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ドゥッガの位置
チュニスを基点にして南西方向に約110キロ、地中海沿岸から約70キロの内陸部にドゥッガはあります。周りに大きな都市はなく、遺跡は海抜550メートルの高原の斜面に展開していて、周辺は見渡すかぎりの大平原です。アクセスはきわめて不便で、私はチュニスからチャーターした車で行きました。メジェルゼバブで高速から一般道に入り、テスツールという町を通りテブルスクという村から山道を8キロほど進んだところに遺跡はありました。

ドゥッガの歴史
 ドゥッガは、チュニジアに現存する最大の、ローマの都市遺跡です。ポエニ戦争でローマが勝利した後、植民地として開かれ、BC1世紀からAD2世紀にかけて栄えました。ローマ人が来る前は、ヌミディア王国の都市がありました。ポエニ戦争の間は、カルタゴに対抗してローマと同盟関係にありましたが、ポエニ戦争後は徐々にローマ化していったようです。やがて軍事的にもローマ帝国の重要な位置を占めるようになり、最盛期には1〜3万人もの人が住んでいたと考えられています。  その後、5世紀のヴァンダル族の侵入により都市は見捨てられ徐々に荒廃していきました。

遺跡の概容
 25ヘクタールもの広大な面積の中に、ヌミディア文明とローマ文明の名残を示す建造物があります。しかし、その大部分はローマ時代のものです。  遺跡の入り口を入ってすぐ右手には斜面を利用してつくられた円形劇場があり、そのまま緩やかな上り道を進んでいくと、正面にカピトルが見えます。カピトルから左手の斜面沿いには、ローマ人の邸宅跡浴場、商家の跡、神殿、アゴラ跡などがあります。さらに斜面を下ったところには、ヌミディア時代のポエニ・リビア廟があります。  一方カピトルからやや離れて西に進んだところに、アレクサンドル・セヴェルスの凱旋門があり、その周辺にはオリーブの木に囲まれてカエレステス神殿、さらに天蓋がなくなった貯水場があります。  さらに緩やかな斜面を北側に上っていくと、いまは容が判然としない闘技場の跡があり、さらに進むと斜面上にこじんまりとしたミネルヴァ神殿に行きつきます。ミネルヴァ神殿の下には、天蓋がほぼ完璧に保存されている貯水場がありますが、いまは近くの農家の物置場になっているようでした。  また、遺跡入り口のチェックゲイト付近から山を上ると、その斜面テラスにサターン神殿跡があります。

遺跡の現状
 ドゥッガは、世界遺産に登録されたのが1997年と比較的新しいせいか、観光客を受け入れる態勢は十分には整っていないようです。遺跡内の英語の出来るガイド(有料)は一人しかいなくて、他の観光客と取り合いになりました。また遺跡からの出土品を集めた博物館も近くにはなく、チュニスのバルドー博物館に展示されているようです。遺跡内には農家もあり、羊などが放牧されているのはまだいいのですが、牧羊犬が放し飼いにされていて、ミネルヴァ神殿から先のほうには怖くて行けませんでした。  ただ、ドゥッガは、海抜550メートルの山の斜面にあり、そこから見晴るかす風景は、青々とした大平原が眼下に広がって見えるので素晴らしく爽快な気分でした。

 
山崎喜世雄(やまざききせお) Kiseo Yamazaki
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1996.5.31