲耶姫このはなさくやひめ瓊々杵尊ににぎのみことと一夜を共にした後、尊の子どもを身ごもる。戦から帰ってきた尊は、姫からそれを聞かされ、おかしいと姫を疑う。疑われた姫は、身の潔白を証明するため、生まれてくる子が日の皇子みこなら、どんなことがあっても神が守ってくれるはずだと信じて、出口のない産屋に火をかけ、燃えさかる炎の中で、3人の子を産み落とす。

3人の子は無事に産まれ、それぞれ火照命ほてりのみこと火須勢理命ほすせりのみこと
火遠理命ほおりのみことと名付けられた。後に長兄の火照命ほてりのみこと海幸彦うみさちひこ末弟の火遠理命ほおりのみこと山幸彦やまさちひこと呼ばれるようになる。


無戸室むこむろ
木花咲耶姫が炎の中で3人の子を
産み落とした産屋の跡だという。
児湯こゆの池
産まれた赤ちゃんに産湯を使わせた池。
この近くは濁った沼地が多いが、
この池だけは清く澄んで鯉が泳いでいた。
日向国児湯郡こゆぐんの名前の由来でもある。


日向三代

山幸彦の火遠里命ほおりのみことが、綿津見神わたつみのかみの娘豊玉姫とよたまひめを娶って産まれたのが、鵜葺草葺不合命うがやふきあえずのみこと鵜葺草葺不合命うがやふきあえずのみことが母の妹玉依姫たまよりひめとの間にもうけたのが、五瀬命いつせのみこと稲飯命いないのみこと御毛沼命みけぬのみこと若御毛沼命わかみけぬのみことの四皇子。このうち末弟の若御毛沼命わかみけぬのみことこそ、神倭磐余彦かむやまといわれひこと呼ばれた神武天皇である。瓊々杵尊ににぎのみこと火遠理命ほおりのみこと鵜葺草葺不合命うがやふきあえずのみことの三代を日向三代と言い、日向の地にたくさんの伝承地を、今の世にまで伝えている。

日向三代の系図

男狭穂塚おさおづか女狭穂塚めさおづか古墳

瓊々杵尊ににぎのみこと木花咲耶姫このはなさくやひめの墓と伝えられ
宮内庁管理下にある。
巨大な古墳
手前が女狭穂塚
全長176m、後円部径96m、高さ14.6m
後ろは男狭穂塚
全長154.6m、後円部径132m、高さ19m
いずれも九州最大の巨大古墳だ。


高千穂にある高天原

おかしなことがある。高千穂に高天原たかまがはらがあるのだ。天照大神の孫瓊々杵尊ににぎのみことが高天原から高千穂に降臨したのに、なんで、その高千穂に高天原があるんだろう。高千穂にある高天原をご紹介しよう。天岩戸あまのいわと神社と天安河原あめのやすかわである。


天岩戸神社
天照大神が主祭神だが、川の向こう側の
絶壁にある洞窟「天岩戸」を祀る神社だ。
岩戸参拝の入口
神職にお願いすると、ここでお祓いを
受けた後、岩戸を拝する所まで案内
して説明してくれる。無料。


天安河原
天照大神が天岩戸に隠れてしまったので
どうしようかと八百万やおよろずの神々が集まって
相談した河原だという。
願掛け石
河原にはおびただしい石が、積まれている。
願い事を唱えながら石を積むと、願いが叶う
んだという。なにしろ八百万やおよろずの神が集まって
いるのだから。


高天原遙拝所
こちらは説明しやすい。ここから高天原を
遙拝した。
高天原
遙拝所から空を見上げると、高天原が
見えるだろうか。


神々が生きている里

高千穂は神々が生きている。高千穂の日常は神々と共にある。そんな気がした。
神武天皇のすぐ上の兄御毛沼命みけぬのみことは、この地では三毛入野命みけぬのみこと と呼ばれているが、古事記、日本書紀では、大和への遠征の途中で亡くなったことになっているのに、どうもこの地へ帰ってきたらしい。そして、この地に勢力を張っていた 鬼八きはちと呼ばれていた豪族を滅ぼし、永く高千穂の郷を治めたという。この神を祖とする甲斐氏興梠こうろぎを名乗る人々が高千穂には多いという。


荒立神社
瓊々杵尊を案内した猿田彦と、
その妻鈿女命(うずめのみこと)を祀る。
運良くご開帳の日で、2柱のお姿を写せた。
七福徳寿板木
この板を木槌で7回叩くと、芸能成就、商売
繁盛などの御利益があるという。


鬼八塚
私の泊まったホテル神州の入口にあった。
三毛入野命に殺された鬼八の供養塚。首
と胴と手足をバラバラにされて埋められた。
鬼八の力石
三毛入野命に攻められた鬼八は、
200トンもあるこの岩を、投げ飛ばして
力自慢をしたという。


高千穂神社
三毛入野命が、瓊々杵尊、火遠理命、
鵜葺草葺不合命の日向3代の夫婦神6柱を
祀った一之御殿と、三毛入野命夫婦と8柱
の子供達を祀った二之御殿がある。
鬼八を退治する三毛入野命
本殿に施された彫刻。
鬼八を退治して踏みつけている三毛入野命
が、見事に彫られている。


高千穂の夜神楽

11月にはいると、村々の家では、夜神楽が始まる。毎週週末には神様が民家に来臨される。
その家では座敷に神庭(こうにわ)を作り、注連縄を巡らし、彫物(えりもの)と言われる紙飾りを
四囲に下げ、徹夜で33番の神楽を踊り明かすのだ。集落毎に夜を徹して奉納される夜神楽は、
2月まで高千穂の村々を、神の息吹で熱く、狂おしく染め上げる。


神庭(こうにわ)
座敷に注連縄を回し、彫物(えりもの)と
いう紙飾りを下げる。
氏神を迎える祭壇


彦舞
神楽の始まりは猿田彦の舞から
鈿女(うずめ)
猿田彦の妻神。こちらは芸能の神様だ。


舞も次第に盛り上がる。 餅を片手に持ちながら踊る。


この屋の跡取り息子だろうか 観客も一体となって


手力雄(たじからお)
天の岩戸の戸をこじ開ける。戸は信濃の
戸隠まで飛んでいったという。
御神体
夫婦神が酔うほどに艶めかしくなっていく。
五穀豊穣の祈りだろうか。

こうして明け方まで、舞は続く。33番で天から紙吹雪が舞い落ちて、神庭は大団円となる。


高千穂の自然

高千穂は、また自然の景観もすばらしい。深く険しい高千穂峡、朝の雲海が神の降臨を思わせる国見ヶ丘、清冽な川の流れ、そこに架かる橋、それに美しく耕作された棚田。訪れる旅人は、しばし神と自然と人が渾然とした安らぎの時間を持つのである。


国見ヶ丘
日の出前の雲海は見事だ。天の香具山も
二上山もここにある。大和の山は、こちらの
山を懐かしんで名付けたのだろうか。
玉垂れの滝
神の水「天の真名井」から岩を穿って
流れ落ちる不思議な滝。
夏はライトアップされて、ひときわ映える。


橋3題
高千穂は橋が多い。それも谷が深いから、橋脚の高さは感動的だ。高千穂鉄道は
東洋一の高さを誇る鉄橋を、ゆっくりと誇らしげに渡っていく。


高千穂峡
阿蘇から流れてきた溶岩が作ったという
峡谷。清冽な水と、切り立った柱状節理
が独特の景観を作り出している。
宮交タクシーの菊池さん
歴史好きで親切で、日の出の風景から
夜更けての夜神楽まで付き合っていた
だいた。ありがとう。


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