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山崎喜世雄(やまざききせお) Kiseo Yamazaki
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1996.5.31

  ● イスタンブールの位置

 イスタンブールは、トルコ共和国の都市で、ヨーロッパ大陸とアジア大陸の接点、地中海からエーゲ海を通ってマルマラ海から黒海へ抜ける海の要衝ボスポラス海峡の入り口にあります。人口1000万人を擁する文化・経済の中心都市です。

  ● イスタンブールの歴史

 イスタンブールの歴史は古く、紀元前7世紀にすでに開かれ、ビザンチウムと呼ばれていました。その後、ローマ帝国領となって紀元330年にはコンスタンティヌス帝によりローマから遷されて首都となりました。これ以降はコンスタンティノープルと改名されました。第4回十字軍によって占領されラテン帝国が支配していた時期がありますが、1453年にオスマントルコによって滅亡に追い込まれるまで東ローマ帝国の首都として華やかな文化・文明の錦を編み出し続けました。オスマントルコ帝国による支配となってからも、北アフリカからシリア・パレスティナ、アラビア半島までの広大な領土を治めた帝国の首都として機能しました。第一次世界大戦後、トルコ共和国が建国され、首都はアンカラに遷されました。その後ケマル・アタテュルクによって正式にイスタンブールと改名されました。イスタンブールは、現在に至るまでトルコ最大の都市として拡大し続けています。

  ● 世界遺産イスタンブールの概容

 世界遺産リストには、Historic Areas of Istanbul (イスタンブール歴史地区)として登録されています。イスタンブール歴史地区とは、「考古学的に重要な公園」「スレイマン期街区」「ゼイレック街区」「塁壁圏」の4つの範囲を指しています。
 現在のイスタンブールは、大きく3つの地域から成り立っています。第1にマルマラ海と金角湾に挟まれた「旧市街」、そして金角湾とボスポラス海峡の間にある新市街、さらにボスポラス海峡の対岸にあるアジアンサイドです。
 先にあげた世界遺産の4つの範囲はすべて旧市街に含まれます。
 まず考古学的に重要な公園にある物件は、アヤ・ソフィア、アヤ・イリーニ、ヒッポドローム跡、ブルーモスク(スルタン・アフメット・ジャーミ)トプカプ宮殿などです。
 スレイマン期街区の物件は、スレイマニエ・ジャーミのほかにこのモスクをデザインしたスィナンの霊廟や、木造の民家などたくさんの美しい建物があります。  またゼイレック街区には、ヴァレンスの水道橋やゼイレック・ジャーミがあります。
 塁壁圏は文字通り、6.6キロに及ぶテオドシウス2世の城壁を指すものですが、エディルネ門の近くにはカリエ・ジャーミがあり、世界遺産物件として登録されています。
 以上が、「イスタンブール歴史地区」の概観です。
 時代別に見ると、古代ローマ、ビザンチン帝国時代を代表するものとしては、アヤ・ソフィア、ヴァレンスの水道、イエレバタン・サライ、カリエ・ジャーミー、スルタンアフメット広場のヒッポドローム(競技場)跡があり、その中央にテオドシウスのオベリスクや蛇の柱があります。また、テオドシウス2世の城壁は、古代ローマ時代よりイスタンブールを守ってきた、壮大にして貴重な文化遺産です。金角湾からマルマラ海にのびる長大な城壁は、かつては二重の防壁でその外側には深い堀がありました。最近一部が修復されるなど、トルコ政府もその保存に力を入れているようです。テッサロニクにのびる道の門を黄金門といい、7つの塔がきれいに残っています。ゼイレック・ジャーミは、ビザンチン帝国時代の修道院です。
 オスマントルコ時代の代表建築物としては、トプカプ宮殿、スレイマニエ・ジャーミー、スルタン・アフメット・ジャーミー(ブルーモスク) などがあります。
 

  ● イスタンブールの魅力

 コンスタンティノープルは、ユーラシア大陸の西側で、人々の耳目を集めていた期間がほぼ1400年間もありました。コンスタンティヌス帝がビザンティウムに都を遷してからオスマントルコによるウィーン包囲を境に徐々に勢いを無くしていくまでの期間ですが、この間は常に西ヨーロッパの都市に対して優位な位置にあったのがコンスタンティノープルでした。
 現在のイスタンブールには、この間の歴史的な遺産がたくさん残っています。旧市街はもちろんですが、ガラタ地区にも、かつてペラと呼ばれジェノアが支配していたころに建てられたというガラタ塔があったり、ボスポラス海峡のもっとも狭い両岸にはアナドル・ヒサール、ルメリヒサール城という城郭があります。
 こうした歴史文化遺産をひとつひとつ辿っていく楽しみがイスタンブールにはあります。また古くから文明の十字路と称されてきたように、さまざまな人々が行き交った名残があります。この街は、2000年以上にもわたって多種多様な人間の営みが続けられてきたコスモポリタン・シティの元祖です。人懐っこいトルコ人の瞳の中や髪の色をみてその多様性に目を瞠ることもしばしばです。こうしたイスタンブール市民と交流できるのもこの街を訪れる楽しみの一つです。

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